
カート・コバーンの死から20年以上が過ぎ、その人生を辿った公認ドキュメンタリー・フィルム『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』が、ついに上映される。おそらくは長い年月を経たことで、それぞれ「愛する人を失った生活」を歩んできた遺族や関係者たちの痛みも少しは癒えてきた、ということなのかもしれない。そうした状況を反映して、本作ではカートが遺した膨大な未公開楽曲や未公開映像、絵画や彫刻作品などが初めて紹介され、さらには事件後ずっと口を閉ざしてきた人々へのインタヴューも実現した。あまりにも劇的な生涯/悲劇的な最期であったため、すっかり伝説化した生き様の深層に迫ろうとする書籍や映像作品は過去にも山ほどあったが、本ドキュメンタリーが、これまでのどんな研究書よりも深く、カートという人物の核心にまで踏み込んだ内容になっていることは間違いないだろう。それでは以下に、映画本編を見る前に知っておきたい事柄をまとめておく。
『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』予告編
映画を観る前に知っておきたい
5つのキーワード
カートの生い立ち


1967年2月にシアトル郊外の町アバディーンで生まれたカート・コバーンは、両親の離婚によって心に傷を負い、荒んだ生活を送りながら、音楽に自らの進むべき道を見出し、やがて結成したバンド=ニルヴァーナで世界的な成功を果たす。しかし……というのが、一般的にも知られたプロフィールだろう。幼少時のカートは、陽気で活発(あまりにも元気すぎたので、中枢神経刺激薬であるリタリンを投与されたこともあるという)な男児で、早くから音楽への強い興味を示していたという。その、天使のような子供の動く姿は、この映画の中でも見ることができる。
これまでのドキュメンタリー

当然のように、カート・コバーンおよびニルヴァーナに関する書籍や映像ドキュメンタリーはたくさん出ている。主要なところでは、マイケル・アゼラッドによる公式バンド・ヒストリー『病んだ魂』、チャールズ・R・クロスによる伝記『HEAVIER THAN HEAVEN カート・コバーン・バイオグラフィー』、図版をメインとした『COBAIN UNSEEN カート・コバーン 知られざる素顔』、ローリング・ストーン誌による追悼本『カート・コバーン トリビュート』などなど。映像作品としては『カート・コバーン アバウト・ア・サン』や、異色なところでカート最後の2日間をモチーフにしたフィクション『ラストデイズ』(ガス・ヴァン・サント監督)もあった。数が多いだけに、誠実な取材をもとにカートの歩みを追おうとしたものから、スキャンダラスな噂話をもとに邪推を働かせすぎのものまで、それらの内容は玉石混淆だが、今回の『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』は、初めての全面的な公認ドキュメンタリーであり、以前のものとは確実に一線を画した内容になっている。

フランシス・ビーン・コバーン
フランシス・ビーンは、言うまでもなく生前のカートが愛妻コートニー・ラヴとの間に残した忘れ形見。今年8月で23歳、若い頃のコートニーにカートを足したような顔立ちの見目麗しい女性に成長したフランシスは、自身が1歳の時に世を去った父親の記憶はなく、ニルヴァーナよりもマーキュリー・レヴやブライアン・ジョーンズタウン・マサカーの方が好きだというような発言もしていたりするが、今回のドキュメンタリーで彼女がコ・エグゼクティヴ・プロデューサーとしてクレジットされている意味は非常に大きい。遺されたバンド・メンバー(特に現フー・ファイターズのデイヴ・グロール)とコートニーとの絶縁状態を筆頭に、カートの死後も関係者の間には複雑な人間関係が横たわってきただけに、フランシスが製作の要に名を連ねることは、監督が撮影を進めるにあたって大きなアドバンスとなったはずだ。あるいは逆に、数年前から本作の企画が進められていたことが、昨年のロックンロール・ホール・オブ・フェイムにて、コートニーとデイヴの和解へと繋がる布石になったのかもしれない。いずれにせよ映画本編には、コートニーはもちろん、カートの母ウェンディや妹のキムに加え、ずっとメディア露出から遠ざけられてきた観のある実父ドン・コバーンもカメラの前に立っており、その中心にフランシスの存在があることは確かだと思う。


ブレット・モーゲン監督


本作を監督する大役を任されたブレット・モーゲンは、これまでのキャリアでも硬派のドキュメンタリー映像作品を数多く手がけ、高い評価を受けている。1999年の実質的なデビュー作『On the Ropes』(ナネット・バースタインとの共同監督)は、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた他、サンダンス映画祭の審査員特別賞など数多くの賞を受賞。著名な映画プロデューサーのロバート・エヴァンズに関するドキュメンタリー『くたばれ!ハリウッド』では、題材となる本人が出演しないまま、既存の映像素材を使って作品を構成する手法をとっており、おそらくその技術は本作でも大いに発揮された。60年代のロック文化とも深く関わりがあったアビー・ホフマンらの政治活動家を描いた『シカゴ10』でのアニメーションによる演出についても同様だ。2012年の前作『クロスファイアー・ハリケーン』ではローリング・ストーンズという大物を題材にした作品で実力を示したが、それ以前にも、テレビ用のシリーズ『Say It Loud: A Celebration of Black Music in America』を撮っており、音楽に対する造詣も深いのだろう。
『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』では、遺族の全面的な協力を得ながら、ヘロイン中毒に関する描写について削除を希望する妹を説得するなど妥協のない姿勢も貫いたようで、公開後のリアクションとしてはすでに高い評価を受けている。なお、日本での劇場公開時には、本編とは別にモーゲン監督のインタヴュー映像(12分)も上映される予定だ。
未公開音源への期待
前述した通り、『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』では、これまで世に出ることのなかったカートの個人的な録音物が初めて日の目を見ることになる。ニルヴァーナのボックス・セット『ウィズ・ザ・ライツ・アウト』にも幾つか同種のデモ音源が収録されていたりしたが、それよりもさらにレアなもので、先頃ネット上でビートルズの“And I Love Her”をアコースティック・ギターで弾き語りをしている音源が出回って話題を集めたことをご存知の方も多いと思う。ゆうに200時間を超えるというそのすべてをチェックしたモーゲン監督は「それらをフランシスのためにまとめる作業を行ない、カートの遺産管理団体に渡して、アルバムとして発表することを勧めた」とも発言しているので、続報を待ちたい。

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企画・制作:RO69編集部