ボカロ×肉声――異形のスタイルで突き進む
ピノキオピーとは何者なのか?(2)
非現実的なことを想像して楽しむってこと自体はすごくいいことだと思う
――『HUMAN』を聴かせていただいたんですけど。サウンド的には“祭りだヘイカモン”を始めとして、すごく踊れるというか、心地好いものになっているんですけど、歌詞がグッとくるものが非常に多いなと感じたんですよね。誰もが抱えている悲しみだったりとか、そういうものを絶望じゃなくてポジティブに変換していく瞬間っていうのがすごくあって。暗いだけの歌詞は嫌だっていうのはありますか?
「ありますね。昔はシニカルなだけのやつとかあったんですけど。『シニカルなことを言う=全部を絶望的に捉える』っていうのはよくないと思っていて。『現実、現実』『世の中はクソだ』って言っていながら、ごはんを食べて『美味しい』って思った時に違和感があるなと思ったんですよ。『クソだ』って言いながら唐揚げ食って『美味しいなあ』って言うのは人間的にウソついてると思うんですよ。その『唐揚げ美味しい』があるから生きていけるなって気がしちゃうんで、そのまんまだと思います。だからシニカルのみでいけてる人はそれですごいと思うんですけど、そこまでに僕は至れないんで。その違和感とかを掬い上げる――最後にポジティブにするっていうよりは、それはウソだからウソをつかないようにするというか」
――詞を書く時とかにご自身で影響受けてるなって思うものってあります?
「ずっとあるのが、子供の頃に読んだ藤子・F・不二雄さんの異色短編集で。『ミノタウロスの皿』から始まっていろいろあるじゃないですか。あのへんがだいぶ大きいのかなと思います。あのなかで描かれてることって人間の嫌な部分とかだったりするんだけど、『でも人間っていいよね』みたいな部分もあったりして。それを小さい頃に読んで『こういう観点があるんだな』って感じていたのがあったからナゴムを好きになったりしたんだろうなと思います」
――“祭りだヘイカモン”にしても、すごくアッパーでめちゃめちゃ楽しいサウンドなのに歌詞は「いやいや、今踊ってていいのか?」みたいなことだったりするじゃないですか(笑)。そこがすごくユニークだなと思ったんですよね。
「『あいつらうざったいな』って人が絶対いるっていう視点を持ったうえではしゃいだほうがいいなっていう(笑)」
――はははは、すごい(笑)。
「『はしゃぐ』って楽しいけど、楽しいぶんだけ誰かに迷惑をかける行為だとも思っているので。浮かれっぱなしは良くないなと。っていう曲です(笑)」
――“Cryptid”なんかは、ボカロではあるもののピノキオピーさんの歌も存分に入っていて、J-POPのシーンでも刺さるような曲になってると思います。こういうものも作っていきたいというのはずっとあったんですか?
「このアルバムのなかのバランスとして、あと僕が主体で歌うゆっくり目の曲っていうのがなかったので、ライブで使えるようにという意思が結構強いかもしれないですね。『抑え目で歌った時の自分の声って意外と形になるんだな』っていうのに気付いて。それまでパンクとかも好きだったので、歌う時は叫べばいいと思ってたんですけど(笑)、『抜き差しみたいなところをちゃんとやると歌って良くなるんだな』って気付いたのがこれですね」
――「Cryptid」と言う言葉は「未確認生物」っていうUMAとほぼイコールの言葉なんですけど、これはどういう思いで作ったんですか?
「よく『幽霊はいるのか、いないのか』っていう論じゃなくて、それを論じてることそのものがおもしろいっていうのがあるじゃないですか。それへのリスペクトみたいなところですね。『霊なんていないから、お化けのことに夢中になってる奴はバカだ』って言ってる人も良くないと思うし、『いや、霊はいるよ!』って意気込んでる人もそれはそれでヤバいなと(笑)。ただ、そのなかで、非現実的なことを想像して楽しむってこと自体はすごくいいことだと僕は思うので、それはなくさないほうがいいかなと」
「現実」「人」っていうところに根差したものが多かったから、結果的に「テーマは人だな」って
――改めて今回『HUMAN』というタイトルを付けたのはどういうところからだったんですか?
「僕がそれこそライブで出始めてきたっていうのもありますし、前からずっとそうなんですけど、人間臭いことをずっと歌い続けてきていて。『現実』『人』っていうところに根差したものが多かったから、結果的に『テーマは人だな』ってなりましたね。今はSNSがあって、人がつながっているような感じがするけど、実際会って話すとかじゃないものが広がっていて、人間の温度みたいなのが減りつつあると。で、人間の温度的な部分に回帰しつつあるフェーズに今は来ているんじゃないかって話をされたことがあって、なるほどなと。だからそういうものも込められているのかもしれないなと思いました、無意識に」
――初回生産限定盤のDISC2には過去の人気曲のリアレンジがラインナップされているんですけども、今回改めて出そうとなったのはどういう経緯からなんですか?
「“はじめまして地球人さん”ってもともとバンドアレンジの曲だったんですけども。これをライブの打ち込みでやるとすごくやりづらくて。ノリを作れるBPM、リズムで作り直そうということを考えて作ったものが並んでいる感じですね」
――改めて全曲通して聴いても、これまでいらっしゃったシーンのなかだけじゃなくて、どんどん外にアプローチしていく強い作品ができたなっていうふうに思います。
「聴いて欲しいですね。ボカロのシーンとか、逆にボカロに偏見がある人とか、垣根を取っ払ってくれる人がいたらいいなとは思ってます」
――有機的なものをどんどん取り入れていきたいというなかで「ボカロはやめて自分の歌1本で行こうか」みたいなことにはならないんですか?
「違和感を感じたんですよね。今まで僕はボカロの魅力を生かしたうえで活動できている部分があるので。今までを認めたうえで、新しいいい部分と昔からの部分、混ぜ合わせたうえでいいものになったらいいかなと」