“ざらめき”というタイトルと、イントロのギターのキラキラしつつもノイズと揺れるトレモロがかかった音色によってこの曲のイメージは瞬時に鮮やかに伝わってくる。そして《ダサい恋》と《一周して流行る》、《熱帯魚》と《夢見てたマーメイド》、《感傷》と《観賞》といった言葉が並んだり交わったりしながら気だるい閉塞感を描いていくこの歌は、クリープハイプの新たな「この夏」の歌でもある。ファンにはすぐに届き、そしてこれから何年かの間にどこかの街角やフェスでこの曲に出会うそれ以外の人の心にも必ず届くはずだ。そんな深く確かな手応えを感じさせる一曲だ。
“栞”や“イト”のようにタイアップ効果も狙ったうえでの派手な曲ではない。かといって“キケンナアソビ”や“ナイトオンザプラネット”のように新機軸や進化に特化した曲でもない。今のクリープハイプのバンドサウンドへの自信、そして、けして派手なヒット曲ではない過去の数々の楽曲が今のクリープハイプのアリーナツアーやフェスのメインステージで若い世代からもしっかりと受け入れられているという自負、そんな確信がこの楽曲に結びついているのではないだろうか。
尾崎世界観に、“ざらめき”と今のクリープハイプについて語り尽くしてもらった。
※rockinon.comでは、7月30日発売の『ROCKIN'ON JAPAN』2025年9月号のインタビューから内容を一部抜粋してお届けします。
インタビュー=山崎洋一郎 撮影=岩渕一輝(TRON)
──“ざらめき”、これはいい曲ですねえ。“キケンナアソビ”が1億回ストリーミングされたって聞いて、やっぱり行ったか、って。
5、6年経ってそれぐらい聴かれるって、すごく身の丈に合った感じがする
よかった。ありがとうございます。
──クリープハイプのシングルは、タイアップの時は、必殺の切り口で「どうだ!」っていう感じで世間に放つ良さがあるんだけど。こういうタイアップじゃない曲の場合は、新しいアイデアやバンドサウンドとして進化した部分を盛り込んで、熱心なリスナーにちゃんと届けて、聴いてもらう感じだよね。
そうですね。熱心なリスナーってところがやっぱり大きい。前まではタイアップがついてなくても盤でシングルを出してましたけど、それがなくなってからは、結果が出るまでに結構時間かかることもあるなと思って。なんていうか、ここ数年は、スクラッチくじみたいに結果を決められる印象があったんですよ。でも、こっちは一生懸命作ってるから、それってフェアじゃないなって思ってて。そこに対するいら立ちとか、疑いみたいなものがあったんですけど、考えてみると、それだけじゃないなと。それに──今回のツアーで久々にお客さんからのリクエストを募ったら、意外な曲が多かったんです。「これ聴きたいんだ?」みたいな曲がかなり支持されていて、ちゃんとお客さんの中に残ってることもわかって。ちゃんと待っていてくれて、曲として聴いてくれる人に届けたいと思った時に、配信だからこそやれることってなんだろうかと、結構じっくり考えましたね。一回聴いてすぐわかるような曲じゃないんですけど、自分の中で、これはやりたいなと思って作った曲なんです。4月に、小説の取材旅行で香港にひとりで行ったんですけど、なんかすごいよかったんですよね。海外にひとりで行くのも初めてで、楽しくて。この曲は、なんとなくメロの感じとかにそのイメージがちょっとあって、恥ずかしいなって思ったんですよ。「そんな影響受けるんだ?」みたいな。音楽活動において、どこかへ行ったり何か見たりして影響受けることって、なくなってたんです。それ以外の表現では結構影響を受けてますけど、音楽は自分の中で、よくも悪くもゆるぎないものだから。でもこの曲は、意外と影響受けてるなと思って、それも面白かった。だからこれを形にしたいなと思って、メンバーに聴いてもらって、結構時間をかけて作っていきましたね。
──そのイメージっていうのは、いわゆるウォン・カーウァイ的な?
そう(笑)。たまたま気になって『恋する惑星』を観直したりしてて。観ながらギター触ってたら出てきたメロディだったので、こんなベタなことを自分がするんだなと思って、その感じがちょっと恥ずかしいんですけど。でもそれがよかったですね。ミュージシャンとしての自分は、意外とかわいげがあるなと(笑)。で、なんとなく夏のイメージだったので──クリープハイプって意外と、夏の隅っこを担ってると思うので、そのど真ん中を行こうと
──ジメジメした夏の感じだよね。それの決定版と言えるかもしれないね。
そのイメージを膨らませて作っていって。ミュージックビデオも大事だと思ったので、芸人のやさしいズのタイさんに出てもらいたいなと思ってお願いして。そうやって、曲を作って以降のアレンジ、ジャケット、MVのイメージまで含めて自分の中で膨らませていく感じは、久しぶりでしたね。
──クリープハイプぐらいのキャリアにおいても、個人的なきっかけで曲を作り、個人的なモチベーションで曲作りに没頭して、それを大事に育ててリリースするって、めちゃくちゃ健全だよね。
久しぶりにそういうことをしましたね。誰に言われてるわけじゃなかったのもあるし、2月からツアーを回ってて、ライブをしながら自分たちのお客さんをずっと見てたので、それも大きかったですね。あとは、40歳ってのもデカいかもしれないです。30になった時より意識してるんですよ。“二十九、三十”って曲は一応作ってますけど、当時はあまり何も考えてなくて。
──これ、40歳になって初めての曲?
はい。アルバムの曲は去年の11月にできてたので、新曲は初めてかな。
──何がデカいの?
なんか、年齢のことを考えるようになりましたね。何をやるにしても、40ってことが振りになるっていうか。40なのにこれをやってるとか、40だからこれやってるとか。それは30代の時はなかった感覚で。細かいことを気にしなくなったな。流行ったものが可視化される世の中で、そこには引っかからないのに、でもお客さんはいてくれることに、もどかしさを感じてたんですよ。今はそれがなくなりました。
──もどかしさが逆に自由に変わったんじゃない? 自信と自由に。
やっぱり、ライブにお客さんが来てくれるから。事務所とかがしっかりしてて、音楽番組に出たりする状況が整ってるうえでライブにもお客さんが入るのとは、クリープハイプの場合また違うじゃないですか。かなり奥まったところにあるのを見つけてくれて来てくれてる実感があるから、それはもう、比べられないよなって思いました。だからこそ、曲が増えることにもすごく慎重になりましたし。書けば書くほど、ライブでやれない曲が増えていくじゃないですか。だから、「これ、ほんとに必要かな?」って考えるようになった。作ってから時間が経っても、演奏する時に「楽しいな」って思える曲がある一方で、そうじゃない曲もあるんですよね。そうじゃない曲ってどういう曲かというと、たとえば目先のタイアップで作った曲。まあ、それもその時の正解だと思ったものなので、否定はしたくないんですけど。でもやっぱり、残っていく曲──たとえば“キケンナアソビ”って曲も、すぐには反響もなくて、やっぱりダメかと思ってたんですけど、じわじわ反応が出始めて。あの曲はやる時、毎回楽しいんですよね。確かにドキドキながら作ったし。キャリアを重ねて慣れていくと、音楽に対して膿んでいくようなところがあるけど、そんな中でも、あの曲は学生の時みたいな感覚で作ってて、楽しかったなあって思うんです。っていうのが、演奏する時にもちゃんとあるんですよね。そういうのって大事だなと思って。そういうふうに1曲1曲作っていけば、時間はかかるかもしれないですけど── この間、“キケンナアソビ”が1億回ストリーミングされたって聞いて、やっぱり行ったかって。5、6年経ってそれぐらい聴かれて、ライブでやったら、クリープハイプをよく知らない人でも「あ、知ってる」みたいになるっていう。それってすごく身の丈に合った感じっていうか、サイズが合ってる感じがしたんですよね。そういうスケールがなんとなくわかってきたから、なおさら今回の新曲も、間違ってはいないかもなって思いましたね。
──クリープハイプのシーンの中の立ち位置は実は何も変わってないし、それに対する尾崎くんの分析も昔から同じで。以前はその分析の結果をマイナス評価して、それに対する焦りとかいら立ちを語ってたけど、どこからか、一種の自信っていうか、受け入れる感じに変わった時期があって。実際、届かないよと思ってた楽曲たちが、ちゃんと届くべきところには届いてる。“キケンナアソビ”もそうだし、“ナイトオンザプラネット”も。そういう世界観に変わったのが──あ、世界観って言っちゃった(笑)。別に「今」っていうものに当ててない。自分が想像しうる未来までちゃんと見据えて、
そこまで届くぐらいのものを作れたら、絶対あとで後悔しない
(笑)。あと2回まで大丈夫なんで。
──(笑)。そういうふうに、変わった感じがするよね。
すぐにめくるくじ引きみたいな感覚で曲を作らされそうになってた時期があったんですけど、たぶん違うなと思って。世間の人って、そんなにわかってないと思ったんですよね。なんとなく気づいてたけど、確信に変わって。だったら、遅くなっても気づいてもらった時に後悔しないように、時間の流れを計算して。今ってほんとにわからないじゃないですか。80年代のシティポップがめっちゃ聴かれたりするし。確かにいいんですよ。聴かれるだけのものだなあと思う。当時の人は、そういうふうに作ってたと思うんですよね。別に「今」っていうものに当ててないっていうか。自分が想像しうる未来までちゃんと見据えて、そこまで届くぐらいのものを作れたら、絶対あとで後悔しないし。それでもし間違ったとしても、別に誰かに迷惑かけるわけじゃないし(笑)。5年、10年経ってやっとピントが合うようなものを出せたらなと。今だったらやれると思うので。
──曲の話ももうちょっと聞きたいんだけど、この曲はまず、“ざらめき”っていうタイトルがもう超いい発明。この詞の世界や音楽性を表すと同時に、シューゲイザー的な、ノイズなんだけど、きらめきなんだよなっていう独特の感じを“ざらめき”っていう言葉で表してくれて。ありがとうって。
ありがとうございます(笑)。結構迷ったんですけどね。最後の歌詞が《きらめき》で終わってるので、なんかできないかなあと思って。いつもやるんですけど、「あ」から順番に当てはめて(笑)。で、“ざらめき”かなあと。
──これは発明だよ。いろんな音楽聴く時に、「ざらめき系だよね」って言えるもん。さすが言葉の人だなって。
ざらめき系、出てきてほしいな。
──まさに最初のギターサウンドが、この曲の音楽性を表してて。でも堂々としたロックビートで。自信に満ちてるバンドサウンド。
リズムは結構気にしました。最初は4つ打ちだったんですけど、ちょっとベタだなと思って。打ち込みでいろいろ考えてたんですけど、やっぱりシンプルにいったほうがいいと思って、あの感じに落ち着いて。かなりいろんなリズム、テンポを試してました。あとは時間も、ギリギリ4分にいかないようにしたりとか。細かいところは客観視して、でも、デビューしたてのバンドがディレクターに言われるようなことは全部無視して、ちゃんと堂々とするっていう。あとはやっぱり、言葉、歌詞なんですよね。メロディと歌詞のバランス。“ナイトオンザプラネット”のサビを作った時の感じっていうか、はみ出てないんだけど、普段のAメロを書くようなテンションなんだけど、ちゃんとサビとしてのメロディっていうギリギリのところで、これはすごくいいなあと思って。いちばん最後のサビだけ、後半ちょっと上げるんですけど、最初は全部のサビでそうなってたんですよ。でもこれはもうちょっと我慢しようって、最後一回だけにして。うっかり出したものを冷ますっていう作業もすごくしました。かといって冷ましすぎても地味になりすぎちゃうんで、そのバランスも結構考えてます。
──歌詞に関しては、《熱帯魚》と《マーメイド》っていうメタファーが絡んで出てきたり、《ダサい恋》と、《一周して流行る》っていう、これを音楽のリバイバルと絡めているのとか。
はい。
──尾崎くん独特の、文学的な効果を最大に使って、密室的な世界をめちゃくちゃうまく作ってる感じがあったんだけど。これはどんなふうに出てきたの?
夏の夜の感じ、寝苦しい感じは出したいなと思ってて。クリープハイプらしい夏──夏のB面みたいなテーマがあったので、どうしたらそうなるかっていうので、なんとなく最初の4行が出てきて。何を思い出してるかなって考えた時に、過去の自分の恋愛とか、リバイバルしてヒットする感じも自分の中にあったので、そこに当てはめたり。健全に悩みながら作りましたね。それも含めて、あ、めちゃくちゃ曲作ってんなと思って。出てこない焦りももちろんあったんですけど、そういうことにも喜びながら作ってました。このタイミングでこういうふうに作るって、きっと健康的だろうなあって思いながら。自分が今まで身につけてきた、やり口。テクニックとは言いたくないんですけど(笑)。そういうやり口を確かめながら、振り返りながら作っていって。実際は焦ってるんですけど、どこかで俯瞰して、そういう自分を眺めて安心もしながら作りましたね。
──ウォン・カーウァイ的な最初のイメージと、すえた匂いのする恋愛みたいなものを閉塞感の中で描いていて、それがまるで熱帯魚が泳ぐ水槽の中みたいな、閉じられてるけどキラキラしていて。でもこの曲の主人公は、《黙って見てないでなんか言って》って叫んでる。
見ている側が見られてるっていうのは、まさにライブしてて思うんですよ。この人たちは俺らを見てる認識だけど、俺もこの人たちをめっちゃ見てるっていう。特に今回のツアーは、いつも以上にお客さんを見てたので、見に来てるようで見られに来てもいるよなあって。そこに対する恥ずかしさに、子どもの頃から自覚的だったんですよ。ライブでみんなは最前列に行きたいって思うかもしれないけど、絶対行きたくないと思ってたんですよね。見られるじゃんと思って。ステージと客席で分断されてるとは思ってなかったんです。で、実際上がってみて、やっぱり続いてるのを確かめたし。面白いですよね。今では自分が曲を作ってそういうことを歌ってる。でもまあ、アルバムから半年以上経って1曲ポーンって出すのがこれってのも、しびれますけどね。
──しびれる。最高だよ(笑)。
ははは。ふてぶてしくて。
ヘア&メイク=AKIRA KADOKURA スタイリング=入山浩章
クリープハイプ・尾崎世界観のインタビュー全文は発売『ROCKIN'ON JAPAN』2025年9月号に掲載!
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●リリース情報
『ざらめき』
●ライブ情報
8月8日(金) THE BUSKER ORIGINS@都内某所
8月10日(日) CANNONBALL 2025@さいたまスーパーアリーナ
8月23日(土) WILD BUNCH FEST. 2025 YUMEBANCHI 50th ANNIVERSARY@山口きらら博記念公園
8月29日(金) SPACE SHOWER SWEET LOVE SHOWER 2025 30th ANNIVERSARY@山中湖交流プラザ きらら
8月30日(土) RUSH BALL 2025@泉大津フェニックス
9月11日(木) 尾崎世界観の日 2025 完全独演@NHKホール
9月13日(土) rockin’on presents ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2025@千葉市蘇我スポーツ公園
9月20日(土) 田淵智也40歳記念トークセッション「田淵智也」@新宿ロフトプラスワン
9月27日(土) JA共済 presents RADIO BERRY ベリテンライブ2025 Special
10月5日(日) PIA MUSIC COMPLEX 2025@ぴあアリーナMM
10月17-18日 2025 浪人祭 Vagabond Festival@台湾・台南安平觀夕平台旁大草皮
提供:ユニバーサルミュージック合同会社
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部