福島県いわき市を拠点に活動する3ピースバンド・
urei。軸となるのは、自分自身がこう言われたい、と語るファイトソング。だが、闇雲に全力で背中を押すわけではない。やると決めても一抹の不安はどうしても残る──そんな人間の機微も受け入れ、生活と地続きの愛を共有するために誰かの手を掴みに行く、そんなロックバンドだ。
今年2月にHAWAIIAN6やlocofrankを擁するIKKI NOT DEADへの所属を発表し、3月にシングル『BLOOM』をリリース。そして、10月にリリースされた初の全国流通盤となる1stミニアルバム『HOME』は、彼らのメッセージと音が詰め込まれた、今後の飛躍を予感させるには十分すぎる出来栄え。かつての仲間への思いと覚悟を綴った“今夜決行”、ホームグラウンドであるライブハウス・club SONIC iwakiが閉店するという一報を受けて書き上げた“from”といったロックナンバーの強靭さは当然のこと、再録曲“手紙”も壮大さを増したバラードにとどまらず、グッと体温を上げる仕上がりになっている。故郷への思いやこれまでの歩みも含めてメンバー全員に話を聞いた。
インタビュー=ヤコウリュウジ 撮影=小野百恵
いわきには、震災でいろいろあった街だよね、みたいなイメージもあるので、いわきといえばureiだよねっていう人が増えたらなって
──初の全国流通盤ということで、今までにないほど注目されるタイミングですけど⋯⋯なんだか不安そうな顔をしてますね(笑)。草野寛太(Vo・G) ちょっと追いつけていないところもありますね(笑)。
──3人とも地元がいわき市なんですか?草野 もひお(B・Cho)と僕はいわき市出身でひろむ(Dr・Cho)が⋯⋯。
ひろむ 僕だけ後加入で神奈川県出身なんですけど、今はいわき市に住んでます。
草野 レーベル(IKKI NOT DEAD)が決まってから引っ越しました。
──より気合いを入れるためには、同じところに住んでたほうがいいだろうと。草野 そうでしたね。普通は上京するだろうから、逆なんでしょうけど(笑)。
──いわき市ってどんな街ですか?もひお 市自体は大きくて人も多いんですけど、田舎ですね。
ひろむ でも、何もないっていう良さがあるというか。
──東日本大震災の被害が大きかった地域でもありますよね。もひお 自分が中学生のとき、実際に経験して。海の目の前に住んでて、家が流されたり。
──多感な時期と復興が重なってたから、誰かの手を掴みに行くようなことを歌いたくなったのかな、と想像したりもして。草野 それはあると思います。震災でいろいろあった街だよね、みたいなイメージもあるので、それを塗り替えたいということではないですけど⋯⋯いわきといえばureiだよね、とかureiがいるからいわき市を知ってますよ、っていう人が増えたらなって。
──妙な薄暗さはないというのを届けたい。草野 そうなんですよ。
──バンドの歴史をひもとくと2018年に結成されていて、草野さんともひおさんが同級生なんですね。もひお 高校時代にもバンドを組んでいて、卒業のタイミングで離れたんですけど、成人式のタイミングでまたやりたいよね、と話をして結成しました。で、ひろむとは新宿ACB HALLで知り合ったんですけど。
──対バンで知り合った、と。ひろむ いや、そうじゃないんですよ。前のドラムがライブ当日にいなくなってしまったときに僕が偶然観に行ってて。そこで、「今後サポートしてほしい」と言ってもらったのがきっかけでしたね。
もひお その先のライブも決まってたので、この出会いに何かあるんじゃないかって思って。
──バンドをまたやろうとなったとき、背中を押されたり、影響を受けたのは?草野 ASIAN KUNG-FU GENERATION、ACIDMAN、ストレイテナーとかをずっと聴いてたんですけど、その頃は自分が曲を書けるなんて思ってなかったんです。でも、高校卒業したぐらいのときにMy Hair is Badとかが出てきて、自分のことを歌ってくれているようにも感じたし、そういう歌詞を書いてもいいんだ、と気づいて曲を作るようになって。
もひお いわきSONIC(club SONIC iwaki)にはハードコアバンドも多くて、そういう音楽を聴くようになって。ureiを始めた頃は、THE FOREVER YOUNG、SIX LOUNGEとかが日本語で歌ってる姿を見て、自分も挑戦してみたいな、という気持ちになってましたね。
──ureiはメロディックパンクの影響も色濃く感じますけど、そういった名前は挙がらないんですね。もひお バンドを続けていく中でいろんなバンドと知り合って、今の形になってきたというか。
──ひろむさんが出会ったときは今みたいなサウンド感でした?ひろむ ではなかったです。それこそ、僕が正式加入して関東圏でよくライブをするようになってからメロディック系のバンドとも繋がりが増えて、影響を受けたというのがあって。
草野 最初はシンガロングとかも全然なかったんですよ。「バンド名はureiだけど、それでめっちゃ明るいバンドだったら面白いんじゃね」みたいに考えて、シンガロング系のギターロックになっていったんですけど、そこからメロディック系のバンドとも対バンするようになって。あの良さを日本語でやったらそれも面白いだろうなと思って今の形になってるというか。
──この3人でライブを積み重ねていく中で形作られたような。もひお まさにそうですね。
──ちなみにひろむさんのバックボーンは?ひろむ 小さい頃は親の影響でサザンオールスターズとかを聴いていたんですけど、ハードコアやメタルコア、ASIAN KUNG-FU GENERATIONとか、ちょうどふたりが好きなバンドも聴いてきた感じです。
──たまたまだけど、ふたりの間にちょうどハマるような。草野 ほんとにそうなんですよ。初めて一緒にスタジオに入ったときにそれを感じました。
草野寛太(Vo・G)バンドを始めてCDも出してるけどまだ掴めてないこれまでのureiと、掴み始めてきたureiの総まとめみたいな1枚になった
──歌いたいことは最初から変わってないんでしょうか?草野 そこは変わんないですね。最初は生活のことを歌ってましたけど、だんだんファイトソングが増えてきて、そっちが主軸になっていって。
──生活と地続きにある愛を誰かと共有したい、と歌っていると感じてて。草野 そうだと思います。
──もうちょっと言うと、自分はこうなんだ、と胸を張るだけじゃなく、届けたい誰かがいるのが大前提というか。そこは草野さんの人間性が滲み出てるような?ひろむ そうですね。曲を聴くと寛太の曲だな、って思います。僕もそうなんですけど、寛太は特撮系が好きで、そういうヒーロー要素みたいなものが歌詞にも表れてるな、と。
草野 そう言われると恥ずかしいな(笑)。
もひお 歌詞の表現も寛太の性格が出てますね。ちょっとなよっとしてるというか(笑)、「俺についてこい」とは言わず、「ついてこい。でもこうしちゃうけどね」みたいな言い回しもするし。でも、そこにお客さんは共感してくれてるのかな、って。
──ただ、新作『HOME』は少し毛色が違うというか、頼もしさを増したureiも詰め込まれている印象があったんです。草野 バンドを始めてCDも出してるけどまだ掴めてないこれまでのureiと、掴み始めてきたureiの総まとめみたいな1枚になってると思っていて。ファイトソングや生活の曲、再録した曲、ちょっと前のことを思い出せるような曲もあるし。
ひろむ たとえば、“オレンジ”は“マジックアワー”に、“105”は“愛に恋して”に通ずるところがあったり。
──これまでの曲との繋がりも感じさせるようなものを作りたいというのは、もともと考えていたんですか?草野 たまたま⋯⋯自ずとそうなっちゃってるんですよね。どれも違う角度から書いてるんですけど、できあがったときに「そういや、あの曲と繋がりそうだな」と思ったりして。
──何かキーワードを引っ張ってきて、とかもない?草野 あの曲のAメロをもっと深掘りして書こう、とかはあるかもしれないです。
ひろむ 結構言い方を変えつつ、いろんなアプローチをしてるなと思います。