「レディー・ガガとは何者か?」――そう不特定多数の日本人に訊いたとしたら、ティーン~若者層はもちろんこと、「なんか凄い格好をしたお嬢さん」レヴェルでは恐らく中高年層にもすっかり浸透した感があるのがレディー・ガガという人である。日本特有のポップ・カルチャーとの相思相愛なリンクもあって、ガガはまさに日本のお茶の間においてもアイコンとなった。前回の「Born This Way Ball」ツアー(2012)は、まさにそのアイコンとしての自己を徹底的に突き詰めポップへと昇華したショウだった。それに対し、2年ぶりの来日となった今回の「LADY GAGA'S artRAVE: the ARTPOP ball」ツアーは、一度は完璧に相対化されたアイコンとしてのレディー・ガガを、彼女自身が再び主観的に捉え直していくようなライヴだと感じた。
18時の開演と共にまずは本日のオープニング・アクト、DJレディー・スターライトのステージが始まる。ガガの無名時代に「レディー・ガガ&ザ・スターライト・レビュー」としてユニットを組んでいた彼女だが、ダウンビート効きまくりなストイックなDJセットで、単独個別のパフォーマンスと言うよりもガガのステージへと続く壮大なイントロのように機能していた。見上げれば空は徐々に漆黒に、そしてその漆黒を覆う靄のように雲が厚く広がり始めている。ガガにとって日本で初の野外公演となる今回のQVCマリンフィールドだ。最後まで天気が持ってくれればいいけれど……そんなことを考えているうちに場内は暗転、19時ジャストに遂にレディー・ガガのステージが始まる。大歓声に包まれたスタジアムには無数のサイリウムが振られ、交錯するエレクトロ・ビートに合わせてダンサーたちが球体を掲げて跳ね踊る中、眩しい黄金の衣装に身を包んだレディー・ガガがダンサーに抱え掲げられながらステージに登場する。
1曲目は新作『アートポップ』と「The ARTPOP Ball」ツアーのテーマ・ソングとでも言うべき“ARTPOP”だ。一発目だけあってガガはさすがにパンチの効いたコスチュームを身に纏っている。宝塚男役トップが背負うような巨大な黄金の羽根に、無数のビジューが縫い付けられた黄金のレオタード。その胸には『アートポップ』のアルバム・カヴァーでも使用された巨大な球体がはめ込まれている。「トキオ・モンスターズ!手を挙げて!アイシテマース!」と叫ぶと続く“G.U.Y.”へ。半裸のダンサーたちとの迫力の群舞、ブルータルなベースが煽り立てるバンド隊をフィーチャーしたサウンドは、思いっきり生っぽい。そう、今回のステージで感じたのはバンドの存在感の強さで、エレクトリックでハイパーで非現実的、そんなレディー・ガガの音楽とステージの端々に、彼らが濃く深く現実感をマーキングしていく。“Venus”もヘヴィ・グルーヴのバンド・イントロがしばらく続き、その間に衣装替えしたガガが貝殻ビキニ姿で再登場。カラフルなレーザー光線が交錯し、ガガはフライングVを抱えてのギター・プレイも披露する。
「また日本に来ることができて本当に嬉しい。思いっきり東京を満喫してるわ。昨日の夜はしゃぶしゃぶを食べたし、今朝はドン・キホーテに行ったの。でも、日本のネイル・ショップはどこに行けばいいかしら? マニキュアするならどこに行けばいい?」というMCから畳みかけて“MANiCURE”へ。ガガはステージを飛び降りると客席中央を分ける通路へ、ファンを掻き分けハイタッチしながら一往復する。海外の「The ARTPOP Ball」ツアーでは本来アリーナに花道が伸びているのだが、今回のQVCはメイン・ステージのみのため、彼女がファンに近づこうとすると自ずとステージを降りて通路へと行くことになるのだ。そんなQVCならではの構造上の特性をさっ引いても、「The ARTPOP Ball」ツアーのステージ・セットはガガとしては凄くシンプルなものだ。エイリアンと宇宙船をモチーフにしたというステージには白い洞窟風のエントランス、巨大な石柱というか氷柱のようなオブジェで覆われたキーボードが配置されている。おもちゃ箱をひっくり返したような、アングラ・ショック・アートを無理やりポップ・アートに置き換えたような「Born This Way Ball」ツアーの破天荒でデコラティヴなステージ・セットやコスチュームと比べると、今回のそれは「素材」そのもの感が強い。
純白の80S風ミニ・ドレスとロング・ヘアに衣装替えし、ここからは旧曲のセクションが始まる。“Just Dance”ではガガがショルキーを弾き思いっきりディスコでダンサブルなアレンジに、そしてヒップホップ・ライクなビートで始まった“Poker Face”ではカラフルなダンサー陣と対照的に白一色で統一されたバンド隊と並びソウルフルに歌いあげる。その後ダンサーの群舞によるブレイクを挟み、再登場したガガは水玉模様のタコ(?)のようなコスチュームに衣装替え、ここからはまさにモンスターたちによるナイトメア・セクションとでも言うべきガガならではのシアトリカルなステージへと突入していく。
タイトな構成、テーマをはっきり分けた各セクションが矢継ぎ早に場面展開していくテンポの良さが今回のツアーは印象的だ。巨大で歪なアートの拡大力、放出力で観る者を圧倒したかつてのガガのステージと比較すると、むしろこの「The ARTPOP Ball」はステージ上のガガの身体にアートが集約されていく、そういう表現に感じた。中盤はそんなガガのピアノ独演セクションだ。一本のピンスポの下で彼女の原点ともいえる声とピアノ、ただそれだけで数万人の観客を引き込んでいく。挙句、“Born This Way”までピアノ独演でやりきってしまう。この曲の「私はこうなる運命のもとに生まれてきた」という一節が、ここまでガガの人生と重なったプレイは初めてだったのではないか。
そんな限りなく素顔の純白セクションを終え、ガガが緑のボブ・ヘアーと黒のボンテージ・ドレスに衣装替えして始まったのは、エロティックでディスコテックな真逆のセクション。ダンサーたちと意味深に絡み合いながら歌う“Sexxx Dreams”、“Alejandro”といよいよショウは佳境に突入していく。「日本のファンは最高のファン。私が私自身でいることを尊重してくれるもの」とガガが言うと、ステージ脇から3人の黒服が登場、客席に背を向けたガガがその黒服たちにフォローされながら、なんとその場で生着替えを始める。真っ白な背中を晒し、かつらを取り、全てを曝け出したガガが、まるで「武装」するように日本のアニメ、ポップ・カルチャーからの影響を多大に感じさせるネオン・カラーの衣装とカツラを身につける。ここで遂に投下された“Bad Romance”で場内は大爆発、そして 「次の曲は東京のみんなに捧げます。いつもサポートしてくれて本当にありがとう」とガガが促して“Applause”へ。ハレーションを起こした色彩の饗宴と舞い散る紙吹雪に煽られ、興奮が頂点に達する。本編ラストの“Swine”はレイヴのピークタイムのようなフィナーレとなった。アンコールはシンプルに1曲のみ、“Gypsy”だ。真っ白なドレスに身を包んだガガが悠然と微笑み、ピアノを弾く。そしてスペクタクルなバンド・サウンドとファンの大合唱で、日本での初「The ARTPOP Ball」は幕を閉じた。
この日のショウは後半から雨となった。肩に落ちる冷たい雨粒も、湿気で汗ばんだ背中も、そして紅潮した頬も、その全てがリアルで現実と地続きに感じさせる、レディー・ガガのライヴの余韻としては初めての感覚だった。(粉川しの)
セットリスト
M1. ARTPOP
M2. G.U.Y.
M3. Donatella
M4. Venus
M5. MANiCURE
M6. Just Dance
M7. Poker Face
M8. Telephone
M9. Paparazzi
M10. Do What U Want
M11. Dope
M12. Born This Way
M13. The Edge of Glory
M14. Judas
M15. Aura
M16. Sexxx Dreams
M17. Alejandro
M18. Bad Romance
M19. Applause
M20. Swine
En1. Gypsy