syrup16g@東京国際フォーラム・ホールA

all pics by Yuki Kawamoto
syrup16g、アルバム『Hurt』リリースツアー「再発」。2公演目、東京国際フォーラムホールA。5000人の観客の前に現れた五十嵐隆(Vo・G)、中畑大樹(Dr)、キタダマキ(B)の3人は、間違いなくあのsyrup16gだった。そして、ツアータイトルの『再発』の含意が、ここから彼らが続いていくための「再出発」だということを信じていいよと、確かに告げてくれた――。

開演時間の19時を過ぎて、3人の登場を待つ満員の場内は、なんだかガヤガヤしていた。ステージのスクリーンには磁石のモノリスと砂鉄が写った『Hurt』のジャケット写真が投影され、BGMにはU2が流れ続けている。去年5月のNHKホール、五十嵐隆名義のワンマンライヴ「生還」の時はこうではなかった。もっと悲痛な何かを待ち受ける覚悟に満ちた静寂が、ただ客席を覆っていた――でも今回は違う。数日前の名古屋公演が素晴らしかったという情報も当然ある。だから、この場に立ち会えることはもう「嬉しい」以外の何物でもないのだ。そういう心地よい喧騒を味わいながら、10分が過ぎた頃BGMが止み、SEなしで照明を暗く落としたステージに3人が静かに登場する。そして白いスモークがモクモクと3人を覆い尽くすように焚かれた中、1曲目は轟音のフィードバックギターと力強く打ち付けるようなドラムから始まった“Share the light”。座席から立ち上がって、じっと3人を見つめる5000人の観衆に、音割れギリギリのように粗っぽい質感に仕上げられた(おそらく『Hurt』でのバンドの音の鳴り方を意識した)アンサンブルが染み渡っていく。2曲目は“神のカルマ”。イントロから悲鳴のような歓声が上がり、照明が3人をくっきり映して独特のコードが響くと、「生還」の時とはまったく異なるエネルギーに満ちてアンサンブルが聞こえてくる。楽しそうなのだ。そしてキタダマキのベースラインが先導する“Stop brain”へ。《思考停止が唯一の希望》と、空白期間の五十嵐の心境を身も蓋もなくスケッチしたような歌詞が、この上なくキャッチーに5000人の身体を揺らしていく。五十嵐の声は少し掠れているが、十分に出ているし、テンションも演奏も本当に申し分ない。
そして、ニューアルバムの曲順を追うように鳴った“ゆびきりをしたのは”のイントロで客席から飛んだ「おかえり!」の声援に、その後のMCで五十嵐はこう答えた。「ようこそおいでくださいました……ただいま! 久々なので緊張してるんですけど、なんとか、最後までやりきれるよう頑張りまーす。よろしくお願いします」その明るい声に、もちろん拍手と大歓声が応える。そしてスクリーンに夜間高速のようなイメージ映像が映し出されて、ミドルテンポの“君待ち”が始まる。《ああこのまま君を待ってんの/明日もまた君を待ってんの》と、彼らを待ち続けたはずの5000人の自画像みたいな選曲じゃないかと思わせる1曲の後、“生活”で場内のテンションが一気に上がった。syrup16g屈指の名曲を、ブランクをほとんど感じさせない五十嵐のギタープレイが鮮やかに彩り、中畑の獰猛なドラミングが疾走させていく。アウトロの雄叫びがファルセットに変わって演奏を終えると、五十嵐は再度「ありがとう!」と言った。

ここから“哀しき Shoegaze”“生きているよりマシさ”の新曲ふたつを経て、“ex.人間”へ。《これは僕の作品です/愛すべき作品です》の言葉が、かつてない肯定性と共に染み渡り、続いたのは2008年、当時事実上のラストアルバムだった『syrup16g』冒頭曲“ニセモノ”! あれほど痛ましく聞こえた自虐の叫びが、ここではそのエネルギーを誰もが前向きに受け止めている。「五十嵐はホンモノだよ!」という客席からの叫びを受けて、ステージ上ではギターをアコギに持ち替えた五十嵐が、再び「ありがとう!」と力強く言って大きな拍手。「まだまだあるんで楽しんで帰ってください」と言って、“ハピネス”のとめどないセンチメンタリズムが穏やかなアコギの調べと共に奏でられていく。《反省だけはしない/死ぬまで》と言い放つ“理想的なスピードで”で流れを再び『Hurt』のほうへ引き寄せると、ここから本編ラストまでの流れは、再び五十嵐がギターを持ち替えて、圧倒的なボルテージで展開していった。『Hurt』の中でも最もキラキラした輝きと疾走感を放っていた“宇宙遊泳”で歌われる《次のステージが Destination》という衒いのない希望のメッセージ。“落堕”のドラム、ベース、ギターと順に重なっていくアンサンブルで示された、「今」の彼らが持つアンサンブルの強靭な美しさ。そして本編ラストは、まさかのレーザー光まで5000人の頭上を飛び交う中、ひとりだけ真っ赤な照明で照らされた五十嵐が渾身の絶叫でフィニッシュした“リアル”。ここで手を合わせてお辞儀しながらステージを去ったメンバーを追いかけるように、大きな手拍子がすぐに巻き起こる。当然だろう。まだ聞き足りないのだ。

そして、程なく再びステージに現れた3人は、「再発」のツアーTシャツに着替えている。テンション冷めやらぬ中畑が観客に大きく両手を振り、キタダも優しくこちらを見ている。五十嵐が「ありがとうございます」と言って始まったのは『Hurt』から、これも空白期間の日々を赤裸々に綴ったと思しき“イカれた HOLIDAYS”。そして“希望”から、「あんまり好きじゃない曲、やります!」と五十嵐が言い放って『Hurt』のラストナンバー“旅立ちの歌”へ。これはアルバム取材の時に、スタッフが強く推すからアルバムに入れたと本人が明言していた1曲で、アコギの柔らかなメロディが、未来への希望をはっきりと描き出す歌詞と相俟って、鮮やかに展開していく新機軸のナンバーだ。これはいい曲だし、みんなが好きになる曲だよ、と思いながら噛み締めて聴いていると、ここで一度目のアンコールが終了。いったん客席の照明も点いたが、もちろん手拍子は鳴り止まない。程なく現れた3人の二度目のアンコール、“パープルムカデ”と“coup d’Etat”からの“空をなくす”はもう、最高だった。「久しぶりなので、41歳なんですけど、ちょっとはしゃいでいいですか?」と五十嵐が言って始まった“パープルムカデ”では、言葉通り(?)ギターをかき鳴らしながら、五十嵐の「黄金の左足」はひょこっと上がっていたし、最後にはドラムセットの上に仁王立ちになった中畑の全身から、今のsyrup16gでライヴできる喜びが爆発的にほとばしっていた。この、バンドとしてのタフネスと未来へと繋がる「今」を全身で楽しむようなグルーヴこそ、去年の「生還」には全くなかったものだった。ここから、絶対ににまた、syrup16gは続いていく。僕らはただ、それを楽しみに待てばいい。そう思わせてくれた、至福の2時間だった。(松村耕太朗)

■セットリスト

01.Share the light
02.神のカルマ
03.Stop brain
04.ゆびきりをしたのは
05.君待ち
06.生活
07.哀しき Shoegaze
08.生きているよりマシさ
09.ex.人間
10.ニセモノ
11.ハピネス
12.理想的なスピードで
13.宇宙遊泳
14.落堕
15.リアル

(encore)
16.イカれた HOLIDAYS
17.希望
18.旅立ちの歌

(encore2)
19.パープルムカデ
20.空をなくす