Salyu @ 日本武道館

Salyu @ 日本武道館 - SalyuSalyu
日本のポップ・ミュージック界が誇る歌の化身=Salyu、記念すべき初の武道館ワンマン! なのだが、両A面シングル『コルテオ〜行列〜/HALFWAY』発売前日に行われたこの日の公演は同時に、昨年リリースしたベスト・アルバム『Merkmal』を引っ提げてのツアー『Salyu Tour 2009 Merkmal』の初日でもあるわけで、せっかくの武道館公演の曲順その他を詳しく書くわけにいかないのが残念ではある。が、それはある意味、この際どうでもいいことかもしれない。

いや、もちろん「どうでもいい」はずはない。披露されているのはもちろん、小林武史とタッグを組み始めて以降、彼女のキャリアを形作ってきた大切な楽曲たちであるし、他ならぬSalyuにとってそれらの楽曲は自己表現のための「装置」として十二分に機能しているからだ。しかし、「どの曲を歌ったか」は必ずしもこの日のアクトの核心ではない、ということだ。「何を」歌うかではなく「どう」歌うか、という点において、この日のSalyuのパフォーマンスはこの上なく感動的だったからだ。もし仮に、今日のセットリストが全曲誰かの曲のカバーだったとしても、このワクワクは多少なりとも薄れただろうか? そう思ってしまうほど、彼女の歌声はどこまでも強く、優しく、しなやかで、圧倒的だった。

「今日は、10年間で私が出会って、私に成長の機会を与えてくれた曲たちをお届けしたいと思います!」とSalyu。「2009年型Salyu」の新しさは、ショートボブとおかっぱの中間みたいな少女っぽいヘアスタイルとか、シンプルでキュートなドレス・スタイルとかいったルックスだけの話ではない。何より、ベスト・アルバムの制作を通して、彼女自身が「今、ここ」にいる意味を完全に対象化し、咀嚼し、血肉化していることが、その歌の端々から感じられるということだ。

「ライブハウス武道館」と謳うアーティストは多いが、この日の会場はさながら「オーチャードホール武道館」とでもいうべき凛とした空気に満ちている。巨大ビジョンの映像も交えた幻想的なステージング。ドラム・あらきゆうこ、ベース・キタダマキ、キーボード・SUNNYなど名手揃いのバンドによる、音量感は抑えめながら表情豊かなアンサンブル。その中で、Salyuの歌はどんなストリングスよりも艶やかに、どんな管楽器よりもあたたかく、どんな打楽器よりも激しく響いてくる。曲間の拍手と歓声以外、オーディエンスは水を打ったように静まり返ってステージを見つめている。そして、途中のMCで、Salyuは「さっき『この10年で出会った曲』って言いましたけど……Salyuはどうして歌手になれたのか、その話をしたいと思います」と、デビューまでの日々をおもむろにひもといてみせた。

シンガーを夢見た15歳から17歳の間、オーディションを受けては3次審査ぐらいで落ちまくっていたこと。新宿のライブハウス『HEAD POWER』でライブを観て「なんで今まで、自分は『ライブやろう!』と思わなかったんだろう?」と、ライブハウスのオフィスのドアを叩いて「歌いたいんです!」と言ったら、店長が「歌えるよ!」と言ってくれた話。後にレコード会社の育成機関に入って、コンベンションで歌ったこと。それがきっかけで、17歳の秋に初めて小林武史と出会ったこと。音楽のことに限らず、人生観、恋愛観など、多くのことを教えてもらったこと……それは静かに、しかし1本の映画のように、確かな余韻をもってオーディエンスの中に染み入っていった。「自分自身は、私が作ったものではないなって。この声も、いろんな人に形作ってもらったものなんだなって。感謝の気持ちでいっぱいです。どうもありがとう!」と、本編終盤でSalyuはそう言って大きく頭を下げた。あたたかい拍手が広がった。

静謐な本編とは打って変わって、アンコールでは「Salyu!」という観客の歓声に応えて「はぁい! 黒い髪、似合う?」とおどけながら、束の間の「ライブハウス武道館」を演出してみせた。「人生が進むほど、音楽が好きになっていく自分がいるんですよね」――最後にSalyuは言った。3時間に迫ろうかというボリュームのアクトは、始まったばかりのツアーと、Salyu自身の「これから」への確かな期待感を残して、終わった。最高の一夜だった。(高橋智樹)
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