「東京事変2O2O.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ」@NHKホール

All photo by 太田好治(yoshiharu ota)

●セットリスト
1.新しい文明開化
2.群青日和
3.某都民
4.選ばれざる国民
5.復讐
6.永遠の不在証明
7.絶体絶命
8.修羅場
9.能動的三分間
10.電波通信
11.スーパースター
12.乗り気
13.閃光少女
14.キラーチューン
15.今夜はから騒ぎ
16. OSCA
17. FOUL
18.勝ち戦
19.透明人間
20.空が鳴っている


2020年元旦、突然に――否、いくつかの節目における巧妙緻密な伏線を経つつ発表された東京事変の再生(その数々の伏線についてはこちらのrockinon.comの記事に詳しくまとまっているので、ご参照ください)。ツアー「東京事変 Live Tour 2O2O ニュースフラッシュ」の開催によって、8年の不在期間を越えてその帰還を祝う記念すべき時間を全国のオーディエンスが体感するはずだったのだが、残念ながら新型コロナウイルス感染拡大を受けて、殆どの公演の開催が断念されることとなった。致し方ないこととは言え、そこで届けられるはずだったものを多くのオーディエンスが知らないまま東京事変の再生後の物語が展開していくことには、やはり違和感が残る。かつて東京事変の音楽が持つ物語とメッセージと美学を、自身の人生の深いところに重ねて聴いていた人ほどその想いが強かったと思うし、何よりも東京事変のメンバーが、使命感を持ってそれを感じていたと思う。今回、TOKYO2O2O開会式が行われるはずだった7月24日に、渋谷のNHKホールで「東京事変 Live Tour 2O2O ニュースフラッシュ」の演目を無観客で収録、配信と映画館上映によって届けられることになったのは、このツアーが東京事変の音楽を8年間、それぞれの再生装置で何度も蘇らせながらこの時を待ち望んでいた人々との大切な儀式であり、伝えるべき強い想いがそこにあるということなのだろう。もちろん事前に公開されたセットリストは、今回のツアーで開催された公演のものと全く同じ20曲だ。


予定時間になり配信スタートの合図として画面に映し出されたのは金属に刻まれた「2004-2012」という東京事変がかつて活動した期間を表す文字、その金属の蓋が開かれるとコンプリートBOX『Hard Disk』のジャケットでもお馴染みの再生装置が現れ、重々しく起動するという、元旦に公開されたティザー映像と同じ演出。そしてパスワード入力画面へ。「uru_uru」というパスワードが打ち込まれるとステージ背後のスクリーンが切り替わり、伊澤一葉(Key)、浮雲(G)、亀田誠治(B)、椎名林檎(Vo)、刄田綴色(Dr)と順番にメンバーがログイン。生身の東京事変がまさに目の前で起動するワクワク感を異様な没入度で味わわせる映像、そして「Starting incidents...」の文字を映し出す紗幕が“新しい文明開化”の歌い出しと共に落ちて、眩い光に包まれたステージに5人が登場した。白のエリザベスカラーに色違いの打ち掛け、椎名林檎は孔雀の羽に拡声器と、東京事変でなければ発想できない佇まいだが、このデジタルな演出と神々しさの大胆なミスマッチの中に力強い再生のメッセージが込められているように思った。事実、このM①からデビュー曲でもあるM②“群青日和”にかけての疾走感と瑞々しさに、5人が卓越したプロフェッショナリズムに裏打ちされた独特の絆で今も一点の曇りもなく結ばれていることが感じられた。「オマタセシマシタ。オマタセシスギタカモシレマセン。ニュースフラッシュヘヨウコソ。トウキョウジヘンデス」という機械音声のMCを挟んで、錫色のベールをシックにまとった姿で“某都民”。ボーカルの切り替わりや演奏のブレイクに合わせて、LEDの各メンバーを表すモニターの色や文字が変化する展開の見事さは今回の映像演出の大きな見所の一つ。ミラーボールが輝いているのに欧米のニュースショーのようなクールな世界観で包み込む“選ばれざる国民”。そして血生臭い情念と事件の匂いをプンプン匂わせる“復讐”とライブのテンションは上り詰め、いつのまにか無観客配信だということは忘れ去っていた。“永遠の不在証明”で鉛色のケープを纏い、緋色のハットを翳しながら歌う椎名林檎の姿に『名探偵コナン』へのオマージュを感じたのは邪推だろうか。“絶体絶命”、“修羅場”の鮮やかな流れでは、かつての楽曲のジャーナリスティックに時代を見つめる視点と最新EP『ニュース』に地続きのメッセージを感じ、“修羅場”ギターソロの直前に悲しい嗚咽のような声を漏らしてうずくまった椎名林檎の姿には強烈な問いを投げられた気がした。コンマ1秒の狂いもなく3分のカウントダウンに突入する“能動的三分間”では、《Come back to life》(生還せよ)のところで上着を脱ぎ捨て、白いシャツ姿になる椎名林檎がこのライブの中で強い覚悟を持って伝えたいテーマを秘めて歌っていることを感じつつ、“電波通信”では5人の中にこのメンバーで音を合わせることの絶対的な喜びが膨れ上がっていくのもわかりテンション鰻のぼり。ピアノのみの前半から、全員が無垢に心をぶつけ合うような後半まで、すべてシンプルであるがゆえに感動的な“スーパースター”は中盤のクライマックスだった。“乗り気”、“閃光少女”、“キラーチューン”とアッパー曲の連打では、バンドとしての一体感を深めていった頃のライブの熱気が一気に蘇る。“今夜はから騒ぎ”で椎名林檎が白から黒へ、無垢から妖艶への最終脱皮を遂げ、“OSCA”、“FOUL”という拡声器が必殺凶器に変わる2曲を容赦なくぶち込み、“勝ち戦”ではスクリーンの孔雀が目から放つレーザーが僕らを撃ち、“透明人間”ではあまりにも自然にメンバーから溢れ出す笑顔にオーディエンスの心も一つに――おっと、またもや無観客配信だということを忘れていた。もしかしたら最後に何かMCが入るかと淡い期待をするが、ピリッとした空気を纏い直して最後の1曲“空が鳴っている”のイントロが始まると「いや、これから新たな物語を紡いでいく東京事変はこれでいい」という気持ちになる。終わらないでほしい絶頂も、止めたくても止められない衝動も、悲しみも怒りも愛も祈りも、全部音にぶち込んでアクセルを踏み、その果てにあるものを見届けようとする。そんな東京事変というバンドが持つ本能が詰まったこの楽曲を鳴らしきったところで噴き出すスモークの中に消えていく、その潔癖を極めたエンディングに「本当に東京事変は帰ってきたんだ」と感じた。


約8年半前、僕は閏日に日本武道館で東京事変の解散ライブを観た。それは不思議と晴れやかな門出のライブで「東京事変 Live Tour 2O2O ニュースフラッシュ」とは大きく趣の異なるものだった。5人はこの8年間、それぞれの音楽活動の中でそれぞれのプロフェッショナリズムを鍛え、自らが放つ音の中で人生の酸いも甘いも嚼み分けて清濁併せ呑む技を磨き、運命に導かれるように東京事変に合流することになった。その必然と可能性を体感するために、このライブは必要なものだった。無観客配信という形になったけれど、それは余すことなく見事に映像の中に表現されていた。東京事変がこれからこの世界に何を描くのか、改めてアクセルを踏んで追いかけ、その果てにあるものを一緒に見届けていきたい。(古河晋)