東京事変 @ 日本武道館

東京事変 @ 日本武道館
東京事変 @ 日本武道館 - pics by 外山繁 ※2月28日撮影のものですpics by 外山繁 ※2月28日撮影のものです
あまりにも鮮やかなグランド・フィナーレだった。暗転した場内を貫くようにステージから伸びる2本のレーザー光線の間を毅然とした足取りで歩みながら椎名林檎が“生きる”を歌い上げ始めた瞬間から、Wアンコールが終わってメンバーが退場してすべての照明が消えた後、メンバー・クレジットを映し出したヴィジョンが放送終了後の如き砂嵐ノイズを経て電源OFFになった瞬間まで……これまでの東京事変の活動がそうであったように、どこまでもゴージャスで、スリリングで、冒険的なロック・アクトのまま、東京事変は自らのラスト・スタンドを華麗に飾ってみせた。情緒的なセンチメンタリズムもノスタルジアも、磨き上げられたプレイと歌の力で跳ね返そうとするかのような決然としたステージングが、かえって観る者すべての胸を熱くする――《事変は来る閏日解散致しますが、我らが作品群は永久に不滅です》という解散発表から2ヵ月足らずで訪れた終幕。ラスト・ツアーとなった『東京事変 Live Tour 2012 Domestique Bon Voyage』のファイナルにして日本武道館2Daysの2日目、2月29日・閏日。あえて言うまでもなく、最高のアクトだった。

開演予定時刻の19時を5分ほど過ぎたところで「それでは、大変長らくお待たせいたしました……」という陰アナが流れたところから、水色の旗を手に総立ちで開演を待ち構えるオーディエンスの間に、期待感と切迫感が渾然一体となった異様な空気が駆け巡る。それはおそらく、リアルタイム中継されたこの日のライブの模様を全国の劇場で観ていた観客も同じだったに違いない。しかし――19:14に場内が暗転、1曲目“生きる”を歌いながら椎名林檎がステージにせり上がり、ヴィジョン後方に居並ぶオーケストラの華麗な響きが亀田誠治/伊澤一葉/刄田綴色/浮雲のサウンドとともにビッグバンド・アレンジへと雪崩れ込んでいった瞬間、場内は爆発的なまでに歓喜が吹き荒れる一大エンタテインメント空間へと一変する。感傷も未練も入り込む余地のない堂々とした、それでいて1音1音を身体の底から感じ楽しんでいる5人の佇まいこそ、東京事変の最後の、そして最大のメッセージだった。「いらっしゃいませ! 武道館へようこそ!」という椎名林檎のコールとともに、あたかもクライマックスのような照明全点灯状態&色とりどりの紙吹雪舞い散る中で突入した“新しい文明開化”で思わず胸に込み上げてきたものは、別れを前にした悲しさや寂しさから来るものではなく、鋭利なロックの刃をギリギリのバランスで組み合わせて破格のポップ・ミュージックを生み出してきた5人への畏敬にも似た感情であり、それは取りも直さず、この日の熱演の完膚なきまでの強さと美しさによるものだったと思う。

 さっきまでの紙吹雪に代わって武道館狭しと「壱百万事変」のお札を舞い踊らせてみせた“今夜はから騒ぎ”。ミステリアスなサウンドと4人の女性ダンサーのコミカルなダンスとのコントラストが、亀田のベース・ソロを境にカオティックなモワレ模様に変わった“OSCA”。伊澤の切れ味鋭いクラヴィネット風のバッキングが冴え渡る“FOUL”。亀田&刄田のビートのクールな疾走感と斎藤ネコのヴァイオリン・ソロが妖しく絡み合う“シーズンサヨナラ”……最新ミニアルバム『color bars』をはじめ、自らのキャリアを丹念にひもといていくように構成されたセットリスト。どれをとっても決定的瞬間と呼べるような1つ1つの曲が有機的につながり合いながら、「楽曲」という単位を越えたスケールの「ショウ」となって、祝祭的な時間を描き出していく。その緻密にして大胆な音とイマジネーションの世界に、客席を揺さぶり熱気を巻き起こす「現実」のドライヴ感を与えているのは他でもない、亀田/伊澤/刄田/浮雲の鮮烈にして獰猛な表現力だ。

そして椎名林檎。ピュアなイノセンスと、アダルトな艶やかさと、何者にも屈しない気高きロックンロール・マインドとを瞬時に行き来しながら、時にそれらを1つに編み上げて一身に背負いながら、微塵も身じろぎすることなく、驚くほどの輝度と剛性としなやかさを持った歌を放射していくーーという姿だけでも圧倒的だ。が、斎藤ネコ指揮のオーケストラによる“カーネーション”演奏&メンバー紹介映像の間に、ピンクのアフロヘア&スパンコールきらめく衣装にチェンジした彼女がダンサー陣とともに“海底に巣くう男”でコケティッシュなダンスを決めてみせたり、“怪ホラーダスト”ではヴォーカルを務める伊澤の代わりにグランドピアノを弾いたり、“ほんとのところ”で不穏な物語を歌い上げる刄田の絶唱をさらに暗黒の淵へ追いやるようにドラムを叩いてみせたりーーという自由自在な展開から伝わってくるのは、東京事変の「バンド」としての信頼感と自由さだ。彼女自身が、その才能との間に巨大なスケールの均衡関係をメンバー同士で築きながら、歌において/パフォーマンスにおいて無限の自由度を獲得できる場所。プロフェッショナルなミュージシャンたちが顔を揃えた東京事変がこれだけ熱い支持を集めてきたのは、紛れもなくこの場所が、プロフェッショナルなだけでは済まされない衝動と情熱の炸裂する空間だったからに他ならない。逆に言えば、燃え盛る衝動と情熱をどこまでプロフェッショナルに制御し、音楽シーンの中で統率していくか。それこそが、東京事変という唯一無二の共同体の核心であり、その冒険心の源だった――ということを、ポップもアヴァンギャルドも極限凝縮した“能動的三分間”を観て改めて感じた。ヴィジョンに浮かび上がる《我々が死んだら電源を入れて/君の再生装置で蘇らせてくれ》の“能動的三分間”訳詞からも、その潔いまでのポップ・ミュージック求道精神が滲んできて、また胸が熱くなる。

コーラス・グループよろしく赤いスーツに着替えた男性陣4人が、ステージ前列に並んで童謡“アイスクリームの歌”を歌っている間に、椎名は真紅のドレス姿にチェンジ。イノセント・サイド・オブ・椎名林檎を結晶させたような“おいしい季節”の歌声。“女の子は誰でも”のジャズ・アレンジから一気に絶頂へと昇り詰めるダイナミックなアンサンブル……いったい次の曲は何だ?という高揚感に身を任せている間に、1曲1曲、一瞬一瞬、「終わり」へと近づいていく。今度は全員ブルーの衣装に身を包み、凛としたピアノの響きが印象的な『color bars』の亀田詞曲バラード“タイムカプセル”へと差し掛かった時、《僕は、音楽家として人間として、胸いっぱいの愛を『東京事変』という名のタイムカプセルにつめこみました》という亀田の解散メッセージがふと頭をよぎる。一気に寂寞感が胸を襲う。

「雪の中、お集まりいただきありがとうございます! ボンボヤってますか?」と、“電波通信”でさらなる熱気を生み出した後、客席に呼びかける浮雲。すかさず「ボンボヤらない、ボンボヤる時……」と五段活用させる椎名。「さっき(楽屋)みたいに言ってみてよ!」と浮雲をいじる伊澤に応えて「ボンボヤってるかーい?」とアイドル風に叫ぶ浮雲。「声が聞きたいって!」と、今度は亀田が刄田に呼びかける。黙ってカメラで客席を記念撮影した後、控えめに「……ボンボヤってます? 僕もボンボヤってます」と刄田。「いつもだったらもう終演している時間ですからね。長い時間お付き合いくださいましてありがとうございます」と椎名。いよいよ本編も終盤を残すのみとなったことに誰もが気づき、空気が変わる。“閃光少女”で客席にアピールするように左右袖に展開する亀田&伊澤。ホーン・セクション8人まで加わって、大きな舞台から怒濤のエネルギーを噴き上げた“勝ち戦”“キラーチューン”。そして、本編の最後を飾ったのは“空が鳴っている”だった。冬空を貫くような壮絶な声で椎名林檎が歌い上げる《神さまお願いです、終わらせないで》のフレーズが、いよいよ濃密な寂しさをたたえ始めた武道館全体のヴァイブと共振して、どこまでもドラマチックに響き渡った。

5人がステージを去った後、アンコールを求める割れんばかりの手拍子――に応えて、亀田、伊澤、刄田、浮雲、そして椎名林檎が再びオン・ステージ。事変ヴァージョンにアレンジされた“丸の内サディスティック”を歌いながらステージ袖へと移動し、客席へと手を差し伸べる椎名。“群青日和”のイントロで沸き上がった歓声をそのまま武道館一丸の熱狂へと導いてみせた5人の歌と演奏は、にこやかでありながら、最後までその毅然としたモードを貫いていた。アンコールを締め括ったのは、“おいしい季節”と同じく栗山千明への椎名提供曲“青春の瞬き”。清冽な歌声、亀田/伊澤/刄田/浮雲の珠玉のアンサンブル、オーケストラの調べが重なり合い、鮮やかな風景を描き出していく。

これですべてが終わり――かと思いきや、もう一度ステージに姿を現した5人。「ありがとう! 映画館でご覧のみなさんもありがとうございます」と、客席だけでなく全国の映画館でもこのステージを観ているオーディエンスに呼びかける伊澤。「これで最後なんですけど、音楽は続くから。君たちの中に、俺たちの音楽は育まれてるから。『足りない!』と思ったら……椎名さんに連絡してください!(笑)」。それに続けて「(客席を指して)僕たち仲間ですから」と浮雲。「じゃあ、最後に1曲やります!」と伊澤。そして――「感無量で言葉もありません。本当にありがとう。最後に聴いてください」という椎名の言葉とともに鳴らされた、正真正銘、東京事変最後の曲は“透明人間”。《明日も幸せに思えるさ/またあなたに逢えるのを楽しみに待って/さようなら》……その幕切れの瞬間まで、東京事変は鮮烈な表現であり続けた。

すべての音が止んだステージを、満ち足りた表情の5人が後にしたのが21:28。「毎度あり」「さらばだ!!」の文字とスタッフ・クレジットをヴィジョンに残し、東京事変という最高のプログラムは終わった。「やれることはやり切った」と解散を決めた東京事変は、僕らの心に楽曲という形の期限なきタイムカプセルを残し、自らに終止符を打った。「航海」は終わったのではなく、僕ら1人1人の手に託されたのだ――これまで多くのバンドの解散劇に立ち会ってきたが、そのどれとも決定的に違う「表現」としての意志を、この日のステージからは強く感じた。そして、音楽の必然のもとに歴史を閉じることを選んだバンドなら、音楽の必然のもとに再始動する可能性だってあるはずだ。いやあってほしい。今はただ、そう思いたい。(高橋智樹)


[SET LIST]

01.生きる
02.新しい文明開化
03.今夜はから騒ぎ
04.OSCA
05.FOUL
06.シーズンサヨナラ
07.海底に巣くう男
08.怪ホラーダスト
09.ほんとのところ
10.sa_i_ta
11.能動的三分間
12.修羅場
13.絶体絶命
14.アイスクリームの歌
15.おいしい季節
16.女の子は誰でも
17.御祭騒ぎ
18.天国へようこそ
19.タイムカプセル
20.電波通信
21.閃光少女
22.勝ち戦
23.キラーチューン
24.空が鳴っている

Encore 1
25.丸の内サディスティック
26.群青日和
27.青春の瞬き

Encore 2
28.透明人間
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