パブリック・イメージ・リミテッド @ 新木場スタジオコースト

ジョン・ライドン率いるパブリック・イメージ・リミテッド(以下PiL)、2009年活動再開以来初の、そして実に22年ぶりの来日。大阪と東京のサマーソニックでのステージを経て、その翌日に新木場スタジオコーストでワンマン。3日連続のショウである。3日間追いかけ回した、という熱心なファンもいたのではないだろうか。今回レポートするワンマン公演についても、PiLはまったく疲れを感じさせない、2時間を軽く越えるステージを見せてくれた。活動再開後のメンバーはジョンを始め、ギターにルー・エドモンズ、ベースにスコット・ファース、ドラムスにブルース・スミスという布陣。とりわけ、ザ・ポップ・グループのオリジナル・ドラマーでもあって、つまりサマソニ2日間で4つのステージをこなした後にスタジオコーストでも笑顔を見せながら強靭なビートを繰り出し続けていたブルースには、頭が下がる。

網状に赤いロープが張り巡らされ、PiLのロゴ・マークが掲げられたバックドロップのステージに、ほぼ定刻どおりメンバーが登場する。ジョンは白いYシャツにネクタイ、ゆったりとした赤いパンツという装いで、これはサマソニのときが余程暑かったのだろうか、比較的涼しげに見える。「グッド・イヴニング!」と彼が告げて、前日の東京サマソニで観たのと同じ、というか定番オープニング・ナンバーの“ディス・イズ・ノット・ア・ラヴ・ソング”からパフォーマンス開始だ。ルーの、細身のエレクトリック・シタールのようなユニーク形状のギターがあの不穏なコード・ストロークでオーディエンスを包み込み、リズム・セクションは圧巻のホワイト・グルーヴを叩き出す。そして手首を直角に立ててフリフリさせながら歌う、ジョンの声。今回の来日公演は、このジョンの声に尽きるのではないだろうか。シームレスに美しいギター音響が揺らめく“ポップトーンズ”へと移行した後の“ホーム”で、ジョンの野太く張りのあるヴォーカリゼーションは最初のピークを見せてくれた。

再結成セックス・ピストルズの、或いはTVの中の「変なおじさん」としてエンターテイナーに徹する近年のジョンだが、ことPiLに関しては「伝説のミュージシャン/ボーカリスト」としての役割を正面から引き受けてみせる。他のメンバーも同様だが、スキルを維持するための努力は並々ならぬものがあるはずだ。つまり、ジョンにとってのPiLというのは、それだけ「ポップ・ミュージックそのものとしての機能と説得力」だけが求められるグループなのであって、音楽的に素晴らしいパフォーマンスが出来ないなら活動再開の意味すら得られなかった、という言い逃れの出来ないものなのだ。極太のベース・フレーズが響いて鳴り出す“パブリック・イメージ”。誰になんと言われようが、自分自身の公共イメージは自分でコントロールしてやるぞという世界への宣戦布告。PiLの明文化された活動理念はそのまま、今回のステージでもしっかり描かれている。

「ハロー、トーキョー! イチバーン、トーキョー!」とMCもそこそこに、今度はリヴァーブを効かせたシリアスな節回しで、ときに腕を羽ばたかせながら“アルバトロス”を、続けて“U.S.L.S.1”を歌うジョン。沸き上がる喝采には「なんだいジャパン。オレを騙そうってのか?」とニヤリ。バンド演奏も迫力の盤石ぶりなのだが、“フラワーズ・オブ・ロマンス”では同期アフロ・ビートにブルースが控え目なシャッフルを刻み込み、スコットは鍵盤からアップライト・ベースへとシフトして楽曲を支え、ロックの解体/再構築そのものが、極めてポップな形で提示される。様々な音楽性が広義に「ロック」と呼ばれる現代、若い人にはなかなか理解し難い話かも知れないが、熱心なリスナーにはこうしたポスト・パンク/ニュー・ウェーヴ以降のサウンドを決して「ロック」と呼ぼうとしない人もいる。つまり当時、それだけ決定的に、完膚なきまでに、ロックは破壊され、劇的な革新を見たのである。そのど真ん中に、ジョン・ライドンはいたのである。

「オレは“ウォーリアー”だ! いやオレは“サイコパス”だ!」と、イントロが鳴っているのにジョンが全力でタイトルを間違えてメンバー間では笑いが巻き起こったりもしているが、その程度の小さな失敗ではこの鉄壁の演奏は揺らぐことがない。そうなのだ。ジョンのソロ・レパートリーである“サイコパス”も、このバンドで演奏されたのだ。大らかなコーラスを含む“ディサポインテッド”でジョンはフロアにスタンド・マイクを向け、“バグズ”では視界一面のハンド・クラップの中でまくしたてるようなヴォーカルを浴びせかけてみせる。そこからまたもや継ぎ目なく、カミソリのように鋭利なギター・サウンドがギラつく“チャント”へと連なり、本編ラストはジョンが「アイ・ヘイト・レリジョン!」と切り出した圧巻の“レリジョンII”だ。「ロック」の時代に、宗教が日本よりも遥かに大きな影響力を持つ社会で《天国なんてないと思ってごらん》と優しく歌う戦いを繰り広げたのはジョン・レノンだったが、ジョン・ライドンはより率直で、容赦がなかった。「これがベースの音だ! ベースは好きか!? ベースの音を上げろ!」と、際限なく跳ね上がる低音のカオスを作り上げてみせる。素晴らしい。「もっとやって欲しいか? でもジョニーは、ちょっとタバコを一服」と愛嬌たっぷりに休憩タイムに入るのであった。

そしてアンコールは、出た、“白鳥の湖”こと“デス・ディスコ”からの、サービス精神満点なダンス・ナンバー連打である。フロアでは大盛り上がりで体を揺する人も多くいるのだが、とりわけベテラン・リスナー層が中心だろうか、ステージ上を注意深く睨めつけるような姿勢を崩さない人も見受けられる。相手がジョン・ライドンであるだけに、おそらく警戒しているのである。で、その注意深さと批評精神は、他でもなくかつてのジョン・ライドンが植え付けたものなのである。長尺に引き延ばされたダンス・チューンの数々の中で、何か根比べみたいな様相になってしまっているのが、一歩引いてみると可笑しい。ラストはジョンがレフトフィールドの楽曲に参加した“オープン・アップ”。これはもう、安心して踊ってもよいだろう。

「これが、今回のツアーで最後のショウなんだ。最高だったよジャパン! 本当にありがとう!」と告げたジョンが、バンド・メンバーからツアー・スタッフまで順繰りに紹介してゆく。「オレたちのグループは決してシステムには屈しないぜ! でも、契約してくれるレコード会社もないんだよなあ……」と愚痴をポロリ。現行メンバーによる新作も準備しているとの情報があるだけに、どうにか助力が欲しいところだ。ロックを疑い、ロックを革新したジョン・ライドンはまだまだ現役である。自分を救う音楽を選ぶことが出来るのは結局のところ自分だけだし、だからこそ何を聴いても自由だ。が、もし、あなたが今まで大好きだったはずのロックに、ポップ・ミュージックに、もしかしたらセックス・ピストルズに、少し退屈さを感じてしまうことがあったなら、そのときはPiLに触れてみて欲しい。ジョン・ライドンは、あなたの未来で待っている。それは、PiLと既に出会ってしまった人からすると、めちゃくちゃ羨ましい未来なのだ。(小池宏和)

Set List
1:This Is Not A Love Song
2:Poptones
3:Home
4:Public Image
5:Albatross
6:U.S.L.S. 1
7:Flowers of Romance
8:Psychopath
9:Warrior
10:Disappointed
11:Bags
12:Chant
13:Religion II
EN-1:Death Disco
EN-2:Memories
EN-3:Rise
EN-4:Open Up