pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) 国内最大級の屋内レイヴWIRE、通算14回目の開催。今回の出演者は、メイン・フロアから出演順にDJ TASAKA、電気グルーヴ(LIVE)、ブッチ、石野卓球、フォーマット:B(LIVE)、ヘル、ケン・イシイ、ゲイリー・ベック、ダスティ・キッド(LIVE)、ロバート・フッド、デリック・メイ。一方のセカンド・フロアにY.SUNAHARA、DJ SODEYAMA、フランク・ムラー、A. MOCHI(LIVE)、レボレド、ジェスパー・ダールバック、ポータブル(LIVE)、田中フミヤ。VJはメイン・フロアにDEVICE GIRLS、セカンド・フロアにDOMMUNE VIDEO SYNDICATE (UKAWA NAOHIRO+HEART BOMB、KRAK)という顔ぶれだ。
会場のレイアウトは、基本的に昨年のスタイルを踏襲していて、横浜アリーナ1Fの南東方向(つまりエントランスから見て右手)にステージが設置され、高い位置にスピーカーを配置。北西側(つまりフロア最後方)には1Fから2Fまで階段状に座席が引き出してある。ステージには高台になったDJブースが左右にふたつ用意され、その中央がライヴ・スペースという形だ。今年のWIREのロゴ・マークでもある、「W」の形に波打った白いチューブにストライプ模様の立体造形がステージの背後に浮かべてあるが、DEVICE GIRLSのVJに登場した今年のWIREガールが歯磨きをしているのを見て、このロゴ・マークのデザインはハミガキのイメージだったのだということにようやく気が付きました。
DJ TASAKA pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) 電気グルーヴ pic by 北岡一浩(kazuhiro kitaoka) 電気グルーヴ pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) さて、以下は筆者が観たアクトを駆け足でレポートしたい。18時の開演時間からメイン・フロアではDJ TASAKA。ベースがブリブリと響き渡るパーカッション混じりの力強いテック・ハウスに、触れる者の四肢が否応無く弾き飛ばされてしまう。出演者のプレイスタイルにも依るのだけれど、今回のWIREは低音の響きがすこぶる刺激的な印象があった。19:10からは、この時間帯に早くも電気グルーヴのライヴが行われてしまう。今回の電気は、ざっくり言えば「テクノで踊らせる電気」だった。筆者は、今年に入って彼らのライヴを観るのはこれで5回目だったのだが、アップデートされたトラックとサーヴィス精神満点の歌もの連発による「歌う電気」とは明らかに方向性を異にしていて、びっくりした。細かいところではオープニングの“ハロー!ミスターモンキーマジックオーケストラ”では「ヘイ!」の間の手すら誘われることはないし、“Shangri-La”では《KISS KISS KISS…》のサンプリング・ヴォイスが聴こえてくるぐらいでメイン・ヴォーカルはなし。さすがに“虹”では五島良子の歌声が織り込まれていたけれど、とにかくピエール瀧は自ら踊って、煽り立てていた。飛び道具はと言えば“SHAMEFUL”での瀧のダンボール・ロボットみたいな着ぐるみぐらいである。楽曲の響きはそりゃあ素晴らしいものだったが、ダンス特化の理由については後述したい。
Y.SUNAHARA pic by 北岡一浩(kazuhiro kitaoka) 石野卓球 pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) 電気を途中で抜け出して、セカンド・フロアのY.SUNAHARAへ。入場規制を懸念して早めに動いたら、確かに規制はかかったようだけれど、早すぎて最前かぶりつきで観ることが出来てしまった。WIRE初出演のライヴを行ったまりんは、エレクトロニック・ノイズの乱舞から次第に強いグルーヴが形成される、溜め息が漏れるような緊張感と美しさが立ち込めたパフォーマンスで新曲も連発。サポートの人と2人して黒シャツにサングラス、モノクロCGのVJも含めてめちゃくちゃクールで格好良かった。ラストは“The Center of Gravity”だったけれど、己の道を突き詰めてゆくまりんの現在地がクッキリと見えたライヴだったからこそ、この後にツイッター上を賑わせた電気との3ショット写真もドラマティックに目に映るというものだ。そしてメイン・フロアに戻り、石野卓球。前線エリアは入場規制中のカチ上げDJだ。とことんまで踊らせてやるという意志が透かし見えるよう。レッド・ツェッペリンやデヴィッド・ボウイの姿がぼんやりと踊るVJと共に必殺の“ROCKER”も投入される。久々にオルター・イーゴが聴きたくなった。
FORMAT:B pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) HELL pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) ケン・イシイ pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) ベルリンのユニットであるフォーマット:Bのライヴは、2人組の片割れであるヤコブひとりの登場だったけれども、ツボを心得たファンキーなストロング・スタイルのプレイ。今回のWIREに一本スジを通すというぐらいの、信頼感抜群なパフォーマンスであった。ぜひ音源にも触れてみたい。続いては常連・ヘル。深いエコーがかかったシンセサイザーやヴォーカルのフレーズを用い、ソウルフルかつスピリチュアルなプレイで深い時間帯へと向かうWIREのムードを演出してくれる。日付が変わって、セカンド・フロアのA.MOCHIが気になりながらも達人ケン・イシイのプレイに酔いしれる。ヘルからのスピリチュアルな流れを汲みながら、ビートのブレイクを組み込んでスムーズに高揚感の中へと誘ってくれる。もう、「流麗な」という形容詞はこの人のためにあるのではないか。スタート時とはまったく趣の違う、ベース音がブンブンのジェフ・ミルズみたいなアップリフティングなスタイルの中に、いつの間にか連れ去られてしまうのだった。
レボレド pic by 北岡一浩(kazuhiro kitaoka) ゲイリー・ベック pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) ダスティ・キッド pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) 音源に触れてちょっと気になっていたのが、メキシコ出身のプロデューサーであるレボレド。不穏なハンマー・ビートとアーシーなフレーズを振り回す、ダークなNW直系の我が道をゆくスタイルだ。セカンド・フロアにはこういう露骨な「異空間」が良く似合う。メイン・フロアに戻ってみると、グラスゴーのゲイリー・ベックが鬼のような速さのBPMで力技のピーク・タイムを生み出してしまっているというところ。ちょっとまて、まだここで力尽きるわけにはいかないんだ。その後に登場したイタリアはサルディーニャ島/カリアリ出身のダスティ・キッドのライヴは、ゲイリー・ベックのドSプレイの後にまったく空気を読まないロマンチック&センチメンタルな楽曲を披露して笑ったのだけれど、しっかりと自分のペースで再び高揚感をもたらし、ゲイリー・ベックと同等かそれ以上のエモーショナルな熱狂を生み出してしまう実力は圧巻だ。一度ステージから捌ける振りをして、けたたましいトランペットのフレーズが熱狂の火に油を注ぐイタズラなクライマックスはずるい。個人的には、まりん、フォーマット:Bとこの人のライヴが、とりわけ今年のフェイバリット・アクトだった。
ロバート・フッド pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) デリック・メイ pic by 成瀬 正規(Masanori Naruse) メイン・フロアではロバート・フッドがデトロイト・テクノの伝説を紡ぐリレーをスタートさせ、セカンド・フロアのポータブルにも足を運んでみる。マッシヴなダンス・トラックを繰り出しながら、自ら歌も歌うという一風変わったライヴだ。オートチューンを絡めてはいるけれど、恐らく生歌にもかなり味がある。筆者のようなロック耳を持つオーディエンスにも、強く訴えるスタイルを持ったアクトだった。そしてメイン・フロアにはいよいよ、WIRE99以来の参加となるデリック・メイが登場。ドナ・サマーのクラシック“アイ・フィール・ラヴ”のイントロをループさせるという奥ゆかしい追悼プレイにグッとさせられたりもしながら、デリックの「ビートそのものが踊っている」といった感じの一筋縄ではいかない貫禄プレイが、元々の持ち時間を大幅に越えて朝6時きっかりまで続いた。まさかとは思いながらも、ピアノのフレーズが繰り出されたりするとドキッとするじゃないか、デリック先生よ。というわけで、“ストリングス・オブ・ライフ”は自分のiPodで聴きながら帰りました。
今年もいろんなドラマがあったけれど、やはりTASAKA→電気→まりん→卓球という前半の流れは、特に電気グルーヴのキャリアを追って来たファンにとって感慨深いものだったはずだし、それを第一の目的として参加した人もいたはずだ。タイムテーブルの構成も、恐らくそうしたファンの思いを受け止めるものになっていた。ただ、彼らのプレイが、過去からの物語を背負っただけのものかというと、そうではなかったと思う。電気は「テクノで踊らせる」という強い目的意識を感じさせるライヴを繰り広げたし、まりんのパフォーマンスも明らかに彼の未来に向けたステップを受け止めさせるという意味で感動的なものだった。
レコードやCDが売れなくなった時代の音楽シーンにおける、ダンスの現場が果たす役割。聴覚や視覚の刺激のみには留まらない音楽の効力が、ダンスの現場では露になる。一方で、ここ日本ではダンスの現場が直面している法のルールの問題もある。今回のWIREには、ダンス・ミュージックとポップ・ミュージックを取り巻く様々なテーマの中に、多くの人を巻き込みたいという思いがあったのではないか。それこそ、例えば電気グルーヴの物語を利用してでも、人々と新しいステップを踏み出したいという思惑が、あったのではないだろうか。そんなことを考えさせられる一夜であった。(小池宏和)