文=中村明美
海外では公開からわずか2週間で記録的ヒットとなっている、マイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael/マイケル』。音楽伝記映画歴代1位の『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)超えも時間の問題と見られている。両作のプロデューサーはグレアム・キング。監督に『トレーニング デイ』(2001年)のアントワーン・フークア、脚本に『007 スカイフォール』(2012年)のジョン・ローガンを迎えた本作は、「キング・オブ・ポップ」にふさわしい超一級の布陣だ。『ボヘミアン・ラプソディ』にも通じるように、黄金期のヒット曲が次々と鳴り響き、マイケル・ジャクソンという巨大なスターの輝きと熱狂を、圧倒的なスケールで追体験できる作品となっている。
物語は、1960年代のジャクソン5時代から、1989年の『BAD』ツアー絶頂期までを描く。その中でまず圧倒されるのは、マイケルを演じた2人の俳優の存在感だ。幼少期を演じたジュリアーノ・クルー・ヴァルディも素晴らしいが、何より驚異的なのは、成人後のマイケルを演じたジャファー・ジャクソンだ。とりわけ印象的なのが、少年時代のマイケルから、大人のマイケルへ切り替わる瞬間。誰もが知るアイコンを演じながら、観客に「マイケルだ」と一瞬で納得させる説得力が、彼にはある。
ジャファーは周知の通り、マイケルの兄ジャーメイン・ジャクソンの息子。確かに血縁ゆえの“似ている”部分はあるだろう。しかし、それだけで2時間を超える作品を背負うことはできない。しかも彼は、俳優未経験から、いきなり世界最大級のポップアイコン役に抜擢されたのだ。プロデューサーから声がかかったことをきっかけに、2年間にわたって演技とダンスを徹底的に特訓。その末に役を勝ち取った。実際にマイケルが暮らしていた家に住み込み、本人の振付師ともトレーニングを重ねたという。
最初に取り組んだのは、1983年『モータウン25』で初めてムーンウォークを披露した“ビリー・ジーン”のパフォーマンス。一コマ一コマ、完璧を目指して再現したそうだ。さらに、撮影初日がいきなり『BAD』ツアーのシーンだったというのも驚きだが、そのほか、“今夜はビート・イット”や、タキシード姿での“今夜はドント・ストップ”など、マイケルの象徴的な瞬間が惜しみなく映し出される。また、1983年の記念碑的な“スリラー”のMVも当時と同じ場所で再現撮影されている。
米メディアのインタビューでジャファーは、「父や叔父たち、そして当時マイケルのそばにいた人たちから、彼についての話を聞いて育った」と語っている。特に印象に残っているのは、マイケルの仕事への姿勢だったという。「完璧主義者であり、規律に厳しかった。僕がいつも聞かされていたのは、“階段を上れなくなるまでリハーサルしていた”という話だった」。さらに彼は、撮影準備の過程で、マイケルの日記などにも触れたという。
「彼は、自分が達成したいことをすべて書き出していた。それを繰り返し唱え、鏡や天井に貼り、毎日目に入るようにしていた。それはまさに、“偉大さ”を追い求める彼自身の執念だったんだと思う」。ジャファーは、そうしたマイケルの仕事への執念や精神性を、自身の役作りにも取り入れようとした。結果的に、本作を特別なものにしているのは、単なる外見や動きの再現ではなく、彼がマイケルの内面まで捉えようとしていた点にある。
監督は、「“人間マイケル”を描きたかった」「マイケルの愛が今の世界には必要だと思った」と語っていたが、実際、本作ではマイケルが人間として抱えていた葛藤が、さまざまな場面で描かれている。なかでも大きな軸となるのが、父ジョー・ジャクソン(コールマン・ドミンゴ)との関係だ。筆者自身、『BAD』ツアー来日時に実際にライブを観た時の衝撃と興奮は今も鮮明に覚えている。しかし、その圧倒的なステージの裏側で、彼がどのようなプレッシャーや苦悩を抱えていたのかは、本作を観るまで理解していなかった。
本作は、ジャクソン5時代からソロアーティストとして世界的頂点へ駆け上がっていく過程を通し、彼の天才性だけでなく、その裏側にあった孤独、不安、脆さにも目を向けていく。約2時間をかけて描かれるのは、“魔法”のような才能を持つスーパースターであると同時に、常に自分自身と闘い続けていた人間の姿なのだ。
ここで興味深いのは、公開後に巻き起こった賛否両論だ。批評家は酷評する一方、観客は絶賛。反応は大きく二極化した。批判の中心にあったのは、児童性的虐待疑惑が描かれていない点で、「美化されている」「内容が表面的」といった声が相次いだ。しかし当初の脚本では1993年の訴訟と、それがマイケルに与えた影響を観客自身に判断させる構成で、撮影も行われていた。ところがその後、1993年の告発者を映画で描写してはならないという契約条項の存在が判明。脚本は書き直され、追加撮影を経て、映画は1989年の『BAD』ツアー絶頂期で幕を閉じる形となった。ただし製作陣は、すでに続編構想にも言及している。難題にいかに挑戦するか注目したい。
これまでの音楽伝記映画を見ても明らかなように、アーティストの闇を描くことは容易ではない。とりわけ、マイケル・ジャクソンほど巨大な世界的アイコンであればなおさらだ。それでもプロデューサーは、「若い世代にもマイケルのレガシーを知ってもらいたい」と語っていた。しかし、本作に熱狂しているのは新世代だけではない。何度でも劇場に足を運びたいという長年のファンも多いし、マイケルの楽曲群は再びチャートを賑わせている。批評家の批判をよそに、本作が大成功している理由は、ファンが記憶に留めておきたい“マイケル・ジャクソンという才能”そのものを祝福し、その音楽とパフォーマンスを改めて全身で体感できる作品として、圧倒的に優れているからだろう。
映画『Michael/マイケル』●『Michael/マイケル』トレーラー監督:アントワーン・フークア
出演:ジャファー・ジャクソン、ジュリアーノ・クルー・ヴァルディ、コールマン・ドミ ンゴ、ニア・ロング、ケンドリック・サンプソン、マイルズ・テラー、ローラ・ハリアー
6⽉12⽇(⾦)より全国公開中
配給:キノフィルムズ
コピーライト:®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
●『Michael/マイケル』オリジナル・サウンドトラック規格品番:SICP-31851
ーートラックリストーー
1.アイル・ビー・ゼア|ジャクソン5
2.さよならは言わないで|ジャクソン5
3.フーズ・ラヴィン・ユー|ジャクソン5
4.メドレー:帰ってほしいの~ABC~小さな経験|ジャクソンズ
5.ベンのテーマ|ジャクソンズ
6.今夜はドント・ストップ|マイケル・ジャクソン
7.今夜はビート・イット|マイケル・ジャクソン
8.スリラー|マイケル・ジャクソン
9.ビリー・ジーン|マイケル・ジャクソン
10.スタート・サムシング|マイケル・ジャクソン
11.ヒューマン・ネイチャー|マイケル・ジャクソン
12.ワーキン・デイ・アンド・ナイト|マイケル・ジャクソン
13.BAD|マイケル・ジャクソン
●“ビリー・ジーン”
●“スリラー”
●“BAD”
●“今夜はビート・イット”
●“今夜はドント・ストップ”
巻頭マイケル・ジャクソン特集は絶賛発売中のrockin'on7月号にて掲載。
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