【コラム】イトヲカシ、ネット屈指の成功者をリアルシーンへ連れ戻した「音楽愛」

【コラム】イトヲカシ、ネット屈指の成功者をリアルシーンへ連れ戻した「音楽愛」

「ネットシーンからリアルの音楽シーンへ進出して成功を手にする」というエピソードが決して夢物語でもレアケースでもなくなった2016年の日本にあってもなお、伊東歌詞太郎&宮田“レフティ”リョウによるユニット=イトヲカシの虚飾なき歌と楽曲が各地で熱視線を集めている状況は、ひときわ痛快に映る。その理由は取りも直さず、彼らが初の全国流通盤として5月11日にリリースしたミニアルバムの『捲土重来』というタイトルにこそある。

《捲土重来(けんど・ちょうらい):一度失敗した者が、再び勢いを盛り返して攻めてくること》という言葉からもわかる通り、彼らは自分たち自身を「動画総再生数2500万回以上、ツイッター合計フォロワー数53万人以上のネットシーン屈指の成功者」として捉えてはいない。むしろ「バンドに憧れ中学時代に一緒にバンドを組んだ後、それぞれ別々のバンド活動を展開するが道半ばで挫折、ネットシーンに救いを求めた“バンド落ち武者”」としてのスタンスを、彼らは隠そうともしない。現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』6月号のインタビューには文字数の関係で掲載できなかったが、彼らは各々のバンド活動を以下のように総括していた。

伊東 「僕はメンバーとの意見の一致が――今はめちゃめちゃ仲良いんですけど――当時は難しくて。僕がボーカリストで一番年下だったのもあって、バンド内のバランスが微妙で、摩擦もあって。音楽って僕、嘘のつけないものだと思うんですよ。ステージも音源も、どれだけ取り繕ってもお客さんから見えてしまうものってあると思うし。僕、歌を歌うことは生まれてからずっと大好きだし楽しいんですけど、やっぱりメンバーとの関係性が出ちゃってて、それでお客さんがつかなかったりしたのかなとは思うんですけど」

宮田 「僕の場合は、メンバーとの仲は良かったんですけど、外の世界を知らなすぎたというか。ニッチなライブハウスシーンでずっと活動していて、その中でできることを模索してやってたつもりだったんですけど……浮世離れしていっちゃったというか。そのシーンに凝り固まりすぎて、どういうムーブメントがあってとか、世の中がどういうふうに移ろっているのかとか、気にも留めていなかったっていうことに、バンドが解散してから気づいて。ツイッターとかもやってなかったし(笑)」

バンド活動に夢破れた後、表現者の属性と関係なく楽曲とサウンドへの評価がシビアに序列化されるネットの世界で、「歌い手:伊東歌詞太郎」&「ボカロP:レフティーモンスター」は圧倒的を集めていく。そして、バンドシーン/ネットシーン両方の体験を通して、「音楽の魔法」への想い以外のエゴや自意識を極限まで濾過し漂白するという、彼ら独自のファイティングポーズを身につけるに至った。リード曲“堂々巡リ”をはじめ、彼らが『捲土重来』で鳴らしているメロディとサウンドはどれも、彼らの情熱の「原点」でもあるバンドアレンジを希求するイノセントな熱量と同時に、音楽への無上の愛と感謝にあふれているのはそのためだ。

伊東 「『見せたい自分を作り込む』とかって、絶対に破綻すると思うんですよ、10年20年って音楽をやっていく上で。『多くの人に音楽を聴いてほしい』っていう希望があるんだったら、多くの人にいつ見られてもいいような――つまり、『応援してください』っていうのは僕は間違いだと思ってるんですよ。応援される人間であり続けるべきだっていう。『作り込む』とかじゃなくて、『今の自分たち』を曲として、アレンジとして出していくっていうのが――遠回りなようでいて、本当は唯一の道なんじゃないかなって、近道というレベルじゃなくて」

上記の『JAPAN』誌インタビューでの伊東の発言からも、彼ら自身の音楽至上主義的な哲学がよりいっそうクリアに研ぎ澄まされていることが窺える。2013年/2014年/そして今年4月、と3回にわたって全国路上ライブツアーを行い、今年は横浜で3000人、福岡で1500人など20都市で実にトータル17000人を動員してきたイトヲカシは、本日2016年5月14日からは札幌/大阪/名古屋/福岡/東京のライブハウスを巡る初のワンマンツアー「first one-man tour 捲土重来」をスタートさせる。音楽とバンドへの夢を、従来とはまったく異なる形で結晶させたふたりが描く歌の輪は、これからまだまだ大きくなっていく――と思わせる揺るぎない訴求力を、その楽曲は確かに備えている。(高橋智樹)
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