これを聴かずに年を越せるか! ピコ太郎のアルバム『PPAP』をディスクレビューする

これを聴かずに年を越せるか! ピコ太郎のアルバム『PPAP』をディスクレビューする

やはり、避けては通れない。ちゃんと聴いて、考えておかないと、2016年の師走を気持ち良く過ごすことができない。そんな思いで、この一枚に向き合っている。何よりも、初めて“PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)”に触れたときに、「けっこう好きだわ」と思いながら何度もリピート再生してしまった事実を、誤魔化すことができない。というわけで、ピコ太郎のファーストアルバム『PPAP』が、いよいよ明日2016年12月7日(水)にリリースされる。

CDは、これまで公式ピコ太郎歌唱ビデオチャンネル(YouTube)で公開されてきた楽曲をはじめ、それらのオリジナルカラオケなども含めた前25トラックを収録。それでもトータルの再生時間は30分ほどだ。カリプソ風テクノポップから始まってハードトランスへと大胆にシフトチェンジする“ロミータ・ハシミコフ”などは耳に楽しい楽曲ではあったものの、周知の通り“ネオ・サングラス”あたりになるとピコ太郎のアクションが笑いの要素として大きな意味を持ってくるので、スマホやタブレット、PCなどの機器操作が苦手な方のいらっしゃるご家庭には、DVD同梱バージョンがおすすめだ。

公式動画では削除された背徳的でエモいダブステップ歌謡“ねぇ…”(歌詞は一部自主規制)や、そりゃそうだろ、というだけの理屈をやたら哲学的なテクノ話芸で披露する“今いる場所、それはここ”などでは、シンガーソングライター・ピコ太郎とプロデューサー・古坂大魔王による、音楽的な情報量の豊かさが目立ってくる。再生時間は短いけれど、濃厚なアルバムに仕上げられているのだ。ていうか、あのピコ太郎動画のオープニングジングルみたいなやつ、“ピコアタック”って言うんだ。

さて、問題は件の“PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)「ロング」バージョン”である。『Mステ』でテレビ初披露されたことからも分かるように、ピコ太郎のテレビ出演に合わせて制作された感が強いトラックだ。これはやはり冗長だし、クドい。2コーラス目の振り付けで、どうにか笑いをキープするギリギリ感があった。ところが、音源作品としてはそのフォローも効かないのである。オリジナル版“PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)”には、音楽と言葉、ダンスと笑いが共存する、奇跡のバランスが成立していた。楽曲の尺を伸ばすことで、そのバランスが崩れてしまったわけだ。

普通、ポップソングは3分台から長くともせいぜい5分台の演奏時間のものが多く、これはラジオやテレビ文化の歴史の中で育まれた慣例だ。テレビCMやドラマ/アニメ作品とのタイアップ曲などを制作するとなると、ミュージシャンはその時折でまた違った時間の制約と格闘しなければならない。ピコ太郎と古坂大魔王は、インターネット動画という自由度の高い土俵の上でこそ、音楽と言葉、ダンスと笑いが絶妙に噛み合ったオリジナル“PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)”を、広く、効率的に伝えることができたのだと言える。

というわけで、今回のアルバムには“PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)”のいくつかのバージョンが収められているのだが、古坂大魔王による2つのマッシュアップ風リミックスバージョンとなると、「尺を伸ばしたかったのに、BPMが上がっている」という、別の笑いが生まれてくる。これには意地に似たものを感じたが、それでも2分台である。古坂が所属するNBR(New Bushidou Ravers)のアルバム『ANVIL』(2009年作)の収録曲には、6分や7分台のトラックも含まれていた。ピコ太郎のアルバムは、笑いの精度やリスニングの快感度を高めるための、徹底的な推敲が行なわれていることが分かる。

では、ピコ太郎のテレビ出演は無意味なのだろうか。決してそうではない。僕は、彼が番組内で共演者に“PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)”の振り付けをレクチャーする姿を観て、この楽曲のシンプルだが深いテクノポップグルーヴをつぶさに捉えようとする強いこだわりを感じた。ピコ太郎本人ほど、“PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)”を上手に乗りこなす人もまた、いないのである。テレビの演奏時間の常識も、長尺ダンスの高揚感の常識も越えたところから、“PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)”は世界を巻き込むポップミュージックの新しい価値と可能性を示した(それが、SNS文化に親しむ若い学生世代から着火したことも重要だ)。僕はその価値と可能性に対し、最大限のリスペクトを払いたいと思う。(小池宏和)
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