11月にニュー・アルバム『ユートピア』のリリースを予定しているビョーク。新作リリースの報に心踊ると共に、新曲“The Gate”のミュージック・ビデオの荘厳な映像美にはただ圧倒される。
2016年に日本科学未来館で開催されたVR(バーチャル・リアリティ)音楽体験展示プロジェクト「Björk Digital―音楽のVR・18日間の実験」も記憶に新しいが、ビョークはその音像だけでなく、映像においても常に新たな可能性を追い求め続けている。
そんな探究心と革新性を兼ね揃えた表現者ビョークの新作に沸き立つ今、改めて彼女の映像世界に足を踏み入れ、その軌跡を確かめてみたい。
“Human Behaviour”
1993年リリースの2ndアルバム『デビュー』に収録の“Human Behaviour”はミシェル・ゴンドリーが監督を手がけ、その名を広く知らしめたという意味でもエピックな作品だ。
ぬいぐるみのような動物たちがうごめく摩訶不思議な一夜を切り取った同作は、コマ送りのような映像とその手作り感がミシェル・ゴンドリーの原点とも捉えられるものだ。
この後ビョークとミシェル・ゴンドリーのタッグは“Army Of Me”(1995年)、“Isobel”(1995年)、“Hyperballad”(1996年)、“Jóga”(1997年)、“Bachelorette”(1997年)、“Declare Independence”(2007年)と続いていくことになる。
同じく名作と名高い“Hyperballad”は「FUJI ROCK FESTIVAL '17」のアンコールで演奏され、この曲を待ちに待っていたファンを熱狂させた。
ミシェル・ゴンドリーがモーション・コントロール(コンピューターで制御されたカメラにより、同じ動きを繰り返し高精度に再現できるようにしたシステム)を初めて使用した映像は、寝ているビョークの上にホログラフィックで歌うビョーク自身の映像を投影している。
先進的かつ近未来的な手法を用いたこの作品は、音楽ジャンル、またカルチャーの垣根も超え、2017年の今でも第一線で活躍する表現者たちに影響を与え続けている。
現在までのビョークを辿る上で「女優:ビョーク」の顔も忘れてはならない。50年代に女優、ダンサー、そして歌手としても活躍したベティ・ハットンをオマージュした“It's Oh So Quiet”のミュージック・ビデオは、とりわけ彼女の華やかな一面がフックアップされたものになっている。
映画『マルコヴィッチの穴』や『かいじゅうたちのいるところ』で有名な映像監督スパイク・ジョーンズによるノーカットで撮られたミュージック・ビデオは、ビョークが車の修理店や街で歌い踊るミュージカル風の作品になっている。後に彼女がハリウッド女優として大成する布石としても、また表現者としても一皮剥けた、ひとつの転機と言える作品だ。
また、彼女はその時その時で洗礼された、革新的なアイデアであれば積極的に取り入れていく。それは“Jóga”のミュージック・ビデオでも顕著だ。
ビョークの出身地であるアイスランドの自然が舞台となった作品であり、ミシェル・ゴンドリーが監督を務めている。
実写映像とアニメによって描かれたアイスランドの土地が次第にうごめき出し、ひび割れ、マグマをさらけ出す。そして広陵とした土地に立つビョークの体にカメラは入り込み、そこにもアイスランドのランドスケープが広がる、という入り組んだ構成になっている。
ミクロとマクロを捉えた“Jóga”の映像とサウンドは、一見/一聴しただけではなかなか理解しづらいはず。それでも繰り返し見る/聴くことでしか分からないビョークの魅力は、こういった作風の映像でこそ活きてくると言えるだろう。
続く“All is full of love”では、これまでとは一変した表現で世界に衝撃を与えた。
ロボット同士のキス、という衝撃的なシーンでも有名になった同作はエイフェックス・ツインやスクエアプッシャーのMVを手掛けたことでも知られているクリス・カニンガムが監督を務めた。
2011年に「TIME」誌が発表した「過去30年におけるベスト・ミュージック・ビデオ」にもマイケル・ジャクソン“Thriller”、ジャミロクワイ“Virtual Insanity”らと並んで選出されるなど、アート、テクノロジーの側面からも評価は高い。何より、今では映画からドラマまでよく見かけるこれらのSFテクノロジーを1999年、つまりは90年代に映像化していたというから驚きだ。
近未来に急激に手を伸ばしたビョークだが、その2年後に発表した“Hidden Place”のミュージック・ビデオでは再び生身の人間=ビョーク自身と向き合った映像を作り上げる。
Inez van Lamsweerde & Vinoodh Matadinのカメラマン・コンビとM/M(paris)の黄金コラボによる2001年の作品。同年リリースの5thアルバム『ヴェスパタイン』のオープナーでもある楽曲の映像は、終始アップで映るビョークの顔をきらびやかな液体が目や鼻、そして口などに出入りを繰り返す。
それまでミュージック・ビデオ自体を作ったことがなかったInez van Lamsweerde & Vinoodh Matadinだからこそ閃いた画作りは、M/Mも含め、クリエイター側が「ビョーク」という人間の美しさにただただ惹かれていたことを物語る映像世界とも受け取れる。
前年に公開されたビョークの主演映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』がカンヌ国際映画祭のパルム・ドール/最優秀主演女優賞を受賞、アカデミー賞などにノミネートされるなど、世間から最も注目されていた時期に作られた映像としても、意表を突いたミュージック・ビデオではないだろうか。
“Pagan Poetry”
2001年、かの有名なイギリスを代表するファッションデザイナー、アレキサンダー・マックイーンが衣装であるドレスを手掛けたミュージック・ビデオ。だが映像は不可思議なグラフィックを中心に、なかなかドレスを纏ったビョークの全体が映らない。しかし、徐々に明かされていくその全貌から分かること。それは「着る」という概念すら脱ぎ捨てた、ビョーク自身の体に紐を通し、ボディピアスなどを装飾したまさに体とドレスがひとつとなったビョークの姿だ。
あまりにショッキングなこの映像は、当時アメリカのMTVで放送が禁止されていたという。それもあってか、2017年現在でも彼女のオフィシャルYouTubeチャンネルに映像が存在しないのだ。なお、映像では数十秒しか見ることのできないこのドレスは、2015年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催されたビョークの回顧展にて実際に展示され話題を呼んだ。
アイスランドはレイキャヴィークという港湾都市で生まれたビョーク。そんな地球を支配する海を隣に育った彼女が描いた“Oceania”の映像も必見だ。
海(海岸ではなく、水中!)が舞台のこのビデオはクリスタルをまとったビョークが海中生物のように映し出されている。2004年リリースのアルバム『メダラ』の収録曲であり、監督はLynn Fox。
Lynn Foxとのタッグは2002年発表の“My Snare/Nature Is Ancient”から続き、 “Unravel”、“Nature Is Ancient”、“It's in Our Hands (Soft Pink Truth Mix) ”なども手がけている。
この楽曲は2004年アテネオリンピックのために書き下ろされ、開会式ではビョーク自身がパフォーマンスを披露している。
そして拡張現実が家庭にまで侵食しはじめた今、時代の先駆けである技術に挑戦した“wanderlust”も、見逃せない作品だ。
ミュージック・ビデオ監督であるアイザイア・サクソンによる2008年公開の映像作品。制作に9ヶ月を要したそのミュージック・ビデオには、3Dバージョンと2Dバージョンが存在する(上は2Dバージョン)。遊牧民に扮したビョークが飼育している巨大なヤクと共に川を下って山を降りる、というストーリー仕立ての映像。すでにYouTubeが誕生していた時代に手軽に見ることのできない3Dに取り組むビョークのその姿勢は、今にも続くどこか未来を見透かす予言者的なアクションだったのではないか、と今では解釈することができる。
なお、その先進的な内容から、同年2008年からスタートした「UK Music Video Awards」にて最も優れた映像に贈られる「video of the year」を受賞している。
少し時間は空いて、2011年にリリースされた通算8枚目のアルバム『バイオフィリア』収録曲“Mutual Core”では、「擬人化」という手法で人と地球を繋げて見せている。
最新ビデオ“The Gate”でも手腕を振るうアンドリュー・トーマス・ホワンが監督を務めた作品。近年のビョーク作品により近い作風であるとはいえ、中身はマーブル状のデザインが目を引くコントラストの激しいものになっている。それらは地球の地下断層であるとともに、動きや変化が人間関係のメタファーそのものというコンセプトが根底にある。
そしていよいよ新作『ユートピア』に大きく迫る“Notget VR”へと辿り着く。
2015年のアルバム『ヴァルニキュラ』の収録曲“Notget”、2017年にVR技術を駆使し発表されたのがこちらのビデオ。同年6月にはVRではない新たなバージョンも発表されている。
骨格のみ残されたビョークの体が深海のような世界と呼応しながら様々な光や色、形態に変化していく様がスリリングだ。同アルバムの収録曲である“Lionsong”のミュージック・ビデオでは自身の胸、そしてその奥でうごめく心臓、“Mouth Mantra”では口腔内ををモチーフとして取り上げており、「自身の体」という、よく知っているようで完全には知り得ない対象に興味を抱いていることがはっきりと分かる。
こうして最新作『ユートピア』から先んじて発表されたミュージック・ビデオ、“the gate”へと向き合うことができる。
正に「ユートピア」というタイトルを映像化したようなミュージック・ビデオはLAの映像作家/監督でビョークの長年のコラボレーターとして知られるアンドリュー・トーマス・ホワンに加え、グッチのクリエイティブ・ディレクターであるアレッサンドロ・ミケーレ、ビョークのマスク作家のジェームス・メリー、そしてビョーク本人によって制作されたという。
「超越的な意味」での愛を歌ったというこの曲、映像でもビョークという生身の身体とCGによる身体が響きあい、様々な存在を貫く愛や心とは何かを問うものになっている。
ここでは彼女のデビューから新作までにおける歩みの中で、特に映像の観点で突出した作品をピックアップした。改めて思い知らされるのが、いかにビョークというアーティストが常識にとらわれない人物か、ということだ。まもなくリリースされる『ユートピア』でも、きっと私たちリスナー/観覧者が想像する固定概念にまみれたこの世界を、その映像で見事に壊してくれるに違いない。