【追悼リル・ピープ】21歳の死が、ヒップホップ界にはびこる薬物依存の問題を浮き彫りに


11月15日に急死したリル・ピープだが、その死因が大きな波紋を投げかけている。

SoundCloudで公開した音源で注目を浴び、メロディアスだが暗いボーカルやラップとインディ・ロック的なサウンドとトラップ・ビートを融合したサウンドを打ち出し、いわゆるエモ・ラップの旗手としても注目されていたが、その早過ぎる死は処方薬物の過剰服用が原因とみられていて、アメリカにおける処方薬濫用の象徴的な症例として指摘されている。

また、リル・ピープはアルバム『Come Over When You're Sober, Pt. 1.』を配信とストリーミングで8月にリリースし、この先の活躍が期待されるようになっていたばかりだった。

Lil Peep - Awful Things ft. Lil Tracy

リル・ピープことグスタフ・アールはツアー中で11月15日の晩にアリゾナ州ツーソンでライブを予定していたが、夕方17時45分頃にツアーバスの中で仮眠に就き、マネージャーが様子を見たところ特に異変はなかったという。ただ、その後起こそうとしても目を覚まさず、そのまましばらく寝かせておいたところ、呼吸をしていないことにマネージャーが気付く。すぐに救命措置をほどこしたが、その甲斐なかったと伝えられている。

警察が現場に到着した時点でバスの中には抗鬱剤のザナックス、マリファナなどが発見されたと発表している。

死因は検死報告が数週間後に発表されるまで確定はされないが、薬物の過剰服用が原因だと見込まれていて事件性はないと判断していると「TMZ」などのニュース・サイトが報じている。

その一方で、リル・ピープは死の数時間前からインスタグラムでマジック・マッシュルームや大麻樹脂をたしなんだことを書き込んでいて、その後の「fucc it(もうどうでもいいから)」という書き込みには自身が処方薬を数錠舌に乗せている画像が一緒に上げられていた。

さらにその一連の書き込みの中には、「ぼくはホームレスだった:)」というもの、あるいはリル・ピープがザナックスという抗鬱剤を服用している映像もあった。なお、ザナックスについてはリル・ピープが歌詞でも何度も取り上げていることでも知られている。


アメリカでは近年、こうした処方薬の抗鬱剤や鎮痛剤の濫用と依存症が問題となっていて、大統領経済諮問委員会の最新の発表では、こうした処方薬濫用による死亡例はここ10年で倍増していることを指摘している。その対応のための医療や行政などの支出は実際には2015年で5040億ドル(約56兆4500億円)かかっていたことが明らかになっている旨を「The Guardian」が伝えている。

こうした処方薬濫用と依存症についてはヒップホップではエミネムが先例として知られている。

エミネムは2009年の『リラプス』以前に陥ったスランプは処方薬濫用によるものだったことをリリース当時に明らかにしており、収録曲でもその経験が一部作品化されてもいた。

Eminem - 3 a.m.

しかし、「The Guardian」は近年では若手のアーティストに処方薬濫用が浸透していて、特に抗鬱剤のザナックスについてはリル・ピープを中心としてひとつのシーンさえ形成されているとも指摘している。

代表的なアーティストにはリル・ピープのほか、スウェーデンのヤング・リーン、スーサイドボーイズ、リル・ザンなどが挙げられていて、特徴的なのはサウンドがロー・ファイなこと、ラップは意識が混濁しているのが影響しているからか発語がはっきりしないこと、そして歌詞では繰り返し抑鬱状態や処方薬がテーマとして取り上げられることだという。

ただ、これがそのままエモ・ラップという括りに匹敵するわけでもなく、そもそもSounCloudに音源をアップロードする駆け出しのアーティストにはザナックスを常用している引きこもり系も多いので、線引きが限りなく曖昧になってくるともいわれている。

$uicideboy$ - Kill Yourself Part III

さらにザナックスを愛用するMCになると、ラップ・パフォーマンスの発語がはっきりしなくなることも多いので、いわゆるマンブル・ラップ(もごもごラップ)と括られることも多い。

いずれにしても、メジャーで活躍するラッパーでもリル・ウージー・ヴァートなどもザナックスの常習者になっていることで知られていて、今回のリル・ピープの訃報を契機にザナックスを断つことを宣言し次のようにツイートしている。

俺たちとしてはやめられたら最高だよ。

でも、みんながこんなに注目してくれてるのは、結局、俺たちがこのファッキン1年間ずっとザナックスをやってきたからっていうだけなのかな。

俺のダチ、R.I.P.(冥福をお祈りします)俺にはよくわかるし、きみのこと責めたりしないよ。


しらふになって2日目だけど身体の震えが止まらない

最愛の人たちを罵って喧嘩ばっかりしてる

スタジオに入ってもなにも浮かばない

なにか対して怒りをぶちまけたいだけだから歯を食いしばる

今日は大麻だけ吸おうかな


こうしたアメリカでの処方薬濫用と依存症の増加は、1990年代に麻酔薬を鎮痛剤として流通させることが認可されたことが発端になっているという。

これが社会問題化している現状の原因について、神経科学者で依存症についての書籍も発表しているマーク・ルイスは次のように「The Guardian」に対し解説している。

濫用や依存症は薬物が手に入るから起きることではありません。たとえば、酒類がどれだけ潤沢に街に溢れていたとしてもわたしたち全員がアルコール依存症になるわけではありません。そうではなくて、依存症は心理的(かつ経済的)な苦悩から引き起こされるもので、特に幼少時と思春期に経験した苦悩が原因になっています(たとえば、虐待、ネグレクトやその他トラウマの残る経験)。

それは虐げられた子供時代の体験とその後の薬物濫用との相関関係としても明らかにされています。アメリカは児童の福祉や児童の貧困について、先進国では最低かそれに近い水準に現在あります。そうした状態では依存症が問題となっていても不思議ではありません。けれども、依存症について処方を出す医者のせいにするのはあまりにも簡単なことなのです。


その一方で、「The Guardian」は人と近いようでいて実は遠いソーシャル・メディアでの人との関係がリル・ピープの抑鬱をさらに助長したのではないかと推測している。たとえば、リル・ピープは死の数時間前に「助けがほしいけど錠剤を飲んだ後は平気だけれども、それも一時的でいつか若死にしなくなって楽しくなることもあるのかな?」とInstagramに綴っている。


救いを求める声がこれほど大勢の人間に向けて発信されているにもかかわらず、Instagramは所詮パフォーマンスというのが前提になってしまっているため、誰もがそれをスクロールして片付けてしまったところにソーシャル・メディアのパラドックスがあるとも指摘されている。

リル・ピープに代表されるザナックス系のアーティストの、抑鬱状態のボーカルやフロウ、悲しさや不安を響かせるががらんとしたサウンドはまさに抗鬱剤で意識が混濁した状態を再現した音なのだと「The Guardian」は解釈していて、その音がこれだけストリーミングされて人気があるのは、アメリカのリスナーの多くがそこに自分たちと同じ痛みを聴き取っているからにほかならないとも説明。そんなリスナーとこうしたアーティストらは、すべてが自己責任で片付けられてしまう文化の中で放置されている仲間同士なのだと指摘している。(高見展)