のんが鳴らしている音楽は「初めてギターに触れた時の初期衝動」によく似ている

『RUN!!!』
女優・のんが音楽レーベル「KAIWA(RE)CORD」を発足したのが昨年8月。そしてサディスティック・ミカ・バンドRCサクセションのカバー曲を収録したカセット、アナログEPの数量限定発売を経て、11月には本格デビューシングル『スーパーヒーローになりたい』がリリースされた。個人的な感情だが、初めて表題曲“スーパーヒーローになりたい”、そしてのんが作詞・作曲をしたカップリング曲“ヘーんなのっ”を聴いた時、なんだか「懐かしい気持ち」になった。


この「懐かしい気持ち」は、自分がまだ中学生の頃に、父親からお下がりのエレキギターをもらうことになって、押し入れの奥底に眠っていたハードケースを開けたときの、サビと押し入れの匂いが混ざった空気感を思い出させた。そのギターを早速抱え、覚えたてのAコードを鳴らしてみると、アンプに通していないから「ジャーン」ではなく、「ジャリーン」という音がした。しばらく使っていないギターだったからチューニングも定まっていなかったけれど、これが私にとって初めての音楽的な興奮体験だったと記憶している。

のんが鳴らしている音楽は、そんな風に初めてギターに触れた時に感じたワクワク、ドキドキ感にとても似ている。そして彼女が《変身させて BABY スーパーヒーローになりたい》と放つ歌声には、まだ覚えたてのいくつかのコードしか抑えることができなかった時、初めてギターを持って鏡の前に立った時、そういったまっさらな状態でも抑えきれないくらい溢れるバンドへの憧れや興奮に通ずる「純粋さ」がある。そんなひたむきな真っ直ぐさを持つボーカルに加え、“スーパーヒーローになりたい”のMVで見せた赤いテレキャスターを持った彼女の佇まい、ギターの弾き方はもうすでにロックスター然としていた。

一概には言えないけれど、自分の特に好きなロックスターの像として「そうしなければいられないんだな」と思わせる人であることが挙げられる。のんも歌わずには、ギターをかき鳴らさずにはいられなかった、そう思わせる「計画性」とか「狙ってやる」というところに良い意味で無頓着なイメージを感じさせる。《変なものは変だ/嫌なものは嫌だ》、《従順にはなれない/私の心は生きてる》というストレートな言葉を、GAINの効いたギターの音に乗せずにはいられなかった。女優だから、声が良いから、きっとそんなことではない。ギターを弾くことで自分を表現することをやらずにはいられなくなって、彼女は歌い始めのだろう。


1月1日の元旦には2ndシングル『RUN!!!』がリリースされた。今作には、音楽の衝動に突き動かされるままに走り出し、その爽快感に身をまかせ、生き生きと気持ちよさそうに駆け抜ける、のんの姿がある。そして前作にも増して溌剌とした歌声には、彼女が初めてギターを手にしたときの嬉々とした興奮が、そのままの輝きを放ちながら宿っている。羨ましくなるほど愚直で、真っ直ぐだ。その真っ直ぐさは、初めての音楽的な興奮体験を経て、いろんなCDやレコードを聴きライブを観たりして、沢山の音楽を好きになっていたひとりの女の人生を一気に遡って行った。そして、あの押し入れの匂いがするサビついたギターをまた渡してきた。(渡邉満理奈)