今週の一枚 イアン・ブラウン『リップルズ』


イアン・ブラウン
『リップルズ』
2月1日(金)発売


前作『マイ・ウェイ』が2009年のアルバムだから、なんと約10年ぶりのイアン・ブラウンのソロ新作である。この10年間にはご存知の通りザ・ストーン・ローゼズの再結成があり、直近数年にはローゼズ名義での2曲の新曲リリース、武道館公演を含む大規模なツアー、そして『セカンド・カミング』以来のニュー・アルバムのセッションも行っていると報じられてきた。そんな中でのイアンのソロ始動は、ローゼズ再始動の中断としてネガティブに捉えるのではなく、むしろローゼズの再始動に手応えを感じたからこそ火が付いた、彼の音楽へのモチベーションをポジティブに評価すべきだろう。

『リップルズ』はイアンのセルフ・プロデュース作であり、先行シングル“ファースト・ワールド・プロブレムズ”のMV中で彼自らストラトを弾き、リッケンバッカーも弾き、さらにはベースとドラムスまでプレイしていたように、なんと演奏もほとんど彼がひとりで担っている。数少ないゲストのひとりが息子さん(共作も!)であるという点にも、本アルバムが極めてパーソナルでホームメイド感覚に溢れた一作であることが窺える(ただしレコーディング・スタジオは王道にアビイ・ロードを使用)。結果、本作のプロダクションは自ずとロウ・キーでミニマルな仕上がりになり、イアンの現在地を1ミリのブレもなく指し示す率直な一枚になっている。『マイ・ウェイ』がマイケル・ジャクソンの『スリラー』へのオマージュによって対象化のワン・クッションを挟んだものだったことを思えば、約10年のブランクをものともせず、ひたすらイアン・ブラウンがイアン・ブラウンしている本作の身も蓋もなさは痛快ですらある。


まずは何をおいても“ファースト・ワールド・プロブレムズ”だろう。ハイ・フレットなベースライン、パタパタとサラウンドするタム・ロール、軽妙にシンコペートするギター、甘酸っぱさMAXのセミアコのソロと、ここにあるのはマッドチェスターのグルーヴであり、もっと言えば『スクリーマデリカ』まんまだったりもするのだが、つまりそれは自分を含むあの時代へのド直球な讃歌であり、彼の現在地が30年を通して全く揺らいでいないことの証左でもある。同曲を肯定出来ないのであれば、そもそも2019年にイアン・ブラウンを聴く必要はないし、彼のコア・ファンであればむしろ助走を付けて踏んづけたい踏み絵としての一曲だ。この他にも“サリー・シナモン”を彷彿させずにはいられない“イッツ・レイニング・ダイヤモンズ”や、思いっきりワウったギターでウォーミーなサイケデリック曼荼羅を描き出す“フロム・カオス・トゥ・ハーモニー”、アシッドでヒプノティックなギターが“フールズ・ゴールド”と“ラヴ・スプレッズ”をブリッジする“リップルズ”など、どれもこれもがキング・モンキー印のド定番をてらいなく打ち鳴らすクラシック揃い。2曲のレゲエ、ダンスホールの名曲カバーも、実にイアンらしい納得の選曲だ。


例えば“ファースト・ワールド・プロブレムズ”のMVの中でイアンが乗っているチョッパー自転車は“フィアー”のMVにも登場した年季の入ったギアだし、彼が着るスウェットには“フールズ・ゴールド”の歌詞がプリントされている。イアンはしばしばこの手のセルフ・オマージュをやる人で、直近では『マイ・ウェイ』の中面にあしらわれた薔薇の花を覚えている人もいるかもしれない。キャリアを重ねる中で過去の栄光は時に重荷となり、脱却すべき課題に転じることがポップ・ミュージックの世界では多々あるが、彼はその手の「変化」の強迫観念には囚われないアーティストだ。むしろ時を超えた一貫性、普遍性にこそプライドの軸を置くイアンのスタンスは、ジョニー・マーリアム・ギャラガーにも共通するマンチェのレジェンド独特の傾向でもあり、本作はまさにその頑固一徹の結晶のようなアルバムなのだ。

一方、ビートルズ風のフォーク・チューン“ブリーズ・アンド・ブリーズ・イージー〜”のそぎ落とされたメロディの素晴らしさはソングライターとしての成熟と呼ぶべきものだし、途中の伸びやかなアカペラの安定感にも驚かずにはいられない。そう、武道館でも明らかだったように、イアンはイアンなりに歌が上手くなっているのだ! “ザ・ドリーム・アンド・ザ・ドリーマー”や“ブルー・スカイ・デイ”の微熱を帯びながらもクールに制御されたファンク・グルーヴの洗練にもぐっとくる。30年間不変のイアンの現在地たる本作には、もちろん55歳となった彼の年輪もしっかり刻まれていて、そこがイアンの人間臭い魅力でありリアリティだ。イアン・ブラウンは私たちを、そして自分自身を絶対に裏切らないということを告げる、堂々たるキング・モンキーの帰還作。(粉川しの)