【本人の言葉で紐解く】ヨルシカはこうして『だから僕は音楽を辞めた』『エルマ』という2つのアルバムで音楽の新領域を築いた

ヨルシカ
こんなにも心の奥深く、青い場所に刺さる音楽と言葉はあっただろうか。
透明度の高いメロディラインとエモーショナルなリリック、かつ聴き手に語りかけるようなまろやかなボイスから力強く感情を放出する叫びまでを包括した歌声でリスナーを魅了してきたアーティスト、ヨルシカ
音楽を辞めようとした青年・エイミーが、旅で出会った少女・エルマに向け音と言葉を紡いでいくという世界観で結ばれた1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』、そのストーリーを繋げた形としてリリースされた2ndフルアルバム『エルマ』。
両作品について、ヨルシカ・n-buna(G・Composer)の言葉を取り上げながらその特異ともいえる圧巻の創造力について紐解いていこうと思う。

■『だから僕は音楽を辞めた』という言葉から動き始めたリアルな物語

『だから僕は音楽を辞めた』

歌詞を書くにあたっては、情景を描いて、そこにこういう心情があってっていうのは、これまでにだいぶやったなあっていうのがあったので、このアルバムについては自分の思想だったり、過去の自分が思っていたことだとか、そういうリアルな部分を極限までぶち込もうかと思って。それこそ“八月、某、月明かり”には、普通に東伏見とか小平とか、富士見通りとか、僕が以前住んでた街の名前とかも入ってますし、月明かりの下、自転車に乗って東伏見や小平のほうまで行く、みたいなことは、実際の僕の経験から歌詞になってますし。バイトを逃げ出して、自転車に乗って……いろいろ考えながら。(『ROCKIN'ON JAPAN』2019年5月号

2ndフルアルバム『エルマ』に先駆けて発売された1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』。思わずはっとさせられるタイトルを冠した本作に収録された“八月、某、月明かり”について、n-bunaは言う。
疾走感あふれるテンポで息を切らすように歌われる音楽へのメッセージはあまりにも切で、胸を打つ。
リアルな感情の吐露にこそ必要なのは、創作者が生で見た・感じた・聞いた経験だろう。これ以上ないほどに痛切で厚みを持つサウンドが完成するのは、n-bunaが実際にその身で経験した事柄により生まれたからだといえる。

僕の歌詞はもともと私的なものが多いけど、僕の歌詞が刺さる人って、言ってみれば内省的だったり、内向きな人が多いと思うんです。僕もそういう一部の人にだけ刺さる曲になればいいなと思っていますし、人類皆が幸せになるといいねみたいなものを作る気は毛頭ないんで。一部の人に刺さればいいし、それがどこまで深く突き刺せるかと考えて、もう極限まで尖らせたほうがいいって思ったんですよ。そうするにはやっぱりリアルをぶち込むしかないなと。どこまでも現実的な匂いのする曲にしたいと思いました。
(“詩書きとコーヒー”の歌詞に《最低限の生活で小さな部屋の六畳で》とあるが、)実際6畳の部屋に住んでましたからね(笑)。バイト代6万から家賃の5万6000円を引くと残りが4000円でっていう。ほんとにリアルなんですけど、だからこそ「エルマ」への気持ちが、どこまでも現実的に見えるんじゃないかと。聴く人にも理解してもらえると思います。(「rockinon.com」2019年4月10日掲載

表題曲“だから僕は音楽を辞めた”や前述した“八月、某、月明かり”の歌詞で叫ばれるのは、どれも観衆が大勢いる中で華やかな笑みを浮かべ語るものではない。どちらかといえば自室で、真夜中にどうしようもなく身体が疼き、苦し紛れに喘ぎながら吐き出すような心情に近い。爽快なのに、所々ふと泣きたくなってしまうようなメロディで内向的・現実的な歌詞を口ずさむ曲に仕上げたことにも、自らの人生経験に基づいた確固たる思いがあるようだ。


■そのテーマは『エルマ』で芸術の本質へと辿り着いた

『エルマ』

エイミーという存在を模倣することでしか、自分の生き方を決められないというか、そういうタイプの人間なんです、エルマは。だからエイミーの痕跡を追って、彼の旅したスウェーデンを旅していくわけですけど、最後にエルマという人間がずっと考えていたのは、エイミーと同じようにその街のどこかで音楽を書いて、そこで死を迎えようと――そこまで模倣しようとしていた、っていう。(『ROCKIN'ON JAPAN』2019年10月号

『だから僕は音楽を辞めた』のアンサーアルバムともいえる『エルマ』は、1作目で青年エイミーから受け取った音楽に影響を受けたエルマが、彼の感情を追いかけながら歌い上げていくといった仕様。アルバム収録曲のタイトルが対になっていることも、両作品を聴いたリスナーならすぐに気付くだろう。
「音楽に人生を翳した者」、「影響を受けた者に対する模倣」をヨルシカ流に描いたエモーショナルな物語に、リスナーは心を動かされる。「音楽を辞める青年」、「音楽を始めた少女」という、いわば終点からの始点に転化する物語で、彼らをより人間たらしめている要素といえる。エイミーとエルマを歌声により演じきったsuis(Vo)の表現力にも、改めて唸らされる。

そもそもこのアルバムのコンセプトでいったら、最初に話したような物語のコンセプトより先に、まずやりたいこととして、芸術の模倣という概念を表現したいという思いがあったんです。前の『だから僕は音楽を辞めた』のエイミーの手紙で、オスカー・ワイルドの『人生は芸術を模倣する』という言葉を引用しているんです。エルマという人間がエイミーが遺した芸術に触れて、それに感化されてそれを真似たものを作る――そういう思いって誰しもにあると思うんですけど、それこそ自分の好きなアーティストだったり曲だったり小説だったり、いろんなものに影響を受けて、自分もそういうものを作りたいと思う、というのが模倣の在り方ですよね。その概念でひとつの作品を作り上げたかったというのが、まず根底にあって。(『ROCKIN'ON JAPAN』2019年10月号)

先述した「模倣」について、自分自身も様々なものに影響を受けて創作をしたいと語るn-buna。概念を作品として表現することは容易ではないものの、『だから僕は音楽を辞めた』、『エルマ』はその2作品をもってして、「芸術の模倣」が完璧に体現されていると感じる。1作目でエイミーを、また2作目で彼に影響を受けたエルマを演じたボーカルsuisも、ふたりの性別やその他様々な対となる性質を自身の声に内包させつつ、最後にはエルマと一心同体になって号泣してしまったというエピソード通り、歌声という方法で「模倣」から「意思の獲得」に至るまでを見事に表現してみせた。


人知れず叫び出したくなった時、愛おしさが去来した時、いつどんな時も心を震わせてくれるヨルシカは私たちの望むヨルシカ像の常に上を進み続ける。それがファンにとってどんなに嬉しく、この先の未来が待ち遠しくなることか。
そっと胸の中にしまいたくなるような美しい物語を見せてくれた彼らは、次にどんな物語を聴かせてくれるのだろうと楽しみで胸が躍る。(安藤エヌ)