ポール・マッカートニーが初となるコーチェラ・フェスティバルのステージでキャリア全体からさまざまな思いの込められた楽曲を披露し、フェス初日の夜を締めくくった。
まずウイングスの曲で口火が切られ、ビートルズの“ドライブ・マイ・カー”がそれに続いた。
気取らないブラック・スーツと白のシャツに身を包んだマッカートニーは、「今夜を最高の夜にするためにずいぶん遠くからやって来たよ。いい週末にしよう」とオーディエンスに声をかけた。
前半、4人のバンドを従えたマッカートニーはウイングスから数曲を演奏し、「新しいレコードをファイアーマンというプロジェクトで出したんだ。ファイアーマンは僕のオルター・エゴだよ」と言ってザ・ファイアーマンの曲を1曲披露した。
その後数曲をギターで聴かせると、マッカートニーはピアノに移って“ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード”を演奏した。「今日は僕と家族にとってとても特別な日なんだ」と、曲が終わった後、彼は聴衆に語りかけた。「4月17日は11年前に(妻の)リンダが亡くなった日だった。次の曲はリンダに捧げるよ」と言い、ウイングスの“マイ・ラヴ”が亡き妻のために歌われた。彼女のために書かれ、一緒に演奏することも多かったこの曲では、彼が声を詰まらせる場面も見られた。
次いでマッカートニーはアコースティック・ギターを手に取り、ひとりでステージに立ってザ・ビートルズの名曲“ブラックバード”を歌った。
「これまで多くの市民権の問題が乗り越えられてきたのは本当にすばらしいことだと思う。僕らには今、オバマ大統領がいる」と言い、彼は演奏を始めた。
フェスティバル・ファンの若い聴衆と、その中に入り交じって伝説的人物を目に焼きつけることに熱心な年かさの人々は、スローな曲ではじっと聴き入り、アップビートな曲ではダンスし、声を合わせて歌った。その中の一曲“死ぬのは奴らだ”では曲に合わせて花火が打ち上げられた。ある男はステージから花火が打ち上げられると、「なあ、これがあのポール・マッカートニーだぜ!」と叫んだ。
マッカートニーはそれからジョン・レノンのために書かれた曲“ヒア・トゥデイ”を亡きバンドメイトに捧げた。レノンに向けられたオーディエンスの盛大な拍手は長いあいだ鳴りやまなかった。彼はその後ジョージ・ハリスンのためにも歌い、ウイングス時代から彼のことを見守っている妻のオリヴィアにも曲を捧げた。
2時間を超えるライブになったが、後半になるとオーディエンスの盛り上がりはさらに高まっていたようだ。“レット・イット・ビー”、“ヘイ・ジュード”、“イエスタデイ”などのビートルズ時代のヒット曲が間髪おかずに披露されると、曲に合わせて歌うオーディエンスの声はひとつになっていった。
(c) NME.COM / IPC Media 2008/2009
ポール・マッカートニー、さまざまな思いが去来するコーチェラのステージ
2009.04.21 10:31