ボブ・ディラン、80歳を迎える――始動から3つのディケイドを跨ぐ大プロジェクト、ブートレッグ・シリーズの魅力を2021年に再検証


伝説の源泉にして、広大なディラン・ワールドを旅するための最良の「地図」。その大いなる魅力とは?


文=内瀬戸久司

今年の5月24日、ボブ・ディランが満80歳の誕生日を迎えた。日本風に言うと「傘寿」。アメリカ風に言うと……えーっと「傘」だから、「アンブレラ・ハッピー」かな(たぶん、違う)。なんにしろ、80回目のお誕生日おめでとうございます。今後も末永く、“フォーエバー・ヤング”でよろしくお願いします。

1962年にアルバム『ボブ・ディラン』でデビューを飾ったディランは、昨年発表の『ラフ&ロウディ・ウェイズ』に至るまで、これまでに通算39枚のオリジナル・アルバムを発表してきた。もしもあなたが、これからディランの音楽を聴き始めようと思った場合、その39枚の中からまずは、名盤と呼ばれることが多いアルバム(『追憶のハイウェイ61』とか『血の轍』とか)を試しに聴いてみて、気に入ったら、その前後の時期のアルバムをさらに掘り下げていく……というのが通常の登山ルートになるのだろう。
 
もちろん、通常ではないルートもある。1〜39の数字を書いたカードを袋に入れて、引いた数字から順に聴いていく、という手もある。乱暴に思えるかもしれないけど、ディランの場合、いわゆる「名盤」以外のアルバムにも必ず何曲かは「隠れ名曲」があって、それを探すのもまた粋というものである。いきなりクリスマス・アルバムを引いちゃう可能性もあるけど、ハズレはない。2021年のボブ・ディランの楽しみ方としては、それもそれで全然ありだ。
 
が、どんなアプローチで登っていくにしろ、ひとつだけ問題がある。これまでのディラン・ヒストリーを辿るに当たって、彼のキャリアで起こった「重大事件」にまつわる音源は、得てして公式リリースのアルバムには収録されておらず、ブートレッグ(海賊盤)でのみ聴ける、というものが少なくないのだ。

たとえば、フォークからロックへの移行期で、あまりのサウンドの変貌ぶりにショックを受けた観客が「ユダ(聖書の物語から転じ、裏切り者の意)!」と叫んだことで有名な1966年の英国公演のライブ音源。あるいは、自らが死にかけたバイク事故の後、ウッドストックの人里離れたホーム・スタジオにこもってザ・バンドと共にレコーディングしながら、結局ごく一部しか公式リリースされず、大量のアウトテイクが存在する(しかも、その多くが傑作らしい!?)と長年ずっと噂され続けてきた『地下室(ザ・ベースメント・テープス)』時代の音源――70〜80年代には、ボブ・ディランをめぐる「伝説」のほとんどは、そういったブートレッグ(もしくは、その「噂」)から生まれ、拡散されたものだった。そこには「夢」もあった。とは言え、ブートレッグはブートレッグであり、一般のファンが気軽に聴けるものではない。っていうか、そもそも、厳密には違法だ。
 
というわけで、“ブートレッグ・シリーズ”の出番である。1991年にリリースが始まった“ブートレッグ・シリーズ”は、簡単に言うと、これまで非公式という形のみでしか入手できなかったディランの未発表音源を、ちゃんとした形で「公式リリース」していこう、という主旨で生まれた企画である。

しかも、既存のブートレッグをただ単純にコピーしただけではない。すべてのタイトルはディラノロジスト(ディランの音楽をアカデミックな視座から研究する専門家たちの総称)的な観点から、懇切丁寧な選曲・編集が施されているし、詳細なライナー・ノーツや貴重なフォト資料をまとめた豪華ブックレットも毎回の楽しみのひとつとなっている――要するに、ディランを本気で愛する人々が、ディランを本気で愛する人々のために作っている、とびっきりの「ディラン愛」に溢れたプロジェクトである。(以下、本誌記事に続く)



ボブ・ディランの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』7月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。

『rockin'on』2021年7月号