マイ・ケミカル・ロマンスの解散の背景をジェラルド・ウェイが語る

マイ・ケミカル・ロマンスの解散の背景をジェラルド・ウェイが語る

オーストラリアのシドニーで開催されたグラフィック・アートのフェスティヴァルに参加したジェラルド・ウェイはトーク・ショーに出席し、そこでマイ・ケミカル・ロマンスを続けられなかった背景や、5枚のシングル・シリーズとしてリリースされた『Conventional Weapons』や結局最後まで制作されなかった5枚目のアルバムについて語っている。

ジェラルドは『ブラック・パレード』のツアーを終えた時点でほぼやり尽くしていたことを次のように語っている。

「『ブラック・パレード』が終わった時点で僕は言いたいことはほぼ言い切っちゃった状態にあって、だから『ブラック・パレード』の後にぼくに唯一残されていた言いたいことは、自分がどれだけ怒ってたかっていうことだけだったんだ。人の対応とか、人がお金で動いていたとか、そういうことでね。これは特にこれまであまり話してないことなんだけど、僕はクリエイティヴな意味で壁にぶつかっちゃって、特に歌詞がまったく書けなくなっちゃってたんだ。書いても全部怒りに満ちた内容ばっかりで、たとえば、自分のやってることについてお金をもらってることに怒ってるとか、そういう感じでね。だから、正直言って僕としてはそこでもうやめたかった感じだったんだ。だけど、自分に正直になってなかったから、それでも続けようということになったわけなんだね。そうやって、じゃあ今度はこの作品を作ろうと思って作ったのが『Conventional Weapons』だったわけ。だけど、この作品をいったん作ってみたところで、いや、この出来じゃ充分じゃないとわかって、この感じを全部摑み直してヴィジュアルをもっと踏み込んで追求していこうと思って出来上がったのが『デンジャー・デイズ』だったわけだよ。この時期はなんだかもやがかかってたような状態で、いろんな習慣にまた手を出してて、というのは自分で自分をしっかりコントロールできてると思い込んでいたからなんだけど、全然自分がコントロールできてるということはなかったんだ。おまけにそのフェーズからいったん這い出ると、その後はさらにひどくなってね。というのも、さらに自分の麻痺が進行して鬱もひどくなってきて、それから取りかかった作品はコンセプト・アルバムで、それはあるサポート・グループに入っている親について描くというものになっていて、その親たちがなぜサポート・グループに入っているかというと、その親たちは全員むごたらしい形で子供を失っているからという設定だったんだよ。でね、これがね、僕たちの最後のレコードとなるはずの内容だったんだ。でも、こんな話を語りたくはないと気づいたんだ。しかも、どの曲からも喜びが失われていたことはもう明らかだったんだよ」

さらに『Conventional Weapons』にコンセプトはあったのかと訊かれてジェラルドは次のように説明している。

「まあ、僕たちならすぐにラジオでかけてもらえるという前提があって、それだったらザ・ストゥージズみたいなアルバムを作ろうって話になったんだ。『ラジオでストゥージズみたいな音が流れたらおもしろくね?』っていうノリでね。それだけのことだったんだよ。このアルバムはそういうコンセプトだったんだよ」

ただ、今聴き直してみるとそういう当初狙っていた音も失われていると語っていて、そのわけを次のように説明している。

「当初狙っていたもののスピリットみたいなところは多少まだ感じられるけど。っていうか、僕が狙っていたのは本当にクソみたいなサウンドだったんだよ。僕はそういうのが本当に好きなんだ。バスドラはダンボールみたいな、だから、基本的にミスフィッツみたいな音でなければならなかったんだけど、音楽産業という、この大きな機械に取り込まれてしまうとね、そういう音として鳴らさなきゃならないんだと人を説得するのはほとんど不可能に近いことなんだよ。『この曲のサウンドはクソみたいにしたいんだ』と説明するのは至難の業なんだ(笑)。それからどれだけプロデューサーを説得しても『僕にゴミのようなサウンドは作れない』ってマジで反論されるばっかりなんだよ」
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