日経ライブレポート「ベック」

ベックの代表曲「ルーザー」は、まさにタイトルどおり負け犬としての敗北感を歌った曲である。それが一九九〇年代のジェネレーションX世代の気分と合致し、彼らのテーマ・ソングになり、そして時代を象徴する曲としても広がっていった。

ヒップホップの方法論を大胆に導入し、ロックを解体していくような音楽スタイルも、まさに九〇年代的なものであり、ベックはいろいろな意味で、九〇年代という看板を背負いながら活動するという役割を負わされてしまった。しかし時代はいつまでも九〇年代ではないし、ベック自身もそこに止まっていない。ただ「ルーザー」の亡霊から抜け出すのは、そう簡単な事ではなかった。一時は袋小路に入り込んだような作品もあった。

しかし最新作『モダン・ギルト』によってベックは彼本来のエネルギーを取り戻し、ファンを安心させた。彼自身が語っているが最新作はライヴ向きのメロディアスでポップなナンバーが多い。今回のライヴは、そうした意味で期待の大きいものであった。いつも疑った演出で楽しませてくれるステージ・セットも今回はとてもシンプルで、まさに音で勝負という彼の決意が伝わって来るものだった。

演奏は、とても高品質、かつエネルギッシュで期待どおりだった。本編ラストに演奏された「ルーザー」は、ブルージーなイントロが与えられ、より肉体的かつ二一世紀型なものになっていた。結局、彼が九〇年代に発明した音楽スタイルは二一世紀においても有効であり、そのイメージから逃げる事なく、むしろそこに忠実である事が時代的普遍性を獲得させるのだ、という事が証明されたライヴだった。

2009年3月24日 NHKホール
(2009年4月8日 日本経済新聞夕刊掲載)
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