ジェフ・ベックのギターは「歌」だ!ロッキング・オン3月号に書いた僕のジェフ・ベック追悼文です。

ジェフ・ベックのギターは「歌」だ!ロッキング・オン3月号に書いた僕のジェフ・ベック追悼文です。

 ジェフ・ベックが“キャロライン・ノー”をカバーした時、いくらなんでも無謀過ぎると思った。神曲のたくさんあるビーチ・ボーイズの中でも、この“キャロライン・ノー”は人間の声、歌でしか表現できない神聖な領域に存在する名曲だ。ブライアン・ウィルソンのアレンジ、ブライアン・ウィルソンの声でなければ表現できない世界、それが“キャロライン・ノー”だと、僕を含む多くの人は思っていたはずだ。いくらジェフ・ベックでもこの曲をインストとしてカバーするのは無謀過ぎる、そう僕は思った。結果は既にリリースされた音源なので聞いた方も多いと思うが、素晴らしいギターの“キャロライン・ノー”が出来あがっていた。オリジナルに新たな解釈やアレンジをするわけではなく、ほぼ原曲通りの世界を忠実に再現し、ただジェフ・ベックはブライアン・ウィルソンの替りにギターで歌ってみせた。
 ブライアン・ウィルソンも数多くのアーティストと共にジェフ・ベック追悼のメッセージを出している。そこで彼は2人の思い出として“ダニー・ボーイ”の事を語っている。これは、ジェフ・ベックがブライアン・ウィルソンのソロ・アルバムのセッションに参加した時、チューニング中に即興で“ダニー・ボーイ”を弾いたら、いきなりブライアンが反応して話しかけて来たらしい。彼は「その歌は今まで書かれた中で最も美しい歌だ」とジェフに語ったらしい。それがきっかけで、ブライアン・ウィルソンとジェフ・ベックのジョイント・ツアーでは、アンコールでジェフは“ダニー・ボーイ”を演奏するようになった。
 ブライアン・ウィルソンがジェフ・ベックの死を知った時、まずこの事が思い出されたというのは、ジェフ・ベックを考える上でとても重要な事だ。
 僕はジェフ・ベック追悼のブログで彼は多様な音楽スタイルを持っていると書いた。ただ、どれだけ違う音楽スタイルで演奏しようが彼のギターは、すぐにジェフ・ベックと分る圧倒的存在感があるとも書いた。
 ジェフ・ベックがライヴ中にチューニングをしない事について、そんな事は可能なのか、lukiバンドのギタリストである円山くんに聞いた事がある。それは可能だがジェフ・ベック以外にできる人は居ないのではないかと答えてくれた。いろいろ技術的な話しをしてくれた後、彼が結論として言ったのは「ジェフ・ベックのギターは歌なんですよ。ヴォーカルはチューニングしないでしょ」という事だった。全ての事が腑に落ちたような気がした。“恋は水色”など、ジェフ・ベックにはファンにとっての黒歴史曲がいくつかある。ひょっとすると“ダニー・ボーイ”もその中に入りかねないナンバーだ。ファンからしてみたら何でこの曲をカバーするんだと意外に思える曲を彼はサラッとやってしまう。その理由も、彼のギターが歌だとすれば納得できる。彼は歌ってみたかったのだ。その曲が本当に好きだから歌ってみたかったのである。彼はカバーの場合、ほぼメロディーを解釈したりアレンジしたりせず、とてもまっとうにギターで再演してみせる。それは当然で、そのメロディーが好きで歌ってみたかったからだ。“キャロライン・ノー”の奇跡はだから起きたのだ。
 どんな音楽スタイルでも彼のギターはすぐにジェフ・ベックだと聞く者が分るのは、彼のギターが歌だからだ。僕らは彼の声をすぐに聞き分けられるのだ。
 彼のようなギタリストは居ない、と多くのギタリストが追悼の言葉として言っている。本当に彼のようなギタリストは他に居ない。 渋谷陽一
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