日経ライブレポート「メアリー・J・ブライジ」

メアリー・J・ブライジを語る時、誰もがヒップホップ・ソウルの女王という彼女に付けられたコピーから入る。オーソドックスなソウル・ミュージックのヴォーカルスタイルと、新しいヒップホップという音楽スタイルを融合させたヒップホップ・ソウルはまさに彼女が市場の中で確立させたもとのいえる。しかし今やそのスタイルはブラックミュージックの主流となり、より正確に言うなら彼女はモダンソウルを確立した歴史的表現者というべきだろう。実際BBC(英国放送協会)が制作したソウルミュージックの歴史ドキュメントでは、全6回のうちサム・クック、ジェイムス・ブラウン、レイ・チャールズと同列にその一回が彼女にさかれていた。

今回のライヴではその偉大なキャリアの全体像が体験できるように曲目がバランス良く選ばれていた。メドレーも上手に使われ、ファンとしては聞きたい曲を聞けた満足感を持てるライヴだったはずだ。多くの偉大なスターがそうであるように彼女も歌のうまさや表現者としての能力の高さもさる事ながら、存在そのものが表現ともいえるカリスマ性を持っている。特に彼女の場合は生き方がそのまま表現へ反映され、そこに多くの同時代を生きる女性が共感して支持が広がっていった。恵まれない環境から音楽によってスターダムに登り、そのスターである重圧に悩み、不幸な恋愛で傷付き、ボロボロになっても歌う彼女の人生のストーリーは常に音楽のリアルを支えて来た。

そんな在り方を象徴するナンバーがこの日もライヴのハイライトとして歌われた「ノーモア・ドラマ」だ。もう人生に不幸なドラマはいらないという切実な熱唱は余りにリアルで感動的だった。しかしファンは常に新しいドラマを求め続けるのだが。

1月20日 JCBホール

(2011年2月1日 日本経済新聞夕刊掲載)
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