楽譜に吹き込まれた20の命

V.A.『ベック・ソング・リーダー』
V.A. ベック・ソング・リーダー
最新作『モーニング・フェイズ』がべックのごく個人的な感情に立脚したアコースティックでフォーキーなサウンドで統一されていたのに比べると、2012年に楽譜本として出版された20曲の譜面を元に、べック自身を含む計20組のアーティストが1曲ずつ鳴らしたこのカヴァー集には、サウンド傾向と呼べるようなものはほぼ存在しない。そもそも本作は厳密には「カヴァー」と呼ぶべき作品でもない。本作の元はあくまでも楽譜で、指標となるべきべックのオリジナル音源は録音されていないからだ。公共財のように広く開示されたこれらの楽譜を、べックは主にギターとピアノで書いたという。歌詞さえ変えなければコードやテンポを変えて構わないし、どんなアレンジを施してもOKというのが本作のコンセプトで、ジャック・ホワイト、ジャーヴィス・コッカー、ファン.、ノラ・ジョーンズ、スパークス、ニューヨーク・ドールズのデヴィッド・ヨハンセン、ジャック・ブラックらアーティストたちは、まるで自分の楽曲のように自由な才気を走らせている。同じ譜面を元に演奏・録音しても、その譜面を読み解く個人によって音楽は無限のヴァリエーションと可能性を持つ、そんな当たり前のことを改めて証明したこの『ソング・リーダー』は、ここに参加した20組に留まらない、まさにその無限の可能性の端緒にすぎない作品でもある。ともするとソングライティングの本質とレコーディング&プロダクションの技術が乖離していくこの時代に、べックは「曲を創る」ことの本来的な意味を私たちに問いかけている。(粉川しの)
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