無情の世界に流す、歌の涙

ディアハンター『ホワイ・ハズント・エヴリシング・オールレディ・ディサピアード?』
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ALBUM
ディアハンター ホワイ・ハズント・エヴリシング・オールレディ・ディサピアード?

前作から3年。その『フェイディング〜』は燐光するサウンドと美しいメロディを溶け合わせることで創作性/人気の両面にブレイクスルーをもたらしただけに、彼らとしても「次の一手」に本腰を据えて挑んだということだろう。その意気は、水際立ったメロディの数々――各曲がポップスとして凝縮されていて、前作より尺は長いにも拘らず作品体験としては「短く」感じられる――はもちろん、プロデュースで貢献した才媛ケイト・ル・ボンにもしっかり受け止められている。彼女の弾くハープシコードの調べで始まる1曲目以降、ブラスやアコースティックな質感がシンセと豊かなシンフォニーを織り成していく。クラウト〜スペース・ロックはディアハンターの基調要素ながら、洗練度の低い旧共産圏的レトロ・フューチャリズムを取り入れた無国籍で無時代な音空間の見事さは彼らにとっても新機軸だ。

ハープシコード、旧共産圏と続くとワンオートリックス・ポイント・ネヴァーと『エイジ・オブ』を連想してしまう(ちなみにブラッドフォードとOPNは同い年)。アートワークに古風な絵画が用いられているのもその印象を強めるし、資料の「現在についてのSFアルバム」との記述もコンセプト性を示唆する。SFはそもそも未来社会や他の惑星という仮想世界を舞台に、その作家が生きた時期=文章が書かれた時代を(風刺や寓話で)映し出すジャンルだ。ゆえに筆者は本作をディアハンターなりの現代観・時代の写し鏡と受け止めているが、前作のタイトルが「消えつつある開拓地前線」=先がないことに対する失望だったとしたら、本作には「なぜまだ何もかも消えていないんだ?」という一種の驚きが混じる。言い換えれば前進することで逃避していた人間が立ち止まり振り返ったところまだ何かが残っていたことに気づいた、ということだ。もっとも、その景観にちらばるのは革命の騒乱を逃げ惑う人々(①)や政治的殺人事件(②)、トランプ時代人への問いかけとも響く③、環境から人間性に至る様々な消失といった寒々としたインスピレーションだ――本作の一部はテキサスのマーファで録音されたが、同地で撮影されたコーエン兄弟の傑作『ノーカントリー』も土地の荒涼に人心・社会の荒廃を重ねていたのを思い出す。それでもこの音楽が胸を打つのは、そんな崩れゆく無情の世界を見つめ描き歌う姿から主体の生き続ける覚悟が伝わるからだ。自分の周りに残る小さな美や希望を守り引き受け見取るのも、抵抗のひとつの形だ。その新たな決意を、直前に迫った来日公演で目撃して欲しい。(坂本麻里子)



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ディアハンター『ホワイ・ハズント・エヴリシング・オールレディ・ディサピアード?』のディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』2月号に掲載中です。
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ディアハンター ホワイ・ハズント・エヴリシング・オールレディ・ディサピアード? - 『rockin'on』2019年2月号『rockin'on』2019年2月号
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