ボン・イヴェール流、「四季」の完成

ボン・イヴェール『アイ、アイ』
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ALBUM
ボン・イヴェール アイ、アイ

これこそジャスティン・ヴァーノンが追求してきた、時代の救済の歌であり、癒やしの調べなのだろう。きちんと空気を振動させて聴いていると、周囲の空間に漂うものすべてを音化させながら体内に入り込んでくるようで、桃源的な快感に包まれるし、ヘッドフォンで耳奥でダイレクトにふれ合うだけでは、もったいない気がしてくる。

ちなみに前作『22、ア・ミリオン』(16年)リリース時の本誌インタビューで、どうやって聴いてもらうのが理想かと問われ、「このアルバムを大勢で聴きながら、『イエーイ!』とみんなで言う瞬間は想像できない(笑)。だからヘッドフォンで聴いてもらうのが良いと思う」と答えている。確かに本作もまた「イエーイ!」とはならないのだが、共感の輪を広げたい気持ちが生まれる。それほど幅広い許容量を持ち、純度が高く、これまでのすべてを統合した、凄みさえ感じさせる3年ぶりの新作だ。

数ヶ月前から情報が断続的に流れたり、MVが出たりと期待を高めてたが、ようやく全13トラックからなる新作『アイ、アイ』が届けられた。完璧な美学を完成させグラミーまで獲得したセカンドの『ボン・イヴェール』(11年)、数字や記号をタイトルに織り込み多数のサンプリングやエレクトロニカ要素も取り入れた前作は、いずれもビッグ・セールスを記録し、すっかりメインストリーム感が漂うアーティストとなったが、コアな部分で徹底的に美学にこだわり続ける姿は、十数年前に歩み出した時と変わりはない。それが経験値の鎧をまとい、音の純度を上げる理想的な構造で新作を聴かせてくれる。

とは言っても自分の足取りをトレースするところはまったくなく、じつに挑戦的だが、一番びっくりさせられたのが6曲目の“U(Man Like))”で、この共作/共演者がブルース・ホーンズビーだ。といっても誰、ソレ、だろうが、80年代には“ザ・ウェイ・イット・イズ”等のヒットを飛ばし、グレイトフル・デッドで活躍するなど、マルチな才人だがジャスティンとは世代も音楽性も接点はないと思われるだけに、この組み合わせには驚いた(ホーンズビーが今年出した『アブソリュート・ゼロ』にヴァーノン等も一部参加)。飛びっきり美しいメロディにスピリチュアルなボーカル、モーゼス・サムニー、ブライス・デスナー等によるコーラスが丁寧に織り込まれた仕上がりに、ため息と共に聴き惚れる。

ここまで極端ではないにしても、多彩かつスリリングな顔合わせが見られるが、これはヴァーノンが“コミュニティ・ミュージック”という発想からアーティスト集団“PEOPLE”を創設したり、フェスを主催したりといった流れの延長部分でもある。こんな時代だからこそコミュニケーションを、という発想、その追求が『アイ、アイ(i, i)』というタイトルにも込められているのだろう。

またテキサス州エル・パソ(いま何かと話題になるメキシコとの国境の街だ)にソニック・ランチと名付けたスタジオを作りレコーディングを進めたそうで、環境の変化もこれまでとは違った風を吹かせたに違いない。交流を深めてきたジェイムス・ブレイクと曲を書いたり、これまでもやってきたロブ・ムーズやショーン・キャリー、BJ・バートン、ベン・レスター等、信頼する仲間たちと、1曲毎に違ったアプローチに基づくサウンドを構築していくが、深部で向かい合うのは、現代アメリカの諸相であり、それを形作ってきた親子や家族まで遡る価値観との対峙で、激しく希望を歌ったり不安を抱いたり、古い体系への疑問等が交錯していく。その感情の襞すべてを音化し、ビジュアル化できるのが現在のヴァーノンの凄さだ。

プロデューサー、バディ・ロスと作った寸断された音粒が変幻自在に姿を変える“Jelmore”、それに続く“Faith”ではイギリスのフォーク・トリオ、ザ・ステイヴスのカミラと共にフォーキーかつスピリチュアルな世界を聴かせる。その連鎖がもたらす透明感と奥行きこそこの人の真髄だし、今作でも随所で置かれたゴスペル・タッチが持つ〈祈り〉のアプローチも、さらにこなれて完成形となったと言って良いだろう。

全13トラック(1曲目は導入部なので実質12曲)、平均3分ほどのナンバーが並び、今回もコンパクトにまとめられているし、前からの流れをきちんと受けながら、それぞれの部分で深化を遂げている点も素晴らしい。ヴァーノン自身、これまでのアルバムを挙げ、冬の孤独感のファースト、希望に満ちた春のセカンド、焼け付く夏のエネルギーに満ちた前作、そして秋色の本作でひとつのサイクルが完結と言っているそうだが、確かに深く沁み入るアルバムで、ボン・イヴェールを聴いてきて良かったと誰もが思える傑作だ。 (大鷹俊一)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』9月号に掲載中です。
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ボン・イヴェール アイ、アイ - 『rockin'on』2019年9月号『rockin'on』2019年9月号
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