3年2ヶ月ぶりの新作。マイリーは約2年前に火事で自宅を焼失し、制作進行中だった新作の音源も一部失ったという。アルバムは自分の自伝であり、自宅焼失(による人生の価値観の揺らぎ)という大きな章が欠けている状態でリリースするのは絶対に違うと思った、と彼女は語っている。おそらく以前の音源は破棄して一から作り直したのだろう。その間に結婚↓離婚、声帯の手術といった人生の浮き沈みを味わってきた経験は、本作にも投影されているはず。
中身だが、ナンシー・スパンゲンばりのケバくてワイルドでパンクなロック姐ちゃんぶりを見せつけるアートワークが全てを物語っていると言っていいだろう。マイリーの衣装はゴルチエ、撮影はデヴィッド・ボウイやイギー・ポップやルー・リードなどを手がけてきたミック・ロックというから、その意図はこれ以上ないぐらい明快だ。前作後のライブでレッド・ツェッペリンやキュアー、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどのカバーをやってきた近年の彼女の志向がそのままアルバムに結実している。元祖ロック姐ちゃんジョーン・ジェットとデュエットを聴かせる“バッド・カルマ”(タイトルが最高)や、永遠のパンク不良中年ビリー・アイドルと掛け合う“ナイト・クローリング”、スティーヴィー・ニックスの楽曲をサンプリングした“ミッドナイト・スカイ”など、ロック、それも80年代のオールドスクールなロック的記号が全編にちりばめられている。極めつきは日本盤ボーナス・トラックのブロンディ“ハート・オブ・グラス”のカバーで、これが実に秀逸。アレンジは原曲に比較的忠実だが、オリジナルのデボラ・ハリーに比べ、マイリーのボーカルはより力強く堂々としている。大好きな彼氏に対する気持ちが冷めてきて、それでも離れられない、という心理を歌った歌詞が、男性依存ではなくきっぱりと男に見切りをつけるような、自立した女性の強い意志を感じさせる歌唱になっているのがポイントだ。
彼女の重要なルーツのひとつであるカントリー・タッチの曲はなし。コンテンポラリー・ポップの要素も激減して、こんなに歪んだエレキ・ギターの音がたくさん聞こえるメインストリームのポップスは久々に聴いた。全体のタッチは明るく前向きなエネルギーが漲っていて、人生いろいろあるがアタシは負けないよ、という意気込みが感じられる。歌がとにかくうまいので、どんなスタイルの音楽をやろうが絶対に崩れない。コロナ禍の中、こういうパワフルで明快でまっすぐなアルバムを出してくれた彼女に感謝したい。(小野島大)
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