1曲の呪縛って恐ろしいな、と思う。特にロックンロールという伝統芸能の定型に当てはめやすいサウンド・フォーマットにおいては、例えば “アー・ユー・ゴナ・ビー・マイ・ガール”みたいなキラー・チューンは、時としてバンドの未来を硬直させる契機にすらなってしまう。
ジェットの2nd、『シャイン・オン』は悪くないアルバムだった。むしろ『ゲット・ボーン』から彼らが遂げた音楽的発展は見事だった。しかし、発展と魅力が必ずしもイコールにはならないのもロックンロールの怖さである。実父の死という極めてパーソナルな激動の渦中で生まれ、必然的に内なるエモーションを纏うことになった『シャイン・オン』は、その深みと陰影の中に公共物として愛されてきた明快なリフを隠してしまってもいたからだ。ジェットは「みんなの歌」だと思っていたのが突然、「いや、お前のもんじゃないから」と彼らに突き放されたように感じたリスナーも多いだろう。そんなリアクションが正しい・間違ってるの問題ではなくて、ロックンロールは時にそういう共同幻想的な錯覚を呼び起こす音楽でもあるということだ。
紆余曲折を経て完成した本作は、彼らが初めてロックンロールと、ファンと、そして自分達自身との居心地の良い距離と融和を手に入れた作品だ。巡り巡って再びみんなの歌を歌おうと思えた、彼らの個の充実が随所で弾けている。
ロックンロールのために、ファンのために、そして何よりも自分達のために。大団円としてそれは鳴っている。(粉川しの)