安藤裕子の音楽はいつも、目眩にも似た感覚をリスナーにもたらす。それは優れた音楽に共通する特徴でもあるが、タイプはそれぞれ違う。ある種のロックは斬新なヴィジョンを提示することで、ある種のダンスミュージックは一つの表現形式を徹底することで、リスナーに現実から遊離するような感覚を与えるが、安藤裕子の音楽は際立ったコンセプトを備えているわけではない。耳なじみの良いアコースティック基調のポップソングを通して、突如としてリスナーを異界へと連れて行く――それが安藤裕子の音楽だ。
ドラマ『カレ、夫、男友達』の主題歌として書き下ろされたシングル。奔放で強い登場人物をイメージして歌詞を書いたそうで、彼女のキャリアの中でも特に直接的で激しいラブソングである。ただし、この曲がもたらす目眩は、激しさとは違う感覚だ。曲の中盤、淡々と刻まれていたリズムが太いベースのうねりの中に飲み込まれる時、安藤裕子の歌はまるでコップの水が溢れ出るかのように躍動し始める。それは、感情の小さな揺れを拡大鏡で覗き込むような、独特の静けさを伴った音楽体験である。(神谷弘一)