重厚な自伝、軽やかなハーモニー

ブライアン・ウィルソン『ラッキー・オールド・サン』
2008年09月10日発売
ブライアン・ウィルソン ラッキー・オールド・サン - ラッキー・オールド・サンラッキー・オールド・サン
「444ヶ月の時を経てついに完成!」と世に衝撃を与えた前作『スマイル』だったが、言い換えれば『スマイル』のリリースは圧縮冷凍されていたブライアン・ウィルソン@1967年の実験精神とポップ・ルサンチマンの解凍作業であり、僕らはそれをどこか発掘された古文書のように聴くしかなかった。何か怨念めいたものが、「今」の作品として聴かせることを阻んでいたように思えた。

が、今回の『ラッキー・オールド・サン』は違う。「語りを交えながら過去を振り返る自伝的な旅物語」という体裁をとりながら、そしてあくまで60年代の古き佳きカリフォルニアの真夏のビーチに思いを馳せまくった作品でありながら、ここにあるのは「今」のブライアン・ウィルソン音だ。というか、文字通りカリフォルニアとビーチ・ボーイズによって後の半生を支配され苦悩してきたはずの1人のソングライターが、その長い時間と向き合って、折り合いをつけて、再びポジティブなモードでカリフォルニアとビーチ・ボーイズを鳴らした作品だ。タイトなロック風の“モーニング・ビート”、“素敵な愛”の弾むようなポップ感、夏の高揚感の結晶のような“永遠のサーファー・ガール”……それらの楽曲で重厚感よりも爽快さが先に鼓膜に飛び込んでくることからも、彼がルサンチマンからではなく、純粋な創作意欲から音を発信していることが窺える。ポップ・ミュージックの巨人が、17トラックでわずか37分という性急な構成で伝えたかったのは、自分が追い続けた音とイメージの爽快な眩しさなのだろう。(高橋智樹)
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