
あたかも映画のごとく曲ごとに緻密にキャラ設定が施された主人公の姿を通して、こんがらがった情感をリリカルに歌い上げる「妄想系シンガーソングライター」吉澤嘉代子の3rdミニアルバム『秘密公園』。彼女自身「ラブソング集」と語る今作だが、90年代スウェディッシュポップと歌謡メロディが清冽に絡み合うようなリード曲“綺麗”の《さようならと最後に一度だけ繋いだ/この手も いつかは しわしわになるの》しかり、クイーンばりのギターが鳴り渡る“運命の人”の《はじまるまえから 終わりを思うの》しかり、いわゆる恋愛風景の描写とはひと味もふた味も違うラブソングの世界が展開されている。これまでのインタヴューでも「夢の中で会った魔女に憧れて、少女時代にひとり『魔女修行』に励んでいた」と語っていた彼女は、なぜフィクションの物語に自身の想いを委ねて歌い続けるのか――という核心部分に踏み込んでみた。
インタヴュー=高橋智樹
夢の中の人を好きになっちゃうことが何回かあって。でも、一生結ばれることはないんだって思ったら泣きたくなった
――吉澤さんの作品の中では、一番生々しい手触りの作品だなと思ったんですが。今回のミニアルバムのコンセプトはどういうところから?
「前作の『箒星図鑑』では、ずっと書きたかった少女時代をテーマにパッケージすることができたんですけど。そこから次どうしようかな?と思った時に――作りたいテーマのストックみたいなものがいつもいくつかあるんですけど、その中から、私の中で一番イケイケなテーマを選んだというか。手元にあるものの中から選んでいるつもりではあるんですけど、少女時代から一歩踏み出した感のある表現をしたいなと思って。主人公の年齢設定も、今までは10代ぐらいの女の子のドタバタ劇みたいなのが十八番だったんですけど、そこから少し上げて、同世代の女性、社会人2〜3年目みたいな設定の主人公が、今回の作品には多いですね」
――吉澤さんの表現は、フィクションとしての物語を構築して、ある種その主人公を歌で演じるようなところがあるわけですけども。同世代の女性の感情なり心理なりを歌うとなると、自分自身のリアルな感情と切り分けるのは難しくなるような気がするんですけど。そんなことはない?
「曲を作る時は、物語として書くことに変わりはないですね。でも、その生々しさっていうのは……なんかわかります(笑)。今作は、自分の考え方みたいなものがすごく出てるミニアルバムになってるかなと思いますね」
――一番最初にハッとしたのは、“運命の人”の《幸せになるのがこわい》《はじまるまえから 終わりを思うの》っていう切実さで。こういう感覚はかなり自分自身とリンクするものですか?
「そうですね。この《幸せになるのがこわい》っていうのはだいぶ前からあったテーマで。作ったのも忘れてたんですけど……最近、全然形になってなかったものを聴いて、自分でもびっくりして。私だったら、メジャーデビューするタイミングだったりとかで、ステージに上がるっていうところで、『一回上がった者は、降りなきゃいけない日が来るかもしれないし、そこに居続ける恐怖とずっと闘うことになる』っていうことで。そのステージに上がるっていうことだけで、ものすごく恐怖なんですよね。それが自分にとってチャンスだったとしても。そんな思いをするくらいだったら、もういっそ上がらないほうがいいんじゃないか?って思ったりすることもありますし……かなり前に書いた曲なんですけど、折に触れてきっと響くものがある曲なのかなって思いました」
――歌い手としての「今」を切り取ろうとして作った“23歳”(『箒星図鑑』収録)とは違った形で、かつて書いた曲と「今」の自分との惑星軌道がたまたま重なったっていうこと?
「そうですね。夢にすごく左右されることがあって。子供の頃に『魔女修行』をしてたっていうのも、夢に魔女が出てきたっていうのがきっかけだったりするんですけど……夢の中の人を好きになっちゃうことが何回かあって、最近もあったんですよね。『お名前だけでも教えてください』って――夢だって気付いたので、せめて名前だけ教えてもらったら、その人は『あかさたしわらくた』さんっていう名前だったんですよ」
――(笑)。
「いかにも夢の住人っぽいなと思ったんですけど。その人に『お会いするのは4度目ですよ』って言われて。『はっ……もしかしたら……』って。今まで、幼稚園の時に居酒屋でバイトをしてる夢を見て、そこで出会ったせっちゃんっていう男の子がいたりとか。あと、砂漠の夢を見て、エジプト人の青年と恋をする夢とか、いろいろあったんですけど。今まで出てきた人は、同一人物なんじゃないか?と思って。機会を窺って、いつも姿形を変えて、私の前に現れているんじゃないかと。だけど、夢の中の住人だから、一生結ばれることはないんだなと思ったら、もう泣きたくなって。それこそ私の運命の人なんじゃないかなって」
――そんな“運命の人”のアレンジが思いっきりクイーンだったりするんですけども。一方で、“キスはあせらず”はサウンドも含めてシュープリームス“恋はあせらず”の続編的な楽曲で。この曲は、最初から音とコンセプトが一緒のものとしてあった感じですか?
「そうです。これは当時ちょうど“恋はあせらず”をよく聴いてた時期だったんですけど。本当に気軽な気持ちで、じゃあ続編を書いてみようみたいな感じで、同じリズムで作って……まさか自分でも採用するとは思わなかったので(笑)」
――《幸せになるのがこわい》っていう“運命の人”から《これ以上 夢中になったら/好き好きおばけになっちゃう》っていう“キスはあせらず”って続くと、よりいっそう心の揺れ動き感がすごくて。
「そうですね(笑)。なんか、自分に課した呪いみたいなものが共通してあるかなと思いますね。『こうせねばならない』とか、子供の頃から自分の行動を制限してしまうところが」

自分が死ぬことはとても怖いけど、それ以上に周りの人がいなくなることがすごく怖い
――“綺麗”“ユキカ”あたりは、呪いとはまた違ったセンチメンタルな感じがありますよね。
「そうですね。今回、“綺麗”がリード曲ということになっているんですけど。もともとこの曲をリード曲にしたいなと思っていたので、すごく嬉しくて。いつも結構、タイトルから曲を作るんで、“綺麗”っていうタイトルの曲を作りたいなって思った時に、『綺麗って何だろう?』って考えたら――形を留めておけないものなのかなと思って。だからこそ綺麗なのかなと思って。そこから『永遠と瞬間』っていうものをテーマに曲を書こうと思って」
――《さようならと最後に一度だけ繋いだ/この手も いつかは しわしわになるの》という。
「この主人公は、『今、隣にいるあなたが、私のことを綺麗だと思ってくれてたらいいな』って思ってるんですけど……それは『これからずっと一緒にいて、老いていく私を綺麗だと思ってね』っていうわけじゃなくて。『ずっと一緒にはいないかもしれないけど、今この瞬間の私をずっと綺麗だと思い続けてほしい』っていう歌なんですよね。綺麗なものに濁点がついて濁っていく感じ、《きらっきらっ》が《ぎらっぎらっ》になっていくみたいな、歪んだものを入れたくて作った曲だったんですけど……ここでもうほんと、自分がきれいきれいおばけになって、口裂け女になったような気持ちでレコーディングしたんです(笑)」
――(笑)。
「ずっと子供の頃から、永遠っていうものが存在しないと私は思っていて。形のあるものが全部いつか壊れちゃうので、永遠はないって思ってて。だから子供の頃に『ホルマリン漬けにしてほしいな』って思ってたんですけど……だけど最近、もしかしたら永遠って、すごく身近なものなのかな?って思ったことがあって」
――というと?
「5月にツアーをやったんですけど、少女時代をテーマに、小芝居みたいなのも入れていって――夏休みみたいな1週間だったんですよね。1週間のうち6日間ぐらいライヴがあって。メンバーとぶつかり合ったりもしたけど、すごく仲良くなったし。私の中で、普通のツアーじゃなかったんですよね。その瞬間はたぶん、一生味わえないんだろうなあ、と思った時に……『その瞬間が真空パックされているから、それが永遠になるんだな』って思って。今、私が生きている後ろに、全部の瞬間が切り取られて連なっているんじゃないかなって。私がその記憶を忘れてしまっても、世の中にその瞬間がずっと残り続けている、って思った時に、『永遠ってものすごく身近なものかもしれない』って」
――なるほどね。だからこそ、吉澤嘉代子はフィクションの形を借りて、その時々の考えとか気持ちの「瞬間」を楽曲に真空パックして残していくわけですよ。それは瞬間の産物ではあるけど、たとえ自分が滅びても残るわけで。
「うんうん……なるほど。必然的なものですね、確かに」
――昔から「永遠なんてない」って思ってたからこそ、アーティストとして世に出た今、その思考回路がブーメランみたいに返ってきて「いずれ終わりが来る」って思ってしまうという。
「そういう、子供の頃からのブーメランが、私はものすごくありすぎて。この間、『自分の音楽をふるいにかけて、最後に残るものは何ですか?』っていう質問をいただいた時に、『自分の少女時代かな』と思ったんですけど。でも、ここまで少女時代に呪われてるような人って――みんなそうなのかな? どうなのかな?って(笑)。だからこそ、たくさんいろんなものを引きずって、連れ込んで生きているからこそ、その少女時代の自分と、今の自分がものすごく乖離しているというか。何事もバサバサッと斬っていく自分と、いつまでも何に対しても甘えて依存していく自分と、すごく分かれていってるんですよね。で……自分がよくわからないんです(笑)。今回のミニアルバムとかもそうですけど、やっぱり目線がふたつあるんですよね」
――だけど、「少女時代の自分が書かせてる曲」だけでもなく、「今の自分が書いてる曲」だけでもない、ふたつの目線の合わせ鏡感っていうのが、この世界観を作ってる感じはしますね。
「ああ、そうですね、確かに。なんか、青春の何年かを、まったく社会に出ないで過ごしたので。そこの部分が空間になっちゃってる、っていうのもあるのかなって思うんですけど。そういう『合わせ鏡』が、自分の芸風だとしたら……ありがたいですね。安心しました(笑)」
――(笑)。“必殺サイボーグ”は、星新一の『ボッコちゃん』がモチーフだそうで。あの、バーのマスターが作った女の子のロボットの話ですよね。
「そうですそうです。父が星新一さんをすごく好きで、家に小説があったので、子供の頃から……特に『ボッコちゃん』が好きだったんですけど。『誰か最愛の人が亡くなってしまうから悲しい』じゃなくて、『自分が生き残ってしまう悲しみ』みたいなものを書きたくて。星新一さんの小説はすぐ人が死んじゃうんですけど――あんまり人が死ぬ物語は好きじゃないんですけど、星新一さんの小説の死は無感情というか、涙を誘うための感傷的な死じゃないっていうところで、受け入れられたと思うんですよね。泣かせるために人を死なせるっていうのが好きじゃなくて」
――《このさい全部 壊したい》って愛する人も巻き込んで一緒に爆発したら、サイボーグの自分だけ残ってしまうという。
「これは“ユキカ”にも通ずるんですけど――子供の頃に眠れないことがあって。『眠ってしまったら、このままみんな死んで、自分だけが起きてしまうんじゃないか?』っていう恐怖があったんですよね。今思うとなんでだろうって思うんですけど……そういえば中学生の頃に、コンビニの店員さんを好きになったことがあって。どうして好きになったかっていうと、その人は深夜のシフトだったんですよね。すごく怖くて眠れない時に、『あの人は今も起きて仕事をしている』っていうことで好きになって(笑)」
――(笑)。その、「目が覚めたら自分以外いないかもしれない」っていう感覚は今もあります?
「そうですね。自分が死ぬことってとっても怖いことだと思うんですけど、それ以上に周りの人がいなくなることが、ものすごく怖いですね」