吉澤嘉代子、「10」の妄想で紡ぐ物語――初期三部作の集大成『屋根裏獣』に迫る
ミュージックビデオではラッパー=ACEとともにミステリアス&ポップな怪演(?)ぶりを見せていた“地獄タクシー”に象徴される通り、吉澤嘉代子の3rdフルアルバム『屋根裏獣』で最も際立っているのは、楽曲個々の妖艶かつ豊潤な完成度をも飛び越えて聴く者すべての五感を満たしてくる、彼女の「シンガー」「表現者」としての成熟と意志そのものだ。
「魔女修行」に明け暮れた少女時代を経て、奇天烈な物語の主人公を歌と楽曲で演じる「妄想系シンガーソングライター」として今や唯一無二の存在感を放つ吉澤嘉代子。1st『箒星図鑑』(2015年)、2nd『東京絶景』(2016年)、そして『屋根裏獣』へと連なるフルアルバム「初期三部作」の集大成となる今作は、彼女の新たな進化の季節を十分に予感させる1枚だ。その全貌を、彼女と一緒にひもといてみた。
自分の世界に没頭して、でも今はそれを仕事にしていて、逃げた先に出口があるっていう曲にしたくて
――2015年の10月に3rdミニアルバム『秘密公園』、2016年の2月に2ndフルアルバム『東京絶景』を出して、8月にはコラボミニアルバム『吉澤嘉代子とうつくしい人たち』、さらに今回の『屋根裏獣』という……すごいペースで作品をリリースしてますけども。もう、次から次に湧いてくる感じ?
「そうだといいんですけど(笑)。でもなんか、やりたいこととか作りたいアルバムっていうのは出てきますね。で、どんなテーマにするか、こういう曲があるからこういうのを入れて……とか、常日頃考えてますね。『屋根裏獣』でフルアルバム3枚目なんですけど、アルバム3枚目までに関しては、デビュー前に組み立てていて。この曲を入れようとか、こういう要素が足りないとか、デビュー前に組み立てたものが3枚分あったので、予定通り作れたという感じですね」
――構想をもとに、日々アンテナを張り巡らせていたっていうことですね。今回の『屋根裏獣』のコンセプトについては?
「これまでも物語として曲を書いてはいるんですけど、舞台の設定とかをより明確なアルバムにしたい、物語性の強いアルバムにしたいと思って。で、それが一番私の好きなことでもあるし、やりたいことでもあるから。それを3枚目でやろうっていうふうに思って。なので、今まで自分が『ああ、この曲好きだなあ』って思ったものしか入れないようにしよう、と思って作りました」
――楽曲ごとのキャラクターの「憑依感」も、さらに強くなっていますしね。
「うんうん。やっぱり、好きな曲のテーマもあるし、すごく詳細な物語があって。曲に入っていない部分でも、それ以前/その後も頭の中に考えていたので。1曲ごとに入り込みながら作りましたね」
――アルバムの幕開けの“ユートピア”は、独特の加速感もあるロックンロールからサビで60年代洋楽ポップス感に流れ込む、爽快さとミステリアスさを持った曲ですよね。ここで言う「ユートピア」というのは?
「二十歳ぐらいだと思うんですけど、市民プールでよく泳いでた時期があって。泳いでいる足場が、タコの頭とかに変わってボヨーンとか、プールの水もラメが降りしきる海水に変わってたりとかっていうのをふと想像したりすると、現実の海とはまた違う、自分だけの美しい海が浮かんで、そこから書いた曲なんですけど。でも、そこから今回出すにあたって、結構歌詞を直して――自分が作り出した世界に溺れて、外の世界を遮断して自分だけの世界を作り上げた子供が、一番その海の底に辿り着いた時に、そこからまた外の世界に通じる扉を見つけて。自分を守ってきた『物語を作る力』とか、そういうものを武器に、外の世界で戦っていく、っていう曲を作りたくて。それは私がもともとそうだったので。自分の世界に没頭して、でも今はそれを仕事にしていて、逃げた先に出口があるっていう曲にしたくて。今回の物語性の強いアルバムの導入にしたいと思ってました」
――《わたしの言葉で戦う》っていうのは、まさに言葉とイメージの力で戦っていくっていう吉澤さんの存在表明でもあるようにも聴こえてきますね。
「そうですね。血を流さない戦いっていう。その根本にあるのが、やっぱり子供の頃の自分なので。この曲はOKAMOTO'Sのハマ・オカモトさんにサウンドプロデュースしてもらったんですけど、こういう『バンドサウンドに奇天烈なストリングスを入れる』っていうイメージを伝えたら、ハマくんが声かけてくれたメンバーがすごく素敵だったので、面白い曲になったなと思いました」
もう楽園には行けないんだけど、それでも一緒にいるしかないっていうか。そういうのって運命なのかなと思って
――“人魚”アウトロのアコギから“カフェテリア”にシームレスにつながっていく部分も、アルバムならではの風景の奥行き感を増しているし、それによって「物語感」も濃密になっているっていう。
「3曲目までは『水際のゾーン』みたいな感じで作っていて。市民プールから海に変わって、海から海辺のカフェに行って、喫茶店にシーンが移り変わっていくっていう。先に全部曲順を決めて、『ここにSEを入れたい』『こことここをくっつけたい』っていうのを話し合ってからレコーディングできたので。『いつの間にか変わっているようにしたい』って」
――『吉澤嘉代子とうつくしい人たち』にも収録されていた“ねえ中学生”のイントロには、音楽の授業っぽいリコーダーのノイズが加わっていますね。
「“カフェテリア”までの『水際のゾーン』から、ここからは『子供のゾーン』に行きたいなと思って。シーンが変わったらなと思って入れました」
――“屋根裏”も、ワードだけ聞くとつい江戸川乱歩を連想するんですけど、全然イメージの違うゴージャスな曲ですよね。
「でも私、江戸川乱歩は読んだことなくて。何回も読もうとしたんですけど……怖くって読めないんですよね(笑)。ほんと怖がりなので」
――イメージ的には読んでそうなので、逆に意外ですね。じゃあ、これは完全に吉澤嘉代子の屋根裏物語ということですね。
「そうです(笑)。この曲も二十歳ぐらいの頃に書いた曲なんですけど」
――片想いの物語ですけど、どこか旧家の大家族っぽいイメージは浮かびますね。
「ああ、嬉しいです。まさにそんなイメージで作りました。これも滑稽なところを入れたいなと思って、《血が繋がっていたらどうしようなんてね》とか、《叔父さまのご友人の奥様のご兄弟の……》っていうのを入れたりとか」
――で、その「子供のゾーン」の流れで“えらばれし子供たちの密話”へ。
「この6曲目(“えらばれし子供たちの密話”)、7曲目(“地獄タクシー”)、8曲目(“麻婆”)は最近作った曲で。後から『この要素を入れたいな』と思って足した曲なんですけど」
――《誰かの寝息に毒をまぜて》っていうフレーズにはドキッとしますよね。
「これはすごく入り込んで作った気がしますね。運命みたいなものを今も信じていて、このふたりは。小学校5年生くらいの男女が、真夜中に連絡網を辿って電話をして、合言葉を言い合うと楽園に――ネバーランドみたいな場所に一緒に行ける、っていうふうに信じている曲なんですけど。だけど、実際には……すごくショッキングな話なんですけど、親を殺してしまった子供たちの歌で。離れ離れになっちゃうんだけど、大人になってまた再び出会うっていう曲なんです。全部もう持ってないふたりが、もう楽園には行けないんだけど、それでも一緒にいるしかないっていうか。そういうのって運命なのかなと思って……そういう物語を思い浮かべながら書きましたね」
――そういう罪深い展開があってから、その次に“地獄タクシー”があると、印象は全然変わってきますね。
「(笑)。そうなんです。“えらばれし子供たちの密話”は『子供のゾーン』のお話でもあるし、“地獄タクシー”とは事件つながり、『事件ゾーン』でもあるという」