1曲で3つの表情がある。アコースティック版、レゲエ版とかじゃなくて、同じトラックで人が変わるだけで、こうも歌詞の意味合いが変わる。でもその3曲はメビウスの中にいるというか、エンドレスな感じになっているから(アヴちゃん)

――ここで『売旬』の話をしたいんだけど、まず一番簡単なところから訊くけど、「春」の字を変えたよね?

アヴちゃん うふふ。あたしだけやったら春を売るっていうわけだけども、あたしの春が誰かの春だとは限らないなと思って。今回、自分以外の人を初めて招き入れて歌ってもらったから、その人なりの旬を売ってもらうっていうんで。ふたりともすごい旬のふたりだと思うから。

志磨 僕は男パートを歌ったから、女性パートがアヴちゃんの人格っていうふうに思ってる。さっきの撮影みたいに、アヴちゃんがこうやるなら僕はどういうポーズで横にいればいいかなという。それがこう……。

アヴちゃん 逆転?

志磨 うん。っていうのは、ちょっと興味があるね。どっちかっていうとほら、強い女の人と、それにちょっとこう、罪の意識のある男の人っていう設定が多いというか。

アヴちゃん あたしの中ではいつも、あたしの癖として、タイに見ちゃう。パワーバランスがタイで曲を書いてしまう。だから、男と女の力の差はなくて。つまり、年上の人と付き合う、春を売ってる女の子と、年下すぎる子と付き合ってる男の子と、心の持ちよう、好きっていう気持ちは絶対にタイにしたいっていう気持ちがあって。でもそれでね、いっぱい相談されるんだろうね。

――ははははは。

アヴちゃん バランスが取れすぎてるから。でもそういう感じを自分の声でこういうふうにできる人ってあんまりいないから。

志磨 うん。面白いねえ。

――いい企画だよね。

アヴちゃん 1曲で3つの表情がある。アコースティック版、レゲエ版とかじゃなくて、同じトラックで人が変わるだけで、こうも歌詞の意味合いが変わる。でもその3曲はメビウスの中にいるというか、エンドレスな感じになっているから。

志磨 自分で自分の曲を歌う時は、いつも自分がディレクションするんですよね。僕がヴォーカリストとして歌って、それをプロデューサーの自分がジャッジしてるんで、歌のディレクションを任せるのは初めてで。演奏とかは、全然自信がないんだけど(笑)。たとえばエンジニアさんとか、あとはレコード会社のディレクターとかに、メンバーがいればメンバーに、「今のOK?」「だいじょぶっしょ」「あ、じゃあいいや」みたいな。でも歌はやっぱり自分しかわからないので、自分がOKって言ったらみんなが、「ああ、なるほど。そういうことがやりたかったのね」ってあとでわかるっていう。でも、それをアヴちゃんがいいって言うまでやるよっていう気持ちで歌うと、自分が逆に、普段どういう声で、どういうシンガーなのかっていうのが、すごいよくわかって面白かったです。

アヴちゃん や、志磨くんはすごく……性の匂いがしないセクシーさというか。

志磨 その話が面白かった。

アヴちゃん まったくね、香ってこないの、そういう汗の感じが。手の感じとか、髪の感じとか。だから(渚)カヲルくんみたいなの。すごく内容量は多いよ? でも、外に出てる情報量が志磨くんはすごく少ない人やと思ってるの。シンプルだから。みんな着飾ったり、イヴ・サンローラン着てセルフィー撮って送ったりするやんか。

志磨 あははは。

アヴちゃん やけど、そんなことしなくたって、何着たって決まるじゃないけどあたしも脚出しゃオッケーみたいなね。それを顕著に考えたかな。志磨くんが、志磨くんの声でこのあたしの書いた歌詞を志磨くんの解釈で歌うっていう、それだけ。でも、和声の感じはすごい練りました。あたしのコーラスと違う部分を出して。もっと「悲しいけどしかたないんだ!」っていう表現にしたいなと。そこはちょっと、志磨くんを参考にした。

志磨 へえー!

アヴちゃん あたしの中の、お茶した時の志磨くんの感じ。「悲しいけど、行くんだ!」みたいな。

いつもの志磨くんの声やと、見えるコラボだなって思ってしまって。ペルソナというか、ポーズを取ってほしかった。で、だんだんポーズが本当になっていく怖さというか、美しさもあって。最終的には「あ、この人、こういう関係なんかな?」 っていうところまでいけた(アヴちゃん)

そうね。ちゃんとストーリーを考えながら歌っていくっていう(志磨)

――志磨くんに対してのヴォーカルのディレクションはアヴちゃんがやったの?

アヴちゃん うん。(篠崎)愛ちゃんもそうだね。

――どういう話をしたの?

志磨 ああ……どういう言い方で言ってくれたかな。「もっとセクシーに!」「もっとジェンダーをはっきりさせて!」っていう感じ。そういうところを自分はいつも回避して歌ってるんでしょうね。そういう感じが出たらむしろ歌い直すと思う。それを言ってくれたから、気づいたんですね。

アヴちゃん でも、やればやるほど男の子の声になってると思いきや、やればやるほど、どっちかわからんけど普遍的にいいものになっていく気がして。あたしの声がやっぱり不思議な声やから、それとのはまりがすごいよかったのね。いつもの志磨くんの声やと、見えるコラボだなって思ってしまって。ペルソナというか、ポーズを取ってほしかった。で、だんだんポーズが本当になっていく怖さというか、美しさもあって。この曲は長さもあるし、ストーリーもあるから、最終的には「あ、この人、こういう関係なんかな?」っていうところまでいけた。

志磨 そうね。ちゃんとストーリーを考えながら歌っていくっていう。

――そうだね。僕はこの声で歌った志磨くんも正解だと思ったし、この声を引き出したアヴちゃんもすごく正解だと思った。あえて説明させてもらうと、この志磨くんは変な声のヴォーカリストじゃないんだよ。僕には志磨くんという人そのものの声に聞こえる。すごくスリルがあるよね。さっきアヴちゃんが言ったように、「変な声」の志磨くんとアヴちゃんの声だと、見えるコラボなんだよ。

アヴちゃん そうなの。悲しくしたかったんだよね。悲しい風味じゃなくて、やっぱりちゃんと悲しいというか。ちゃんと踊れるし、ちゃんといい曲だし、ちゃんといい声だし。志磨くんは、あたし、ライヴの印象がすごいんだよね。ライヴの時の志磨くんって、変な声とかじゃなくて、みんなの思ってる声を出してるっていうか、そんな感じがする。倍音が特にそうやけど。

――倍音出させないっていうヴォーカルだよ、これ。倍音出しちゃうとさ、そういう武器を身につけちゃうから。

志磨 はい。強いのと強いので。

――アヴちゃんは武器のない状態の志磨くんを聞きたかったんだな、って僕は思ったけどね。

アヴちゃん うん、みんなも聴きたいだろうなと思って。「たまにはいいんじゃん?」って(笑)。ドレスコーズの新しいアルバム聴いて、「あ、なんでもやれるなあ」と思って。それこそあたしらも、それぐらい破天荒にいろんなことやってるけど、全部メビウスというか。だからこそ、御法度はない、この人がやってる限りは、っていう安心感はありました。「売春(旬)」っていう言葉もいいよね。自分が稼働する限り、自分がいい感じでいる限り、季節関係なくあたしは春だと思うし。あたしは春を売ってる、旬を売ってる仕事をしてると思うのね。みんなもそうやと思う。みんな、春を売ってこの街ができてると思うし、この世ができてると思うから。

志磨 そうそうそう、そうなのよ。

アヴちゃん 「もしかしたらこの恋愛もひょっとしたらサービスなの? でも違うよね、あたしたちだけは」っていう曲だから。そこに行けましたわ。

――ははははは。でもこの曲はね、ほんとにこの《増すものがない 淋しいね》っていうフレーズがあるから好きなんですよ。増すものがない関係の淋しさっていうさ。それがこの曲のすべてじゃない。

アヴちゃん うん。基本人生にないんですよね、増すものって。

志磨 そうそうそうそう。ほんとはそうなんだよね。

アヴちゃん “緊急事態”っていう曲で、《増えてゆくようで減ってゆく日々を》ともあたしは書いたけど。有限性を悲しいととらえるか、それとも、有限性に希少性を持たせて一個一個頑張るか。諦めてやめちゃうか。いろんなやり方がある。

志磨 レアものを売ってるわけやもんね、春っていうのは。期間限定のね。それでこの街もできてるっていうところが、さっきの悲しい姿が感動的っていうのと一緒な感じがして。みんなの、この歌で言う春っていう、自分の中の大事なものをお金と換えて、僕らがお金で買えるものっていうのは全部そういう誰かの特別なもので。それでできてる世界というのは悪いはずはなくて。そこに感動するっていう歌です! 自分が書いたかのように締めますが(笑)。

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