井上苑子、10代の終わりと20代の始まり、そして今思う「ロック」とは? 新作『Mine.』インタビュー


根本にあったのは「音楽が好き。歌うのが好き」。路上ライブがどんなにつらくても歌っていられたのは、その気持ちがあったからですね


——どういうミニアルバムを作りたいと思っていました?

「メジャーデビューしてからずっとポップな曲をたくさん出してきたんですけど、20歳になってからインディーズの頃も含めた活動を改めて振り返ったんです。そこで思ったのは、『ロックテイストの曲をやりたい』ということでした。今回の作品は、まさにそういうものになりました」

——4月から5月にかけてまわったツアーも、ロック色が濃い内容でしたよね。

「はい。ロックテイストの曲もライブでやりたいと、ずっと思っていたんです。20歳というタイミングですし、そういう曲も作ってリリースして、ライブでもやりたいと思うようになっています。エレキギターは大きい音が出ますし、ライブで弾くと自信が付きますね。でも、重くて肩が痛くなるんですけど(笑)」

——(笑)井上さんは小学生の頃から音楽活動をしていますし、根本にすごく熱さとガッツがある人だと僕は感じているんですけど。10代の思い出の大半は音楽ですよね?

「そうですね。自分の中で『音楽をやる』というのが一番優先していたことでしたから」

——小学生で路上ライブをしている子って、いました?

「周りにはいなかったです。昼間にやっていたので怖さとかはなかったんですけど、なかなか観てもらえなくて大変でした」

——10代の頃のご自身を突き動かしてきたものって、なんだと感じています?

「やっぱり、『音楽が好き』っていう気持ちが強かったっていうことだと思います。いろんなアーティストさんが歌われているのを観て、『私もああいう風になりたい』とかもあったんですけど、やっぱり根本にあったのは『音楽が好き。歌うのが好き』。路上ライブがどんなにつらくても歌っていられたのは、その気持ちがあったからですね」

——路上ライブは、つらかったんですね。

「楽しいこともありましたけど……つらかったです(笑)。路上で歌うのが好きだったというより、歌を聴いていただくために路上で歌っていたので。立ち止まって聴いていただくのは難しいんです。何度も心が折れそうになりました」

——聴いてもらうために、どういう工夫をしました?

「まず、ずっと笑顔で歌っていました。あと、みなさんが知っている曲と自分の曲を混ぜて歌うようにもしていましたね。知っている曲だと立ち止まって口ずさんでいただけるので」

——MCで面白いことを言うのも、路上ライブで大事みたいですね。

「私、MCは全然ダメで(笑)。喋るのが怖くてずっと歌に逃げていました。足を止めてもらえる最新曲をチェックして練習するというのは、よくやっていましたね」

——先日のツアーでも、メドレーでカバーをやっていましたね。エレファントカシマシの“今宵の月のように”、sumikaの“Lovers”、WANIMAの“ともに”、BUMP OF CHICKENの“天体観測”、SUPER BEAVERの“青い春”という選曲が素敵でした。

「ありがとうございます。このメドレーはほぼお客さんのリクエストを反映しているんですけど、“今宵の月のように”と“天体観測”は、私が歌いたかったんです」


「どういう気持ちで音楽をやっていたのか?」ということを思い返してみると、「バンドサウンドって気持ちいいなあ」というのがあった


——リスナーとしてもロックはよく聴きます?

「はい。バンドの音楽をよく聴きます。いろんな音楽を聴くんですけど、気持ちが強く入るのは、ロックなサウンドですね」

——井上さんのロック観がわかる発言を、昔の『ROCKIN’ON JAPAN』の記事で見つけたんですけど。

「嫌だあ(笑)。恥ずかしいじゃないですか。高校生の頃ですよね?」

——はい。『線香花火』の時のインタビューです。「ロックを聴くと初期化されるんですよね、自分が。私にとってロックはそういうものだと思います」とおっしゃっていました。

「私、ロックを聴くと初期化されるみたいですね(笑)。でも、最近の私にとってのロックは、聴くといろんなイメージが湧く音楽です。『自分だったらこうするかな?』とか考えたりもしますから。音楽の聴き方は、変化してきています。いろんなジャンルを聴くようになりましたし。昭和歌謡も聴くんですよ。堺正章さんの歌とか、すごく好きです。あと、松田聖子さんもすごく好きで、よくカラオケで歌います。そうやっていろんな曲を聴いて、実際に歌ってみることによって、自分の音楽に関してもチャレンジしていきたいことが広がってきています」

——今回のミニアルバムでロックとじっくり向き合うのもひとつの挑戦だったと思いますが、表現するにあたって、どういうことをまず考えました?

「『私は、どういう気持ちで音楽をやっていたのか?』ということを思い返してみると、『バンドサウンドって気持ちいいなあ』というのがあったんです。だからそういうサウンドのものをやりたいというのが、まず考えていたことです」

——もともとはアコースティックギターの弾き語りでの活動が基本だったわけですけど、デビューしてからはバンドで演奏する機会も増えましたよね。

「はい。バンドはとても楽しいです。仲間がいるって、いいです。ライブで回りにいろんな方々がいてくださると嬉しいですし、曲中に目が合うと楽しい気持ちになります。ずっとひとりでやっていた分、バンドの楽しさを感じています。いろんな音が重なり合って生まれる熱も、すごくいいんですよね。“リメンバー”は、今回の曲の中でも特にエモーショナルだと思います」

——“リメンバー”は、お客さんも巻き込んで盛り上がれるサウンドですね。

「メロディも覚えやすいですからね。ライブでみなさんにも歌っていただきたいです。柴山慧さんとの共作なんですけど、とても勉強になりました。今回、共作と提供していただいた曲がたくさんあるんです。様々な吸収ができた濃い制作期間でした。最近、いろんなことをできるようになりたいと思っています。例えば、打ち込みを自分でできるようになりたいんですよね。でも、私、機材系がすごく苦手なんです……。機械が苦手で、パソコンに触っても、すごいことになっています。最近、私のMacBook Airがよく止まるんですよ。私が何か変なことをしてしまったのが原因かもしれないです」

——パソコンが止まるとパニックになるタイプ?

「はい。パニックになって、とりあえずAppleCareに電話します(笑)」

——(笑)“リメンバー”は、盛り上がれるサウンドですけど、歌詞は切ないですね。「元カレと遠回りの末に、また結ばれたらいいなあ」という乙女心を感じます。

「女の子は、きっとこういうことをよく思っているんじゃないかなと。柴山さんもロマンチストなので、女子も男子もいろんなことを感じられる歌詞になったらいいなあと思っていました」

「早く私のこと曲にして」とか「今から相談するから曲にしてね」って言われます(笑)


——井上さんもロマンチストですよね。少女漫画が好きなんですっけ?

「好きです。韓国のドラマも好きなんです。『こういうの、いいなあ』って、いろいろ想像しちゃいます」

——友達の恋バナを聞くのも好きなのでは?

「その通りです(笑)。女の子は、『最近どうなの?』って訊くと、仕事の話じゃなくて、絶対に恋愛の話になりますからね。『早く私のこと曲にして』とか『今から相談するから曲にしてね』って言われます(笑)」

——(笑)。“My Dear One”も、そういうところから生まれた曲のひとつなんでしょうね。女の子同士の友情を感じる曲ですから。

「“My Dear One”は、高校生と新しいありがとうの形を一緒に作る『39+U PROJECT』というのに携わらせていただいて作った曲なんです。友達以外のいろんな大事な人にも当てはめて届いたらいいなあと思っています。『ありがとう』ってなかなか唐突には言えないから、曲にしてみんなに聴いてもらいたかったんです」

——井上さんの曲の歌詞は、言い回しがリアルな「女の子」という印象がすごくします。そういう部分も、10代の女の子に憧れられている理由だと思うんですけど。

「憧れられていたらいいですけどねえ。私、ライブのMCでチャランポランなことしか言えないので。お客さんからちょくちょくバカにされるんで、『バカにすんなよー!』って言っています(笑)。そういうやり取りが鉄板になっているんですよ」

――インタビューでは、すごくちゃんとしていらっしゃいますけど。

「今、猫被っています。このインタビューによって、ちょっとは憧れられるようになりたいです……って、こういうこと言っちゃうのが良くないんでしょうね(笑)」


「この単語を使いたいから、こう展開させよう」とか、いろいろなイメージが膨らむようになっています


——(笑)井上さんの親しみやすさは、曲の穏やかな印象にすごく繋がっていると思います。“TODAY”とか、まさにそういうものを感じる曲です。

「“TODAY”は、恋をしている女の子のワクワクする気持ちを歌っていて、私も大好きな曲です。今までの曲の『ワクワク』はキラキラしたイメージだったんですけど、この曲はちょっと大人な雰囲気だと思います」

——10代の女の子の「キラキラ」ではなくて、20代くらいの女性の輝きですよね?

「はい。『デルサタ!』(メ~テレで放送されている情報番組)という、土曜日の朝の番組のテーマソングなんです。視聴者は大人の女性の方々が多いそうなので、そういうみなさんの週末がワクワクする曲をイメージして作りました」

——別れ際の切ない物語が浮かぶ“ワンシーン”の登場人物も、20代くらいの女性を想像しました。

「この曲、もともとは具体的な描写はあまりしていない歌詞だったんですけど、レコーディングの日に歌詞を変えて、登場するふたりが想像できるものにしました」

——《ありふれた平凡な別れが私を/打ちのめしてしまう》って、とても印象に残るフレーズです。

「ここは迷いました。《打ちのめしてしまう》っていう言葉は強すぎるんじゃないかなと思って、『打ちのめす 類語』で調べたりもして(笑)。でも、メロディにも合っていましたし、《打ちのめしてしまう》にしたんです。傷ついている気持ちを描きたかったので、これで良かったのかなと思っています」

——こういうパンチの利いた描写も出て来るようになっていますし、作風が広がっている感覚は、ご自身でもあるのでは?

「そうですね。今までは『物語が出て来る』という感覚で歌詞を書いていたんですけど、『この単語を使いたいから、こう展開させよう』とか、いろいろなイメージが膨らむようになっています。もっとボキャブラリーが増えるように勉強したいです」

——アコースティックギター色が強い“Chocolate”は、シンプルな表現の歌詞だからこそ強く伝わるタイプの曲だと思います。こういう素朴な作風も井上さんの魅力です。

「ありがとうございます。これはすごくサラッと書けちゃった歌詞です。こういう曲もあっていいのかなと。アコースティックギターのサウンドの中にもエモーショナルなものを感じていただける曲になっていると思います」

——「エモーショナル」って、様々な形がありますよね。例えば“踏み出す一歩が僕になる”は、バンドサウンドだからこそ表現できる「エモーショナル」を感じるメッセージソングですし。

「“踏み出す一歩が僕になる”は、百田留衣さんに作っていただいた曲が、サウンドだけでも人の背中を押せるようなものになっていたんです」

——《“幸せ”や“希望”を強請ってるわけじゃない/自分らしく ありたいだけ》とか、ご自身に対して言っているところもありますよね?

「はい。夢に向かっている人をテーマにはしているんですけど、自分もそうなので。路上ライブをやっていた頃とかもそうでしたからね。だから歌詞を書いている内に、自然と自分自身のことにもなっていきました」

——今の井上さんにとっての夢って、どんなことが浮かびます?

「夢って、具体的に言うのが難しいんですよね。でも、私がいろんなアーティストさんに憧れていたように、憧れられるような存在になれたら嬉しいです。そして、音楽は一生やり続けたいです。そんなことを思うのは、音楽くらいですね。20歳になって、ちょっと心に余裕ができたかなと感じるんです。今ももちろん切羽詰まることがあるんですけど、いろんなところに目を向けながら音楽を届けていきたいです」

——先日、セーラームーンのトリビュート盤(『美少女戦士セーラームーン THE 25TH ANNIVERSARY MEMORIAL TRIBUTE』)で、“"らしく"いきましょ”を歌いましたけど、こういうのも子供の頃の井上さんを振り返ったら「叶った夢」なのでは?

「ほんと、そうですね。セーラームーンに関われたということが驚きです。小っちゃい時の私に言ってあげたい(笑)。考えてもみなかったことが目の前で起こったりするお仕事をさせていただいていると感じるので、いろんなことに挑戦していきたいです」


取材後ブログはこちら!
井上苑子に取材! 「エモーショナル」がテーマのミニアルバム『Mine.』について語ってくれました
https://rockinon.com/blog/japan/176207



“リメンバー”(Music Video)



リリース情報

1st Mini Album『Mine.』2018年6月6日発売
初回限定盤
通常盤
《収録曲》
 01. リメンバー
 02. My Dear One
 03. ワンシーン
 04. Chocolate
 05. TODAY
 06. 踏み出す一歩が僕になる

【初回限定盤(CD+DVD)】 UPCH-29301 ¥2,130(税抜)/¥2,300(税込)
《DVD収録内容》
「井上苑子 20th Birthday“JUKE BOX”Tour」@東京 (2017.12.11) LIVE & ドキュメント
・HeartBeat
・右足
・せかいでいちばん

【通常盤(CD)】 UPCH-20489 ¥1,667(税抜)/¥1,800(税込)


ライブ情報

「いのうえ夏祭り2018」
2018年7月22日(日) 新木場STUDIO COAST 16:00 OPEN/17:00 START
スタンディング ¥4,500(ドリンク別)


井上苑子 オフィシャルサイト
http://www.inoue-sonoko.com/

提供:EMI Records
企画・制作:ROCKIN’ON JAPAN編集部