多様な音楽を飲み込んだAwichという生き様──デビューEP『Partition』インタビュー

メジャーっていうのは念頭にありつつ、「ちょっとかましたやつ作ってみようか」みたいな感じでいろんな曲を作っていった

──『Partition』はメジャーデビューEPですが、フィーチャリングゲストを招いて華々しく彩るというより、Awichさんの核の最新形を出したとても潔い作品になっていると思いました。

「まさにその通りで。私もプロデューサーのChakiさんもいざやる時は裸で、みたいな性格なので(笑)。レーベルのみなさんも『やりたいことやるのが一番いい』って言ってくれたので、メジャーっていうのは念頭にありつつ、『ほんとかな?(笑)。ちょっとかましたやつ作ってみようか』みたいな感じでいろんな曲を作っていったんです。それで、作ってる最中にコロナの問題やBlack Lives Matterによって世界が激震していった。その結果自分の性格上、世界の状況にちゃんとコネクトした曲を作りたいから“Awake”って曲ができたりして」

──“Awake”は《Pandemic》というワードから始まる、ミニマムな音でポエトリーリーディングに近い、言葉を紡いでいくような曲です。コロナ禍に端を発した曲にも思えるし、その前から地球が抱いていた問題に根本から向き合わされるとも思いました。

「小さい頃から人間の生き方とかあり方とかを考えるのが好きで。沖縄の実家のベランダで、『なんで人間ってこうなんだろう?』とか『人生って何なんだろう?』って、朝までずっと考えてたんです。だからコロナやBLMについても、どういうふうに捉えられるか可能性をいろいろと探っていって。小さい枠で考えると人が死ぬのはもちろん悲しい。でも、地球全体で考えると人間至上主義っていうのものがあったりして。結局答えなんてないのかもしれないけど、思いを巡らせることで恐怖はあまりなくなりましたね。いろんな枠での考え方ができる。そうなってどんどん思考を巡らせていくと、人を評価したり、怒ったり、嫌うことはなくなりました。だから全部繋がっているんだと思います」

枠を作ったり、それを外したりはめたりするのって人間の虚構なんだよって知らしめたい

──1曲目の“Sign”は自己紹介というか所信表明的な曲になっていると思うんですが、とても隙間の多いトラックで、キャッチーなサビ的なものはない。挑戦的な印象もあります。

「そう、ふざけてるんですよ(笑)。真面目な人の中には、『ふざけちゃいけない』とか、『母親はちゃんとしなきゃいけない』とか、『エロい女は頭が悪い』とか、型にはまったことを言う人もいますけど、そういうのは全部フィクションだと思ってて。それでメロディアスな“Awake”とこういう“Sign”みたいな曲調の曲を同居させたかったんです。枠を作ったり、それを外したりはめたりするのって人間の虚構なんだよって知らしめたいっていうか。『これだからこれって決めないで』っていうメッセージを、遊びながら放っている感じなんです」

──メジャーデビュー曲“Shook Shook”は《「まさか女が来るとは」》という名パンチラインから始まるわけですが、どんなことを歌おうと?

「やっぱりラップの世界も男社会なんですよ。まだいろんなフィールドがそうだと思うんですけど。例えば『有能な社長さんが来るよ』って言われて、ぱって思い浮かべるのは男だったりする。私の世界で言うと、ラッパーたちが出るフェスのヘッドラインのアーティストはやっぱりまだ男のイメージが強い。実際私が、ゴリゴリの男気むんむんなフェスに出た時、『ヘッドラインが女?』みたいな見られ方をした経験があったんです。私のこと知ってる人は喜んでくれるけど、知らない人たちは『この女誰?』って呆気に取られてて。そういう経験をおもしろおかしく表した歌詞でもあります」

──“Shook Shook”の《分からない、分けられない善と悪、/全ては one 理解し、カッとばっす/楽しいことしててもしてない楽》というリリックに、Awichさんの生き様が映し出されていると思いました。

「『分からない』って理解できないって意味じゃないですか。でも『分かる』って『区別できる』って意味の漢字を使うんですよ。でも、すべては分けられないと思うんです。人間も土地も。別に地面に日本って書かれてるわけではないし、県境もここが東京でここが千葉ですとか書かれてるわけじゃないし。もっと言ったら階級とか、善悪も想定の世界で、境界線なんてないんですよ。だから『分かった』つもりでも『分けられない』。でもすべては『one』ってことだけはなんとなく分かってること。もとを辿ればすべてはひとつの点だったわけで。すべて相対的なんですよね。ここと比べたらこっちが北で南っていう」

──だからEPのタイトルは『Partition』。

「そう。分かれてるつもりかもしれないけど、『本当に分かれてるの?』って意味で『Partition』って付けました」


(“Revenge”は)ほんとのリベンジって、誰かを憎むことでもなく、自分が解放されてあがっていくことなんじゃない?っていう気付きを歌ってる

──“Revenge”はAwichさんの故郷の沖縄民謡の音色が取り入れられつつ、どうやって過去の深すぎる傷と向き合って生きるかという曲になっています。《下はもう見ない》し《許せばいい》し「愛を持ち続ける」ということが歌われている。

「ほんとのリベンジって、誰かを傷つけることでも憎むことでもなく、自分が解放されてあがっていくことなんじゃない?っていう気付きを歌っていて。許さないことと許したことを比べると、絶対に許したほうが、その分、楽なんですよ。ノートにいっぱい想いを書いていって、自問自答してみたんです。例えば、アメリカに住んでた時に自分の旦那が亡くなったっていう出来事に対して、もちろんそんなことは起きなければ良かったと思う。悲しみや怒りが止まらない。『じゃあどうしたいの?』って自問自答すると、例えば『時間を戻したい』とか、『その出来事にまつわるすべての出来事を消したい』とか、『自分も悪かったのかもしれない』とか、許せないことをどんどんあげていくと、最終的に自分の中でのストーリーが大半を占めていると思ったんですよ。もちろん人が亡くなったことは事実としてあるんだけど、そこに付随する自分の想いは、全部自分の物語であって。だから、その感情に翻弄され続けるかコントロールするようになるか。そうやって2年くらいいろんな考えを巡らせたうえで、結局『許せばいい』って思ったんです。これが結論かも途中経過かも分からない。自問自答はずっと続いているから。でも少なくとも、誰かのことを許せないとは思わなくなった。なぜなら人それぞれにストーリーがあるから。そう思うようになると、今はもう、人を憎んだり理解できないっていうところには戻る気はしないですね。まあこの先どうなるかは分からないですけど」

──EPの資料に、「これまでの愛はGive&Takeだったが、見返りを求めるのはエゴであり、それだと人は成長できない。今はGive&Give。愛はあげればあげる程増えていくことに気付いた」ということが書いてあるんですが、“Revenge”を聴くとその言葉が浮かびました。

「そうですね。Give&Takeは私が何かをあげることによって私が減るって考え方。勝ち負けみたいなものがあって、それを毎回平らにするために、ギブした分だけ相手にテイクするみたいな考え方だと思ってるんです。でも今まで、心から何かをあげたいと思ったことで、あとから『ああ、あれあげなければ良かった』って思ったことってあまりない、って気付いたんです。『あげなければ良かった』って思うのは、もともと何かをもらうためにあげてるんですよね。でもそうじゃなくて、心からギブしてる時って、とても気持ち良くて、愛が溢れてくる感じがする。クサいかもしれないけど、あげればあげる程、溢れてくる。私はすべてのことは科学や数字で表せると思ってるところもあるんですけど、だからこそ愛のエネルギーって奥が深いというか。まだ数学では表せないんだけど、それこそ永遠のフリーエネルギーだと思ってるんです。もしそれが数字で表せる時がきたら、動物や植物や他の物質との折り合いについても理解できて、死ぬことへの恐怖や老いることへの恐怖が薄れるのかもしれない。心の中では『これGive&Giveのサイエンスじゃない?』って感じてるんですよね」

──その法則が解明できたら無敵ですよね(笑)。

「無敵(笑)。例えば人を愛するとか、付き合うとかも今までの概念じゃなくなる。『私の男』とか、『私の女』とかって考え方もGive&Takeの世界だと思うんですけど、Give&Giveは、ただただ助けたい、愛したい、この人が成功するために一緒に考えたいし、幸せになるために何かやりたいって望むだけ。そう考えると、別にその人が何しようと傷つかないし、周りが何を言おうと、私はただあげたいだけっていう。今の私がそれを100%できてるわけじゃないんですけど、そういう考え方をすればいいんだって思ってるのと思ってないのとでは大きく違う。『この人私のこと嫌ってる?』とか『傷つけようとしてる?』とか思った時、一瞬『うわっ』てなったりするけど、立ち返るところがあるだけで、すぐ『この人なんでこんな言動をしてるんだろう?』って思うことができて、逆に『私に何かしてあげられることないかな?』って考える。実際の痛みは感じないんだけど、これまでの経験もあるから、俯瞰して、『こういうことが痛みなんだ』って、痛まずに痛みを感じることができる。怒らずに怒りを感じることができる。だから歌詞も書けるし、みんなの気持ちも分かる。それは大きいと思う」

プロセスを見せているだけなんですけど、それに共感してくれている人がいることに感謝してる。だからもっとあげたい

──Awichさんはこれまで「ヒップホップクイーン」だったり「ストリートの女帝」って言われてきましたけど、『Partition』を聴くと、ボーダーレスなメッセンジャーとなっていく予感がして、とてもワクワクしました。

「嬉しいです。みんな分かってくれるんだ?って驚きをどんどん感じてますね。私は小さい時からずっとラップをしてたし、10代の頃にも一回デビューしてて。でもその頃は分かってもらえないことが多かった。説得力もなかったと思うし、自分では理解したつもりになってても語彙力が伴ってなかったり、愛がなかったのかもしれない。まだエゴとか、Give&Takeの精神があって、『私のこの大切なものをあげられない』って思ってた時もあったのかもしれないです。昔はオーディエンスのことを信頼できてなくて、本当は分かってほしいのに分かるわけないとか思ってたし。オーディエンスも私のこと『誰?』みたいな感じで信頼してなかった。でもこの数年で、相乗効果で信頼関係が生まれてきて。私の中で答えが出てるわけではなくて、プロセスを見せているだけなんですけど、それに共感してくれている人がいることに感謝してます。もっとあげたいと思うし、ちゃんとそれぞれで噛み砕いてくれるっていう信頼関係があるからこそ、じゃあ次はどうやって驚かそうかな?って思う。だから、できることがどんどん増えていくし、そういう人たちと成長していけるって思うと楽しみなんです」

Awich - Shook Shook (Prod. Chaki Zulu)


Awich - Awake


Awich - Bad Bad (Prod. Chaki Zulu)


リリース情報

EP『Partition』

『Partition』発売中
2020.8.21 Release
UPCH-2207 ¥1,980(tax in)

M1. Sign
M2. Shook Shook
M3. Patrona
M4. Revenge
M5. Awake
M6. Good Bye
M7. Bad Bad

All Songs
Produced by Chaki Zulu
Written by Awich

●配信ライブ情報

「Awich "Partition Live"」

日程:8月25日(火)
OPEN 19:30/START 20:00

フルアルバム『孔雀』発売他、多数のコラボ作のリリース等、2020年も活発な活動を続けるAwichが、7月のメジャーデビュー後、初のライブを披露。バンドにはSOIL & "PIMP" SESSIONSのメンバーを中心とした強力な布陣を揃え、圧倒的なパフォーマンスを魅せる。

Awich "Partition Live" バンドメンバー:
Awich(Vocal)
丈青(Piano)
秋田ゴールドマン(B)
みどりん(Dr)
社長(Manipulator)
吉田サトシ(G)

※招待制による無料配信公演
受付フォームからの申し込みが必要となります。


提供:ユニバーサルミュージック
企画・制作:ROCKIN’ON JAPAN編集部