【特集】サザンオールスターズ、桑田佳祐が「音楽」と「言葉」に込めた想い──『THANK YOU SO MUCH』全曲徹底レビュー

【特集】サザンオールスターズ、桑田佳祐が「音楽」と「言葉」に込めた想い──『THANK YOU SO MUCH』全曲徹底レビュー
遂に届けられた、サザンオールスターズ通算16作目にして10年ぶりのオリジナルアルバム『THANK YOU SO MUCH』。ROCKIN'ON JAPAN3月号では表紙巻頭の史上最速インタビューを行ったが、そこでの桑田佳祐の語り口ともシンクロするように、『THANK YOU SO MUCH』は極めて軽やかで風通しの良い、ややもするとサザン史上最もキャッチーなのではないかというアルバムである。

厳密に言えば、テクニカルで深みのある曲調や、奥ゆかしい筆致の歌詞も含まれてはいるのだが、デビュー47年目のバンドがまたひとつ殻を脱ぎ捨てたかのように、延々と繰り返されてきた研究と構築と洗練の先で、新しいレベルのキャッチーさに到達してしまっているのである。先のインタビュー内での桑田の言葉を一言だけ引用すると「ぽとーんって紙に垂らしたものがうまく広がったっていうかね」という具合なのだが、実際にアルバムを聴くとそのイメージが理解できる。力みも迷いもなくぽとーんと垂らしたものが表現として確かな像を結ぶのは、とんでもない達人にしか成し得ない所業だ。

そこで今回は、『THANK YOU SO MUCH』収録曲の、主に歌詞に焦点を当てた全曲レビューをお届けしたい。誰の耳にもするりと滑り込み、心躍らせる楽曲たち。そこで歌詞として紡がれた言葉たちには、どれだけの思いと技巧が込められているのか。あなたも一緒に読み解いていただければ幸いだ。

文=小池宏和 撮影=西槇太一


①恋のブギウギナイト

アルバムのオープニングを飾るのは、デビュー46周年記念日(2024年6月25日)にリリースされたデジタルシングル曲“恋のブギウギナイト”である。ディスコ文化が花開いた1970年代後半にデビューしたサザンは、ロックやソウルミュージックの歴史に深く根差しながらも、当時最先端のバイタリティ豊かなディスコサウンドを纏ってデビューした。

恋心とは切っても切れないエロスを、フィジカルな高揚感として描き出すこと。“恋のブギウギナイト”では新しさと懐かしさが入り混じって聴き手の時間感覚をぐにゃりと捻じ曲げながら、《魔法が解けて目が覚めりゃ/まるでバカみたい》と、誰もが懲りずに何度でも捕らわれてしまう愛欲と音楽の牢獄について言及してみせる。この曲の最大のキモは、《「口説き文句」はDance、、、ね。》に込められた、耳元で囁き温度や湿度まで伝わるような誘惑の距離感だろう。伸るか反るか、待ち受けているのは天国か地獄か。物語の始まりを告げる必殺の一語《ね。》で、『THANK YOU SO MUCH』は幕を開ける。

②ジャンヌ・ダルクによろしく

“ジャンヌ・ダルクによろしく”はTBS系スポーツ2024年のテーマ曲として書き下ろされ、とりわけ2024年パリオリンピック/パラリンピックの時期だったことから、フランスの守護聖人となったジャンヌ・ダルクをミューズにしたためられた楽曲。

ブルージーで骨太なロックンロールを奏でながら、不撓不屈の情熱を燃やすロックアーティストの心意気が歌い込まれている。アスリートたちやその支援者たちをも鼓舞する力強い響きをもたらしているのだが、重要なのは《生まれ落ちたる身の上/歌は平和を奏でる武器でしょう》という一節だ。生きている以上、人は本能的に大なり小なり闘争心を抱いているもので、そんな闘争心を建設的に解放するために、スポーツや音楽が文化として推奨され育まれてきた歴史がある。ジャンヌ・ダルクの勇ましさに敬意を表しながら、戦争を通じて哀しい運命を辿った彼女についても思いを馳せずにはいられない楽曲だ。

③桜、ひらり

なぜ“桜、ひらり”は2025年1月1日にデジタルリリースされ、ミュージックビデオが公開されたのか。それは他でもなく、ちょうど1年前に発生した能登半島地震に寄せる思いからであり、MVでも描かれているように最新ライブツアーは1月11日・12日の石川県産業展示館4号館からスタートした。

《突然/あれからしばらくは/生まれたこの場所が/嫌いになったよ》という歌詞は、傷ついた被災者が故郷に対して抱く複雑な心境を映し出している。つまり“桜、ひらり”とは、ただ時節柄に歌われた春待ちソングではなく、傷ついた人々の心の雪解けを願うように歌われた楽曲なのである。春の美しい風景を表す《柳暗花明》のフレーズもまた、風景を目の当たりにした感嘆ではなく、希望の風景として思い描くためのものだろう。《でもね/遊びにおいで/待ってます》はライブツアーへの誘いであり、また観光支援の呼びかけでもあるのかもしれない。

④暮れゆく街のふたり

アルバム4曲目にして、いよいよ初出曲の登場である。昭和歌謡の奥深さに真っ向から挑みかかるような味わいの“暮れゆく街のふたり”は、そもそも洋楽指向だった桑田佳祐が日本の歌謡や文学、芸能などを再発見し熱心に研究した、その最新の成果と言えるだろう。

じっくりと伝うメロディに乗せられた言葉数は少なく、厳選と洗練の限りを尽くした歌詞になっているのだが、そこから浮かび上がってくるストーリーの豊かさ/心象の鮮やかさは信じがたいほどだ。ありふれた、ひと夏かぎりの恋の終わりからストーリーは始まる。《いつも通りあたしここで待ってるよ》という一行から読み取れるのは、スマホもガラケーすらも登場していない時代背景だ。そして、お互いに気づくことのない思いのすれ違いが切なさを増幅させてゆく。とりわけ《夜嵐がドアを叩く/トントンと》、《立つ鳥は羽音も立てず/ホウホウと》といった、音の描写の行間から沈黙を伝える手捌きがすごい。作詞家・桑田佳祐の真骨頂だ。

⑤盆ギリ恋歌

遠州地方に根付いた「盆義理」という風習を題材に、賑々しく楽しげなダンスロックへと仕立て上げられた“盆ギリ恋歌”。《盆ギリ盆ギリ/今は亡き人と/素敵なLovely Night》という一節の通り、お盆とは冷静に考えてみるとホラーすれすれのロマンチックなイベントであることに気づかされる。他の文化圏の人から見れば、奇祭もいいところだろう。

「盆義理」がそうであるように開催の時期や形式はまちまちだが、先祖の霊に対する信仰は日本各地の人々にとって馴染み深いものだ。そして死者を弔う儀式とは、何も神妙で厳かなものばかりではない。楽しげで賑やかな儀式も、世界中の数多くの地域に存在している。《こりゃ/スーパーボウルやグラミー賞より/盛り上がるんでShow!!》と誇り、呑み踊り歌う我々の特別なロックンロールがこれだ。

⑥ごめんね母さん

サザン流の“思い出のグリーン・グラス”か、はたまた“ボヘミアン・ラプソディ”か。暗澹としたニューウェイブ・ファンクと共にサスペンスタッチで歌われる“ごめんね母さん”は、悪いしがらみに追い詰められて取り返しのつかない罪に手を染める、そんな主人公の独白と懺悔の歌である。

《すべての物事にウラとオモテがあって/キレイゴトばかりじゃ/世の中は破滅》と自分自身に言い聞かせる一節も痛ましいのだが、それは闇バイトか、あるいは著名人の不祥事か。こんなふうに社会の暗部を切り取ってフィクションとして描いた歌も、決して他人事とは言い切れない部分があるだろう。そもそも、何かしらの罪悪感に苛まれたことのない人というのは、ごくごく僅かな、恵まれた少数派にしか過ぎないはずだ。愚かで脆く、儚い。果たしておまえは、これを笑えるほど立派な生き方をしているのか。ミステリアスな響きが、そんなふうに問いかけてくる。

⑦風のタイムマシンにのって

前曲から一転、爽快な疾走感と共に奏でられる“風のタイムマシンにのって”は、原由子によるリードボーカル曲。《長い冬のアイドリングを解いて/遥かな海街へアクセル》という歌い出しからして、春の訪れと車の移動のイメージが広がる。歌詞に登場する地名を順に追っていくと、《和賀江》で潮風に出会って《稲村》→《由比ヶ浜》→《小動》→《江ノ島》。つまり国道134号を伝って海岸線を西に下り、その先には桑田の故郷である茅ヶ崎が待っている、ということになる。《見えるは富嶽麗しや》《打ち寄せる波濤は北斎》という、この上なくポップな情景描写も冴え渡り、桑田は《たまに人生やり直して/思いが叶わぬ時にはここへ》という歌詞を織り込んでいる。

鎌倉を舞台に数々の楽曲を歌ってきた原坊が、サザンのデビューアルバムに収録された“茅ヶ崎に背を向けて”とは逆に鎌倉方面からの桑田の帰郷を歌う、まさにサザン史のタイムマシンという趣を備えたドラマティックな1曲だ。


⑧史上最恐のモンスター

アルバム後半の入り口に配置されたのは“史上最恐のモンスター”。最も波紋を呼びそうな収録曲がこれだろう。ジョン・レノン“マザー”風の、美しくも不安感を滲ませた幻惑的な曲調で進行するのだが、歌詞の内容は抽象的で謎めいたところがあり、解釈は触れた人それぞれに分かれそうだ。

冒頭部分は、近年厳しさを増すさまざまな自然環境や災害に嘆いているように思えるが、桑田は《人の欲望は深くて/いつもBlind》と歌い、そんな災害は《人間が生んだモンスター》だとしたためている。つまり、今日の社会に降りかかる困難は人の行いが要因のひとつでもあることを仄めかしているのだ。《お怒りになった龍神さん/お止めになって雷神さん》は水害や落雷による火災についての喩えとも取れるが、穿った見方をすれば津波と発電所である。《あゝ ウクライナの春は待ちぼうけ》に至っては、ズルズルと泥沼化してきた停戦交渉を挙げるまでもなく、戦争という人類の愚挙について溢れ出した思いだろう。

⑨夢の宇宙旅行

ロケットエンジンの噴射音から始まる、煌びやかなブギーロック“夢の宇宙旅行”。これはサザン流の『老人と海』である。昭和の少年たちにとって、日々の宇宙開発のニュースが夢見させる宇宙旅行は近未来の希望(たとえそれが東西冷戦下の軍事利用目的による副産物だとしても)であった。

《御守りはIggy Popのサイン》《虚しいだけの人生なんて/おサラバ!!/惨めなだけの恋愛なんて/ザケんじゃねえ!!》といったふうに、宇宙旅行はロックバンドと同等かそれ以上に、しがない現実を越えてゆくためのモチベーションだった。ところがこの歌の終盤、ワクワクの宇宙旅行を体験していたはずの年老いた少年は、夢から醒める。そこには当然「こんなはずじゃなかった未来」として現実が広がっているのだが、《目の前に大谷翔平のサイン》があった。誰もが夢見ることすら叶わなかった今を生きている、若きスーパースターの肖像。現実はときに、かつての夢の風景さえも追い越してゆくものなのである。

⑩歌えニッポンの空

ルンバのリズムとサーフサウンドを融合させ、優しく穏やかなポップソングとして制作された“歌えニッポンの空”は、2023年8月、前作“盆ギリ恋歌”からショートスパンで届けられたデジタルシングル曲。

1コーラス目の歌詞では《ここで生まれて育って/夢見ることを学んだ》と桑田が自身の故郷・茅ヶ崎のことを歌っている(直前の歌詞に出てくる『浜降り』とは、近隣の神社がこぞって参加する古くからの祭礼「浜降祭」のこと)のだが、2コーラス目になると新たに生まれくる命の祝福や、現世から旅立ってしまった大切な人の姿を重ね、リスナーがそれぞれの故郷に思いを馳せる楽曲となっている。同年に開催された「茅ヶ崎ライブ2023」の野外パフォーマンスに向けたテーマ曲であることはタイトルからも明らかなわけだが、あたかもスペイン語の間の手のごとく景気よく弾ける《ありがとう!!》に、命を育み、そして見送る我々の故郷ニッポンへの感謝の念が見事凝縮されている。

⑪悲しみはブギの彼方に

故郷やルーツへと寄せる思いがさまざまな形で顔を覗かせる『THANK YOU SO MUCH』だが、サザンのデビュー前に制作されながらこれまで音源化されていなかった“悲しみはブギの彼方に”は、まさしく過去に直結する驚きの1曲である。

トロピカルなニュアンスを含みながらスウィングするグルーヴは、テクニカルで滅茶苦茶にかっこいい。彼らが若かりし頃から如何に野心的な楽曲制作を行っていたかがよくわかる。《雨が降らないと 米食えない》という歌い出しの歌詞は、本来ならソウルフルに発語するユーモラスな桑田節にニヤリとするところだが、まるで令和の米騒動を予言していたかのようにも聴こえてギョッとしてしまう。《ちょいとお待ちよ 車屋さん》は、1961年に発表され人気を博した美空ひばり“車屋さん”の引用。洋楽ルーツと邦楽ルーツが大胆に交わるさまも面白い。

⑫ミツコとカンジ

色恋沙汰の泣き笑いを描かせたらやはり桑田佳祐は天下一品、トボケた哀愁を振り撒くリズム&ブルース“ミツコとカンジ”は、ある年代以上の人なら一瞬のうちに、とある昭和のビッグカップルを思い浮かべるだろう。

歌詞のストーリーは、カンジ目線で離別の悲哀と強がりを歌いながら進行してゆくのだが、あの元気があればなんでもできるはずの燃える闘魂が《カラダの傷など/Oh oh/ナンにも怖くはないが/ただ心の痛みに震えてる》と弱音を晒すので、情けないやら、「意外とそうかも」と納得してしまいそうになるやら、下世話な興味を掻き立てて止まない架空ストーリーの手捌きに唸らされる。楽しそうに歌詞をしたためる桑田の姿が目に浮かぶようだ。《闘いの大海原で/あの子の顔が/チラついたら/チョップ食らったよ》。食らわせたのは天龍かムタか。プロレス史もびっくり仰天、そんなストーリーの真相は今、星になって夜空に輝いている。

⑬神様からの贈り物

《ニッポンの夜明けは暗い/でも先人は凄い/ポップ・ミュージック我々に/教えてくれた》と歌われる最初のセンテンスから、『THANK YOU SO MUCH』の特設サイトやオフィシャルトレイラー映像にも躍る最終センテンス《あの歌と出会い/あなたがいれば/何にも怖くない》という確信に満ちた結論に至るまでの、遥かなる道のり。僅か数分間のポップ・ミュージックは、その歴史の中で、どれだけ多くの人の心持ちをこんなふうに魔法のようにガラリと大逆転させてきたのだろうか。

華やかで力強いフィリーソウル風の“神様からの贈り物”は、サザンというグループが約半世紀をかけて辿り着いた率直なメロディとメッセージ性をもって、ポップ・ミュージックの「世界を変える」瞬間へとリーチしてみせる楽曲になった。《薔薇色のニュース/わかれうたはブルース/そんな日もあるでしょう》という一節が引っ張り出す記憶は人それぞれだとしても、その先の「今」を生きる我々をポップ・ミュージックが平等に照らしてくれるという事実を、サザンはよく知っている。《天使のように/翼が生えたみたいさ/神様からの贈り物/極上のメロディ・ライン》。『THANK YOU SO MUCH』という、一見素朴なアルバムタイトルに込められた真意はなんだったのか。それは、我々と同じように素晴らしいポップ・ミュージックに心をときめかせ、いくつもの冷たい夜を潜り抜けてきたサザンが、ポップ・ミュージックを育み共有させてくれる文化土壌すべてに寄せる感謝の思いだったのではないだろうか。

⑭Relay〜杜の詩

最終トラックとして配置されたのが、現代の祈りのような厳かなクワイア“Relay〜杜の詩”である。極めて具体的なメッセージ性を宿した楽曲であり、サザンが数多くの作品を生み出してきたビクタースタジオにも程近い明治神宮外苑の再開発事業についての問題提起となっている。

サザンと同時代に活躍してきた故・坂本龍一は他界する間際までこの社会問題に熱心に取り組んでおり、《ピアノの音色が今も胸に響く/コミュニケーションしようと》という一節が、思いのリレーを繋いでいる。《いつもいつも思ってた/知らないうちに/決まってる》。必要なのは対話であるということ。だからサザンはこのメッセージを美しい楽曲に乗せた。未来に託すバトンが、あらためてアルバムの余韻と化すようだ。


企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部


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