──Rol3ertさんはずっと「孤独」というものを切実に歌っている方だと思っていて、そのRol3ertさんが『Kodoku』というEPを出される──いいタイミングに取材させていただき嬉しいです。ありがとうございます!──まず、Rol3ertさんの大きな特徴として、英語で歌われていることがあって。2歳までアメリカにいたんですよね?2歳になる前までですね。だからアメリカの記憶はまったくないんです。ホームビデオには残ってるので、それを観て自分の記憶だと錯覚してて。だからアメリカにいた記憶を思い出そうとすると、視点が俺じゃないんですよね。ホームビデオを観てたからなのか──アメリカに対する安心感はめっちゃありますね。あと、昔から海外カルチャーが大好きで。自分の中にアメリカに生まれてアメリカ人だと勘違いしてるやつがいるから、こうやって英語で詞を書いたりするんだと思います。──ビデオというフィルターを1枚通してアメリカにいた自分にふれることで、より憧れが膨らんだんですかね?そうだと思います。日本にいながらアメリカのことをいっぱい想像するじゃないですか。それで理想のアメリカが頭の中にできて、執着に変わって。今はいろんなことを勉強してデメリットもわかってるんですけど、そこに感じる美しさというか安心感は絶対変わらない。1年前にシカゴに遊びに行ったんですけど、すごく息がしやすくて、あっ、ってなりました。着いた瞬間。──“(how could i be)honest?”の歌詞──《driving through chicago/then something felt so alive(シカゴの街を走り抜け/胸の奥がふと 生きていると感じた)》はリアルに感じた解放感だったんですね。そういった、アメリカや海外に対する理想、安心感、美しさみたいなものをもう少し言語化するとどういうものなんですか?なんだろうなあ……なんか、ボーダレスな感じがあります。簡単に言うと「自由」になっちゃうけど、自由というよりは、お互いを気にしてないというか。あと、スクールカーストみたいなものが日本とは違って──もちろんアメリカにもあるんですけど──ボーダーの複雑な絡み方が好きで。日本の高校だと上下があると思うんですけど、アメリカでは下にいることが下じゃないというか。たとえばナードであることが悪いことではない。それは人種もそうで、この人種だからカーストが上とか下とかじゃなくて、「この人種がいる」という事実だけがある、というところにボーダレスを感じます。昔から海外カルチャーが大好きで。自分の中にアメリカに生まれてアメリカ人だと勘違いしてるやつがいるから、こうやって英語で詞を書いたりするんだと思う
──学生時代はどういう子でした?ナードというか、なんか変な人でした(笑)。ティム・バートンが好きだったんですけど、知ってるやつが周りにいないし、こんなに海外カルチャーが好きって言ってる人もあんまりいなかった。絵を描く時も不気味な絵が好きで描いたり。本当はグロいのとか怖いのが無理で観れないんですけど、ティム・バートンはそれを美しく見せて、俺でも観れるレベルの怖さにしていて。そういうのを観て、「俺、怖いの観れてる」って優越感に浸ってたんだと思います、たぶん。
──音楽的な原体験は?最初はマイケル・ジャクソンですね。4歳ぐらいの時にお父さんが初めて聴かせてくれたらしくて。小2くらいの時に、「MVを観せてくれ」ってお父さんに頼んでた記憶があります。たぶんお父さんが好きだったものに憧れがあったんですよ。「これはかっこいいんだぞ」って思って聴いてたものが、だんだん自分のベーシックな好きになっていく、みたいな。小学校の時は、日本のヒット曲を聴いてたんですけど、中学校に入ってから洋楽に目覚めて。ジャスティン・ビーバーとかブルーノ・マーズ、ワン・ダイレクションとか。あと、EDMもめっちゃ聴いてましたね。ザ・チェインスモーカーズとかアラン・ウォーカーが大好きでした。で、高校からは、チャーリー・プースとか、ザ・キッド・ラロイ、リル・ナズ・Xとか、ラップにも走ったり。最近はインディーが好きになって、Mitskiとか、ドミニク・ファイクとかJojiとか。──音楽を「聴く」から「やる」に変わったのはいつ?曲を作り始めたのは中1とか中2です。音楽を聴いて、ちょっと解放される瞬間があるじゃないですか。中学校の時、たぶんそれが唯一の逃げ場というか、快楽だったんですよ。でも、自分の快楽を他の人に作ってもらってるみたいな感じで、もやもやしてたんですよね。自分の感情の行き場がそこしかなかったから、それを自分で作りたいと思ったのが最初のきっかけです。──Rol3ertさんの曲を聴いていると、曲というものをセーフスペースとして届けたいという意思を感じます。音楽が逃げ場になったのは、社会に対して摩擦を感じるとか、外的要因が大きい?社会は全然気にしてなくて、全部自分だと思います。「変な人だった」って言ったじゃないですか。それに共感してくれる人が誰もいないから、中学校で自分をガラッて変えたんですよね。そこからアウトゴーイングになってみんなとわちゃわちゃできるようになって、友だちもいっぱいできて。そしたら自分を変えることに慣れすぎちゃって、本当の自分がわかんなくなっちゃったんですよね。その中で唯一「自分はこれだ」ってなるのが音楽を聴いたり作ったりする時だったので、自分の中の葛藤を出す場が音楽しかないみたいな感じだと思います。──つまり、Rol3ertさんは「本当の自分」というものがあると思ってる?あるかどうかはわからないんですけど、ないとちょっと苦しいんですよね、いろんな自分がいすぎて。で、それが正解かどうかもわからない。でも、わからなくていいと思うんですよ、一生。それが燃料になって常に迷い続けながら曲を書いてるから。いっぱいいる自分をいろんな人に理解してほしいんですよね。小学校の時は理解されなかったから。自分を変えることで理解はされるようになったけど、自分でも自分が理解できなくなって。いろんな自分がいる現状を誰かに理解してほしいから曲を書いてるんだと思います。音楽を聴いて、ちょっと解放される瞬間があるじゃないですか。中学校の時、たぶんそれが唯一の逃げ場というか、快楽だったんですよ