ジェイク・バグ @ 横浜ベイホール

pic by yuichi ihara
またしても凄まじいライヴだった。しかもジェイク・バグの凄まじさが少しずつ意味を変えてきていることがわかる、3度目の来日、その初日公演だった。

たとえば昨年5月の初来日公演、たったひとりステージに立ったジェイクのパフォーマンスは、必要最小限の音が完全に正しく鳴っている様にひたすら圧倒されるものだった。続く夏のサマーソニックのステージは、彼のそんな歌のシンプリシティが大会場を制圧していく様に、ひたすら興奮させられるものだった。いずれにしてもびっくりするような才能を目の当たりにし、感動のシャワーを頭からザーザー浴びるような、ある種一方的な体験だったと言っていい。

それに対して今回の横浜BAY HALL公演には、起伏があり、循環があった。普遍的なメロディがふとした瞬間ごくパーソナルな情景へと色を変え、激しくうねりのたうっていたグルーヴがいつしか緩やかなまどろみとなって空気を混ぜていく。激しく、静かで、恐いもの知らずで、繊細。くるくると表情を変えながらジェイクの歌は奥行きを増していく。一方向だった感動が、ステージとフロアの間で交感されているのを感じる。これはセカンド・アルバム『シャングリ・ラ』リリース後の初のステージ、ということが大きいのだと思う。
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開演時刻を少し過ぎたところで横浜BAY HALL名物の古めかしいシャンデリアの光が落ち、ソールドアウトの会場が大歓声で包まれる中、ジェイクとバンドが登場する。1曲目は“Kentucky”でお馴染みと言っていいスターター。まさに「必要最小限の音が全て正しく鳴っている」ジェイク・バグの音楽を象徴する幕開けだ。ジェイクは今年2月に二十歳になった。少しは大人っぽくなったかな?とステージの彼を見ると、相変わらず寝起きみたいな不機嫌顔(に見えるだけで全然不機嫌ではない)をしていて、そのあどけない風貌に変化はない。でも、黒いTシャツからにょきっと伸びた二の腕はちょっとたくましくなっていた。
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ショウのムードが少しずつ変わり始めたのが4曲目の“Seen It All”だ。テンポよくアップビートな曲を連打して温まった会場に響く白眉のメロウネス。ジェイクの声も途端に艶っぽくなっていく。「次の曲は“Me And You”」と今日初めてのMCを挟み“Me And You”、“Storm Passes Away”と徐々に減速していき、贅沢に取られた間と余韻の中でジェイクのメロディ・センスをうっとり噛みしめる時間だ。“Messed Up Kids”ではアウトロでジェイクがキュワワワ!とギター・ソロで遊びを入れ、バンド・メンバーと顔を見合わせて笑っている。

“Seen It All”から“Messed Up Kids”までが空気を柔らかく解いていくセクションだったとしたら、“Ballad Of Mr Jones”は再び空気をぎゅっと締め昂らせていくハード・グルーヴのナンバーだ。ステージ上のジェイクも直前までのメンバーと笑い合っていた少年っぽさから一転、いきなりハードコアで男臭い色気を漂わせ始めるのが面白い。『シャングリ・ラ』のナンバーに歩を合わせるように、デビュー・アルバム『ジェイク・バグ』のナンバーもまた、曲毎の個性がよりはっきりコントラストとして浮かび上がるパフォーマンスだ。
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“Pine Trees”から始まったジェイクのアコギ弾き語りの2曲は、個人的にこの日のハイライトだった。仄かな明かりに全体をふんわり照らされたステージにさらに一本、すっと伸びたピンスポットがジェイクに当り、彼がアコギを軋ませ爪弾くたびにそのピンスポの光がキラキラと震え、屈折し、弾けていく。信じられないくらい美しい光景だ。そんな“Pine Trees”がジェイクのアコギ・セットのピュアネスを象徴するナンバーだったとしたら、照明が徐々に絞られ、薄暗くなったステージの深く濃い陰影の中で歌われた“Broken”は、彼の歌のソリタリィ、彼が圧倒的に「独り」であることを聴く者の胸元に突き付けてくる。そして叫び、ひしゃげ、荒ぶる“Simple Pleasures”によってジェイクの「独り」の輪郭は決壊し、普遍のエモーションが濁流となって押し寄せてくる。ジェイク・バグがとんでもないストーリー・テラーでもあることを証明する中盤の流れだった。
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“Green Man”以降はフィナーレに向けてぐいぐい加速していく衒いなきロックンロールのセクションで、さっきまでの「独り」が嘘のようにバンドを自在に率いてドライヴさせるジェイクがめちゃくちゃ生き生きしている。バンドメイトのところに一人ずつトコトコと近付いていっては顔を覗き込むようにしながら呼吸を合わせ、最高にエッジィ&タイトな演奏で場内を爆発させた“Slumville Sunrise”、“What Doesn’t Kill You”は文句なしのクライマックスとなった。この人はこのままいけばいつかニール・ヤングになれるし、ひょっとしたらブルース・スプリングスティーンの道もあるかもしれない、そんな途方も無い思いにすら駆られた本編のエンディングだった。
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鳴り止まない「ジェイク!ジェイク!」コールと手拍子に応えて再びジェイクたちが戻ってくる。アンコールで1曲カヴァーをやるのが恒例になっているジェイクだが、この日披露したのはニール・ヤングの“My My, Hey Hey (Out Of The Blue)”だ。これはジェイクのお気に入りの曲で、各地で披露しているため脂が乗りに乗った力演だ。「Hey hey, my my, Rock and roll can never die」というあまりにも有名なこの曲のフレーズをジェイクが一語一語噛みしめるように歌うと、会場には地響きのような大歓声が巻き起こる。ジェイク・バグのようなとてつもなく若く、とてつもない才能を持ち、とてつもない未来を約束されたアーティストが「ロックンロールは死なない」と歌うこと――ジェイクの音楽を愛し、ロックンロールを愛しここに集った私たちにとってこれほどの喜びはない。「ロックンロールは死なない」と告げられた後に、彼の原点と呼ぶべきナンバー“Lightning Bolt”が鳴る、そんな幕切れも最高だった。(粉川しの)