場内が暗転すると、「チクタク、チクタク」と、時計を思わせるおなじみのSEが流れだした。その時計は一定の時を刻むのでなく、不規則で、次第に時間のタガが外されていく。そこにノイジーなギターリフとタイトなドラムパターンが塊となって突き刺さる“ストックホルム”のイントロが、突如、打ち鳴らされる。まさに、目が覚めるような瞬間。2曲目の“時計回りの人々”(タイトルがまたピッタリ)とその次の“潜水”も、この流れで聴いてみると、基本になっているギターフレーズが、時計の「チクタク」に聴こえてくるから不思議だ。そしてギターの「チクタク」に絡みついたり、戦いを挑んだりするドラム&ベースのリズムセクションとのコントラスト。People In The Boxというバンドを、現実世界とは別の時間を刻んでいる1つの「マシン」として空想してみたらどうだろうなんて思いたくなる、見事なオープニングだ。明るいメロディが高らかに奏でられた“はじまりの国”で、会場全体にハンドクラップが広がり、一体感が波打った。彼らの別種の「時間」が、会場の隅々にまで行き渡っていく。さあ「はじまり」である。
最初のハイライトとなった“市民”からの3曲。People In The Boxの多重人格的といえるほどに多様で、変化にとんだ音楽性を堪能できたセクションだった。変拍子のリズムと複雑な曲の構成によって、見たこともない異形の怪物が猛スピードで通過していく感覚の“市民”。それに続いて、波多野のボーカルが、少年少女たちの純真無垢で汚れなき世界へと我々を誘いながら、最後にそれを残虐と暴力に反転してみせる“金曜日 / 集中治療室”へ。“冷血と作法”では、ダークで陰鬱な現実がやがてファンタジーへと飛翔し、明るい騒乱状態へ変化していく。緊張と緩和を織り交ぜながら、ハードにエモーショナルに音を鳴らす3人の姿を、オーディエンスは、一瞬も見逃すまいと食入いるように見つめている。ダイブやモッシュなど、激しい肉体的な反応こそ少ないが、それだけいっそう、People In The Boxの3人と一緒に未知の音楽領域を体験したいという、期待と焦燥がないまぜになった客席の一体感がピリピリと伝わってきた。
“ブリキの夜明け”“マルタ”“八月”では、改めて波多野のメロディメイカーとしての才能の確かさを確認した。透明感ある彼のボーカルとギターのアルペジオが、山口のドラマチックなドラミングと重なって、キャッチーなリフレインとともに広大な空間へ突き抜けていく“ブリキの夜明け”のカタルシス。福井の太いベースのフレーズが異国的な風景を描いてみせた“マルタ”や、伸びやかなメロディが陽光のぬくもりを感じさせる“八月”も、メロディが一度身体に入ると、そのループからなかなか抜け出せない魔術的な魅力を備えている。“八月”の最後のパート、同じメロディを、リズムパターンを変えて何度も繰り返すアレンジは、彼らの特徴といえる円環するメロディとリズムをよく体現していた(やっぱりここにも、時計的なメタファーが?)。
ダブルアンコールに応えたこの日の彼ら。“ダンス、ダンス、ダンス”“旧市街”そして“ヨーロッパ”へ。目まぐるしい場面展開を行いながら、すさまじい集中力でフルテンションのアンサンブルを軽々とこなし、爆音のなかにオーディエンスを釘付けにしていった。止まることなく過ぎ去る時間の流れを、瞬間ごとにスパっと切断して見せてくれるような、戦慄のライブ体験。会場のファンが、固唾を飲んで見つめたのは、People In The Boxのライブでしか味わえない、こんな永遠の感覚だったのではあるまいか。
最後のMCで「近いうちに発表できることがあります。いい意味で」と山口は語っていたが、ライブ終了後、メンバーが去ったあと、ステージ後方のスクリーンに、映画のエンドロールのようにセットリストやスタッフクレジットが流れ、そのあと「重要なお知らせ」として、ニューアルバム『Wall, Window』、ニューシングル『聖者たち』のリリースが8月6日に決定した、との告知が掲示された。「近いうち」ってこんなに近いのか!?と思いながらも、新作でまたどんな新境地を見せてくれるのか、夏がまた、ますます楽しみになってきた。(岸田智)
■セットリスト
01.ストックホルム
02.時計回りの人々
03.潜水
04.はじまりの国
05.市民
06.金曜日 / 集中治療室
07.冷血と作法
08.もう大丈夫
09.さまよう
10.おいでよ
11.ブリキの夜明け
12.マルタ
13.気球
14.八月
15.ニムロッド
16.完璧な庭
17.球体
18.鍵盤のない、
19.JFK空港
(encore1)
20.ダンス、ダンス、ダンス
21.開拓地
22.旧市街
(encore2)
23.ヨーロッパ