今日このステージを観れてよかった――何度もPeople In The Boxのステージは観ているが、素直にそう思えるアクトだった。渾身の力作『Family Record』リリース・ツアーのファイナルだから? 初めての中野サンプラザ公演という晴れ舞台だから? 本来ならば3月24日に行われていたはずのこの公演を1ヵ月待ちわびたことの期待感がステージにも客席にも充満していたから? そのどれでもあるが、この日のライブから受け取った歓喜と衝撃の源はそのどれでもなかった。常に音楽の意味を自らに問いかけながら音楽を鳴らしてきた波多野/福井/山口の3人が、震災後の「音楽の役割」の危機を真っ向から受け止めながらも、『Family Record』というアルバムを中心とする自らの楽曲というテクスチャーを用いて「それでも音楽にはできることがある」という新たな意味を、「再構築する」のではなく「作る」ことに挑んでいたのが、その演奏からもMCの言葉からもダイレクトに伝わってきたからだ。
![People In The Box @ 中野サンプラザ](/images/entry/width:750/50259/3)
3ピースのロック・バンドというフォーマットでもって、言語化/数値化されない人間の感情のうごめきや激動をそのまま音楽として鳴らしてしまう異才であり、ポップ・ミュージックとしての「共有」や「共感」とはまったく別の原理で聴く者の心を揺さぶるような音楽のアートフォームを提示するバンドであり、そういったヴィジョンもコンセプトも静も動も自在にオーガナイズしながらダイナミックな3ピースのアンサンブル(というかオーケストレーション)を展開してみせる……というバンドがPeople In The Boxであり、最新アルバム『Family Record』はまさにそのアートとしての在り方を(ぎりぎりポップ・ミュージックとしての要素を残しながら)極限まで究めたような作品だった。オープニングのポエトリー・リーディングから“東京”の壮麗なる7拍子+6拍子、“アメリカ”の豊潤な歌声と爆音アンサンブルのコントラスト、インダストリアル・オルタナとでも呼ぶべき“ベルリン”の音像……とアルバムの曲順通りに楽曲が進むと、会場の空気には未知の世界に踏み込むような不安と期待と背徳感とが濃密に漂い始める。魔法にでもかかったように一心にステージを見つめるオーディエンスに、「ハロー、ごきげんいかが?」と軽やかに語りかける波多野。「今日来てくれて本当にありがとう! めいっぱい楽しんで帰ってください! 僕らもめいっぱい楽しみます」。ほっとしたような拍手が会場に広がった。
本編とアンコール合わせて21曲を“レテビーチ”“マルタ”“どこでもないところ”など『Family Record』全曲を軸に構成しつつ、“泥の中の生活”“火曜日 / 空室”“はじまりの国”など過去曲も含めて1つの異世界を描き出していくPeopleの3人。まろやかなアルペジオから轟音まで瞬時に行き来する波多野のギター・プレイ。剛軟自在に躍動しまくる福井のベースライン。そして山口の、変拍子だろうが複雑怪奇なフレーズだろうが流れるように叩き伏せてしまうドラミング。そして、人間の心の奥の奥をやわらかく、残酷に暴くような波多野の歌声……といった3人のハイパーなプレイアビリティが中野サンプラザの広大な空間に炸裂しまくって、畏怖にも似た感激が1曲1曲ごとに押し寄せてくる。
「ありがとうございます。ここまで……長かったです」と、震災によるファイナル順延以降の1ヵ月を振り返る福井。ステージに送られる温かい拍手を、「本来なら1ヵ月前に終わってたはずなんだけど……1ヵ月じらすっていう(笑)。本質的にドSっていう」と波多野が笑いに変え、さらに山口が「俺はMだけどね」と続けて苦笑に変えてみせる絶妙のコンビネーション。物販グッズ紹介をはじめ、時折キテレツなアゲっぷりをみせる山口大吾のMCが、楽曲でのストイックなロック・アートぶりと絶妙のマーブル模様を描いていたのも面白かった。そして……フィードバック・ノイズに導かれてのとびきりエモーショナルな“天使の胃袋”からの終盤の流れの、目映いくらいにスパークするサウンドスケープ! “はじまりの国”のグランジな質感のギターで会場の空気を切り裂いた後、クライマックスは『Family Record』のキモとも言える“旧市街”“JFK空港”へ! “旧市街”のメロディアスな楽曲とカオティックな緩急を盛り込んだビート・アレンジが客席丸ごと夢幻旅行へとかっさらい、“JFK空港”で連射されるイメージの断片が突き上げるような焦燥感と衝動を喚起し、ラストの《みて 晴れた 空から降ってくる》のフレーズが、暗闇を貫く一条の光のように僕らの心を照射する……どこまでもドラマチックな幕切れだった。
![People In The Box @ 中野サンプラザ](/images/entry/width:750/50259/6)
アンコールの声に応えて、3人は再びオンステージ。客席バックで記念写真を撮った後で、「いろんな感情が錯綜しすぎて、逆に突き抜けちゃってる感じ」と、この1ヵ月の苦悶について波多野は語り始めた。「本当なら、『Family Record』のツアーはさっと終わらせて、次の世界に行きたかった。そしたら、世界が一変して……確信だったものが確信じゃなくなって、実体だったものが実体じゃなくなった。じゃあどうする?って。正しい/間違ってるって暫定的に決めてるのがなくなってしまったんだから、トライ&エラーしかない」……これまでもずっと、音楽に全存在を懸けて「人間の根源」へと手を伸ばし続けてきたPeopleだけに、思うようにライブ活動ができなかった危機的状況はまさに3人の、特にソングライター=波多野の全存在の危機でもあった。だからこそ、彼らは再び音を鳴らす必要があった。今、手の中にある楽曲を通して、自分たちの「これから」の表現を1から作っていく――そんな決意に貫かれたステージだったし、過去曲も含めたこの日の音には、今までとはまるで違う凄みが宿っていたように思う。「……そんな1ヵ月だったよ!」と、あえて軽やかに話を締め括った波多野。「僕らはある意味自由になった。だからみんな楽しもう!」。そんな朗らかで決然とした決意表明とともに放たれた爽快な新曲は、飾りなきポジティビティそのもののように響いた。
“She Hates December”“スルツェイ”で客電がついて終了……のはずが、鳴り止まないアンコールの声に、3人は三たびステージへ登場。「ツアー・ファイナルの正真正銘ラストの曲です!」という山口の言葉とともに奏でられたのは“ヨーロッパ”。全身全霊を傾けた鮮烈なアンサンブルが聴く者すべての身体と脳裏と心を真っ白に染め上げて…………終了。今こそ音楽は人間そのものを鳴らすべきだし、だからこそ音楽には鳴るべき必然がある――ということを、音楽ファンのみならずすべての人に向けて身をもって証明するような、最高にアグレッシブで、スリリングで、美しいアクトだった。本当に、今日このステージを観れてよかった。(高橋智樹)
[SET LIST]
01.東京
02.アメリカ
03.ベルリン
04.レテビーチ
05.新市街
06.泥の中の生活
07.火曜日 / 空室
08.ストックホルム
09.マルタ
10.どこでもないところ
11.リマ
12.犬猫芝居
13.月曜日 / 無菌室
14.天使の胃袋
15.はじまりの国
16.旧市街
17.JFK空港
EC1-1.新曲
EC1-2.She Hates December
EC1-3.スルツェイ
EC2-1.ヨーロッパ