ベック @ 日本武道館

Photo by Kazumichi Kokei

新作『カラーズ』リリースの1ヶ月前に発表された、ベックの緊急来日公演。2016年フジロックでの素晴らしいステージはまだ記憶に新しいが、単独公演は『モダン・ギルト』のツアー以来8年ぶり。武道館は実に10年ぶりである。その間には、痛めた脊椎の治療を行っていたことも明らかにされていたけれど(2010年頃のベックはほとんどステージに立っていない)、現在は完治して精力的に音源制作やライブを行っている。そのバイタリティがあってこそ、『モーニング・フェイズ』、そして果てしない構築と推敲と調整が繰り返された『カラーズ』という2枚の傑作は生まれたのだろう。

来日公演初日となる武道館では、スペシャル・ゲストとしてコーネリアスが出演。オルタナティブ/サンプリングポップの寵児として同じ時代を潜り抜けてきた両者は、これまでにもリミックスやコラボ作品を残し、また昨年の夏には、コーネリアス8年ぶりのUSツアーにベックが飛び入りした。この日のコーネリアスはゲスト出演と言いながらも、背景の美しい映像とサウンドがシンクロする得意の環境で、ミニマルなバンドサウンドが有機的に抑揚しグルーヴする“いつか / どこか”や“Point Of View Point”、スリリングな爆音で駆け抜ける“COUNT FIVE OR SIX”、力強く夢見心地な“STAR FRUITS SURF RIDER”など、ハイエンドなエンターテインメントをたっぷりと繰り広げてみせた。

さて、本人含め8人編成のステージに立つベックは、黒いジャケットにハットという出で立ちで“Devils Haircut”の豪快なギターリフを轟かせ、オーディエンスを沸かせる。セットリストは昨年のフジの内容から新作曲に数曲差し替えるという形で、人気曲がずらりと並ぶ点は基本的に同じだ。まあ、“Sexx Laws”や“Hell Yes”や“Waking Light”も聴きたかったという贅沢を言い出したらキリがないのだが、それよりもファンキー&タイトな演奏の精度が飛躍的に向上していて驚かされる。『スリラー』や『レッツ・ダンス』、『パープル・レイン』といったダンス・ポップの歴史的名盤にポップ・スターの神秘的な普遍性を見出し、その地平に迫ろうとした苦心の新作が『カラーズ』なら、今のベックのライブは過去作もひっくるめて『カラーズ』のモードに引き上げるライブと言えるだろうか。

Photo by Kazumichi Kokei

“Black Tambourine”のコーラスには空間系エフェクトが噛まされ、『カラーズ』の幻想的に塗り重ねられた歌声を彷彿とさせる。“Think I’m In Love”のアウトロではドナ・サマー“I Feel Love”を思わせるシンセフレーズが差し込まれ、恍惚のディスコ感を助長していった。ホーンサウンドはサンプラーによるものだが、この華やかでダンサブルなパフォーマンスには欠かせないエレメントだろう。ご機嫌にハンドマイクで煽り立ててラップするベックは、「来てくれてありがとう。本当に久しぶりの東京だね」と告げる。

中盤のハイライトは、日本でライブ初公開となる“Wow”。このサイケデリックなコーラスが折り重なるヒップホップ・チューンで、ベックはオーディエンスの歌声を誘う。大会場に映える素晴らしいナンバーだと、あらためて痛感させられた。“Wow”の真価はライブにあると言ってもいい。ベックのポップ・スターとしての佇まいが、以前よりも遥かに堂々と目に映る。それは、オーセンティックなロックギターを掻き鳴らす“Soul of a Man”や“Go It Alone”にしても、またアコギに持ち替えて繊細で美しいメロディを紡ぐ“Lost Cause”や“Blue Moon”にしても同様であった。

Photo by Kazumichi Kokei

グランジ旋風がカート・コバーンの死という悲劇によって幕を閉じたとき、絶望の淵でガラクタを掻き集めながらルーツ・ミュージックの豊かな広がりに接続するベックの奇妙な創造性は、新たな希望として持て囃された。ベックがポップ・スターとして自身を意識し始めたのは『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』の頃だろう。ギラギラとしたイミテーション・ファンクを鳴らし歌いながら、しかしステージ上の彼は「この人たちはなんでこんなに騒いでいるんだろう?」と、どこか狐に抓まれたような、鳩が豆鉄砲を食らったような目をして、他人事のように遠くを見据えていたように思う。ポップなビートが効いた社交的な作品と、繊細で内省的な作品をリリースし、自我のバランスを保っているようにも感じられていた。

ところが、繊細な傑作『モーニング・フェイズ』が絶賛される中で、彼はあらためて「ポップ・スターとしてのベック」を再確認しようと思ったのではないか。マイケル・ジャクソンデヴィッド・ボウイプリンスもいない世界で、そんなポップ・スターたちの息遣いを永遠に伝える名盤のような記録を残さなければならない。ポップ・ミュージックの求心力や訴求力を守らなければならない。長期に渡る『カラーズ』の制作にベックを駆り立てていた執念は、恐らくそういうものだろう。

Photo by Kazumichi Kokei

本編後半、練り込まれたソングライティングとカラフルなダンス性ががっちり手を取り合う“Colors”や“Dreams”は完璧にライブのクライマックスを担い、15回ほどもコーラスが書き直されたという“Up All Night”がスタンディング制のアリーナを波打たせる。考え過ぎるぐらいに考え抜いて、この即効性の高いポップに辿り着いたことは余りにもベックらしいし、頭が下がるというより他にない。そこから駄目押しとばかりに繋ぐ“Loser”は、もはや卑怯と言いたくなるほどに最高であった。

白いジャケットとハットに着替えて“Strawberry Fields Forever”の歌い出しから始まるアンコールは“Where It’s At”。メンバー紹介と共に今回も繰り広げられるメドレーが、シック“Good Times”のベースラインに始まり、「ジェイソンは初めての武道館だよ!」と紹介されたジェイソン・フォークナー(10/30にソロ公演も行われる)は、ギターを奏でながらなんと彼自身がサポートしたこともあるチープ・トリックの“Surrender”を1コーラス歌った。つまり『チープ・トリックat武道館』である。感涙モノのサービス精神だ。また、ギターにコーラスにと活躍したThe B-53’sの面々は、揃ってトーキング・ヘッズをカバーする。

キーボードのロジャー・ジョセフ・マニング・Jr.がゲイリー・ニューマンのヒット“Cars”のイントロを浮遊感たっぷりに披露した後、ベックは「ロック・ショーと言えばドラム・ソロだよね!」と熱演を促し、そして“One Foot in the Grave”のブルース・ハープを熱く吹き鳴らしてはコール&レスポンスを巻き起こす。最後には再び“Where It’s At”のセッションに戻って華麗にフィニッシュである。まるで往年のブルース・スプリングスティーンクイーンの如き、メドレーの熱狂。《I got two turntables and a microphone》。ガラクタを掻き集めていた奇妙な発明家は今、ワン&オンリーのポップ・スターになった。本日の新木場スタジオコーストでは、何を見せてくれるのだろうか。(小池宏和)

Photo by Kazumichi Kokei

〈SET LIST〉
1. Devils Haircut
2. Nausea
3. Black Tambourine
4. Think I’m In Love
5. The New Pollution
6. Qué Onda Güero
7. Wow
8. Mixed Bizness
9. Soul of a Man
10. Go It Alone
11. Lost Cause
12. Blue Moon
13. Girl
14. Colors
15. Dreams
16. Up All Night
17. Loser
18. E-Pro
(encore)
19. Where It’s At
20. One Foot in the Grave