この日、最もスーパーオーガニズムの音楽の「楽しさ」とバンドのコンセプトを正確に描き出したのは次の二曲だろう。オロノがいうところの「海老の曲」=“The Prawn Song”では、渋谷WWWのオーディエンスは海の底に潜り、第三次世界大戦を企む口唇ヘルペスもちの海老の集団(?)と出会う。「世界がおかしなことになってるけど、私は無視して飲み物を飲んでる」という、ザ・ビートルズの“Octopus’s Garden”にも通じる厭世的な歌詞にハッとさせられる。
続く、バンド名を冠したテーマ曲“SPRORGNSM”では「自我なんか必要ない。みんな超個体になればいいのに」というニヒリズムの極致ともいうべきテーゼをぶち上げ、アニメ『エヴァンゲリオン』における人類補完計画のごとく、スーパーオーガニズムは人類救済に乗り出す。「歌ってください!」というオロノの呼びかけに答えて、オーディエンスが〈I wanna be a superorganism(超個体になりたい)〉と合唱する姿は多幸感に溢れていながら、どこか空恐ろしいものを感じさせる光景だった。
〈Tokyo, oh tokyo(東京、あぁ、東京)〉という歌い出しから始まる“Nai’s March”は、まさにここ東京で演奏されるべくして演奏された楽曲だ。オロノの手によるこの曲は東日本大震災をモチーフに書かれている。
波間を漂うようなサウンド、童謡にも似たメロディーなど、水気を湛えたレクイエム的な佇まいのあるこの楽曲。アルバムバージョンには、緊急地震速報もサンプリングされている。未だ嘗て、世界レベルのポップ・ミュージックのシーンに日本の社会的な状況を当事者目線で語った楽曲が席を並べたことは歴史上一度たりとてない。この楽曲がこの夜、日本で披露されたという事実は今後、大きな意味を持つことになるだろう。
「We are famous! You are famous! Everybody Wants To Be Famous!(ぼくらは有名! 君も有名! みんな有名になりたいんだ!)」というオロノのチャントに導かれて、はじまった“Everybody Wants To Be Famous”。アンディ・ウォーホルの「In the future, everyone will be world-famous for 15 minutes(未来では、誰もが15分間だけ世界的に有名になれるだろう)」という言葉を思い起こさせるような、いわゆる「インスタ映え」にこだわり、自らの生そのものが「有名であること」に支配されている人々を揶揄するような楽曲だ。
演奏中、オロノはインスタライブでライブの模様をリアルタイムで世界に向けて配信。まさにこの瞬間、渋谷WWWのオーディエンスは意図せず、ウォーホルの言葉を体現したのだ。
ライブのラストを飾ったのは、彼らのバンドとしてのシンデレラ・ストーリーの扉を開けた楽曲“Something For Your M.I.N.D.”だ。この楽曲を待ちわびていたオーディエンスも多かったのだろう、会場全体がとてつもない興奮に包まれる。
クールだがどこか熱を帯びたオロノのボーカル、体を震わせるぶっといモーグ・シンセサイザーのサウンド、ヒップホップ・オリエンテッドなビート、多幸感に満ちたコーラス、ユーモアに満ちたサンプリング……と、彼らの魅力のすべてが詰め込まれた、この楽曲は会場のオーディエンスの合唱と共にスーパーオーガニズムの初めての日本でのライブを美しく締めくくった。
終演後、名残惜しそうにアンコールを求めるオーディエンスの前に再び現れた7人。演奏こそしなかったものの、カゴいっぱいに入った駄菓子や果物を観客に直接配りながら、「ありがとう!」とお礼を言って回る。その様子を眺めながら、スーパーオーガニズムはやはり何度見ても非常に奇妙なバンドであると思った。
ニヒリスティックでありながら、どこまでもヒューマニストで、音楽を愛している。東ロンドン・ホーマートンの彼らの家に訪れた際に、メンバーが口を揃えて言っていたのが「人間は生きるためには共同体が必要だ」ということ。スーパーオーガニズムにとっては、音楽こそが、その共同体を成り立たせるためのよすがになっているのだろう。
それは、決して8人のメンバー同士の繋がりのことだけを指しているのではない。きっと、この日、ここに居合わせた、そして、彼らの楽曲をインターネットを介して聴いて心震わせた「あなた」も既にその共同体の中には含まれているのだ。ぼくらはスーパーオーガニズムになっている。気づかないうちに、いつのまにか、きっと。(小田部仁)
〈SETLIST〉
1. It's All Good
2. Nobody Cares
3. Night Time
4. Reflections On The Screen
5. The Prawn Song
6. SPRORGNSM
7. Nai's March
8. Everybody Wants To Be Famous
9. Something For Your M.I.N.D.