奥田民生/日本武道館

All photo by 三浦憲治

●セットリスト
[第一部]
1.花になる
2.CUSTOM
3.ワインのばか
4.ミュージアム
5.ギブミークッキー〜快楽ギター〜イージュー★ライダー
6.サケとブルース
7.スカイウォーカー
8.エンジン

[第二部]
9.The STANDARD
10.働く男(ユニコーン
11.愛のボート
12.イナビカリ〜快楽ギター〜KYAISUIYOKUMASTER
13.白から黒
14.エコー(ユニコーン)
15.私はオジさんになった(ユニコーン)
16.風は西から
(アンコール)
EN1.マシマロ
EN2.イージュー★ライダー
WEN.さすらい


「昨日、バンドでコンサートを行いまして、結構うまく行きました。そして今日、昨日喜びを分かち合った楽屋に、ひとり……。昨日と今日、逆でしたね……」
たったひとり舞台に腰掛けてぽつりぽつりとボヤくように語る奥田民生の言葉がしかし、日本武道館の2階席のてっぺんまで埋め尽くした観客の大歓声を呼び起こしていく――。

10月13日(土)・14日(日)の2日間にわたって日本武道館で行われた奥田民生のワンマンライブ。小原礼/湊雅史/斎藤有太とともに回ってきた「MTR&Y」編成での全国ツアー「MTRY TOUR 2018」の集大成とも言うべき13日公演「MTRY LIVE AT BUDOKAN」に続く2日目・14日のステージは、「ひとり股旅スペシャル@日本武道館」。
これまでにも奥田民生のキャリアの要所要所で行われてきたワンマンライブ「ひとり股旅」。終始たったひとりで、自身の楽曲もカバーも含め弾き語り形式で披露する、極限までシンプルなライブであり、それゆえに極限まで濃密な形で「奥田民生の音楽の核心」に触れることのできる、至上の一夜だった。

登場と同時に自ら機材のスイッチを入れてSEを流し、アコギを構えたところで自分でSEをフェードアウトさせる、というくらいに舞台上は完全DIY形式で行われたこの日のライブ。
“花になる”の軽快なリズムをアコギで刻みながら歌い上げた後、“CUSTOM”の珠玉のメロディをエモーショナルに突き上げ、観る者すべての魂を揺さぶっていく。
アコースティックギターと歌という最小形態とは思えないほどに、1曲また1曲と弾き語る奥田の演奏はどこまで豊潤で、力強い。

前日=13日とは異なり1階席の舞台後方部分にも観客が詰めかけた中、回転式の舞台セットが奥田を乗せたままぐるりと動き、客席正面だけでなく上手側/下手側/背面側と向きを変えながら、360度のオーディエンスを沸かせ続けていたこの日のアクト。
“ワインのばか”、“ミュージアム”に続けて、「昨日のダイジェスト」として“ギブミークッキー”、“快楽ギター”をワンフレーズずつ披露しては寸止めして、客席を心地好く翻弄していく。名曲“イージュー★ライダー”で巻き起こしたシンガロングを「……みたいなことがあって」と悪戯っぽく中断する頃には、武道館の巨大な空間はすっかり奥田民生独特のゆったりじっくりとしたタイム感に支配されている。
“サケとブルース”を渾身のダミ声で歌いつつ、ギターソロ明けのところで「あ、普通の声で歌ってた!(笑)」と苦笑したり、《俺はブルースを歌うのさ 横丁DAY》のところを♪武道館DAY〜と歌って会場を沸かせたり、リラックスした空気感の「ひとり」のアクトのすべてが見せ場となっていく。

“スカイウォーカー”から“エンジン”の絶唱を轟かせて武道館の空気をびりびりと震わせたところで、15分間の休憩を挟んで第二部はアコギ映えする名曲“The STANDARD”からスタート。すると今度は、弾き語りセットと背中合わせに設置されたソファ席で、YouTubeでもお馴染みのDIY宅録企画「超カンタンカンタビレ」へ。

奥田がYouTuberとして(?)他アーティストへの提供曲を全パートにわたってセルフカバー&アナログ録音する過程をUPし続けた動画企画「カンタンカンタビレ」のデジタル版とも言うべき「超カンタンカンタビレ」。TASCAMのデジタル8トラックMTR「DP-008-OT」に奥田が各パート演奏を録音したユニコーンの楽曲“働く男”を「なんていい曲でしょう! 53年間で2万曲ぐらい作ってきましたが、その中で8位くらいの曲です(笑)」と紹介しつつ、その空きトラックに自らのアコギと歌をオーディエンスの歌声と一緒にレコーディングしていく。
かつてアルバム『OTRL』時に行ったレコーディングライブ「ひとりカンタビレ」をも彷彿とさせる場面は同時に、マルチプレイヤーとして/ソングライターとして/シンガーとしての奥田民生の総合力の高さを改めて物語っていた。

再びダイジェストで“イナビカリ”から“快楽ギター”、さらに“KYAISUIYOKUMASTER”へと続けてみせたり、ライブ終盤にはユニコーン“エコー”カバーの後で「……なかなかいい曲を作るじゃないですか!」とアピールしてみせたり、と第二部も相変わらずマイペースでライブを進めていく奥田。「最近、僕的には一番気に入っている曲」ともう1曲ユニコーンの楽曲から披露したのは“私はオジさんになった”だった。奥田は「ぜひ、みなさんも一緒に歌ってほしい! どう見てもおじさんとおばさんなんでね(笑)」と呼びかけ、♪すーるーわきゃなーい のコーラスを客席一面に巻き起こしながら、そこに自らの熱い歌声を重ね合わせ、オーディエンスとの最高の「共演」を演出してみせた。

“風は西から”をひときわ勇壮に歌い上げて本編を締め括った奥田。「昨日は昨日、今日は今日で。両方できて幸せだと思います。ありがとう!」とアンコールで観客に呼びかける姿に、惜しみない拍手喝采が広がっていく。
“マシマロ”の軽快な歌と絶妙なアコギソロで高らかなクラップを呼び起こしたところで、「すごい有名な曲をやるんで。みなさんでカラオケ風にしてください!」と歌い始めたのは、先ほど寸止めにした“イージュー★ライダー”。サビのメロディを会場に委ね、会場一丸の合唱に合わせて奥田がハモりの旋律を歌い上げて終了――かと思いきや、三たび舞台に登場して最後に“さすらい”を披露。客電が場内を真っ白に照らし出す中、奥田の歌声と見渡す限りのシンガロングが圧巻の多幸感とともに響き合っていった。

自らの音楽を決して「すごいもの」として演出することなく、楽曲と歌の剥き身の底力で武道館を沸かせてみせたこの日の「ひとり股旅スペシャル」。何時間でも観ていたくなるマジカルな音楽空間が、そこには確かにあった。(高橋智樹)