4AD evening アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ、ディアハンター、ブロンド・レッドヘッド @ 渋谷O-east

4AD evening アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ、ディアハンター、ブロンド・レッドヘッド @ 渋谷O-east - Ariel Pink's Haunted Graffiti pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)Ariel Pink's Haunted Graffiti pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)
4AD evening アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ、ディアハンター、ブロンド・レッドヘッド @ 渋谷O-east - Ariel Pink's Haunted Graffiti pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)Ariel Pink's Haunted Graffiti pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)
いまから30年前、ロンドンで誕生したインディー・レーベル、4AD。バウハウス、バースディ・パーティ、モダーン・イングリッシュ、コクトー・ツインズ、デッド・キャン・ダンス、ピクシーズ、ブリーダーズ・・・あげていけば切りのない綺羅星のごときバンドたちが、このレーベル・ロゴをジャケットにプリントすることでロック・ヒストリーにかけがえのない刻印を残してきた。その歴史はいまなお更新され、現在、新たなアーティストたちによって、ロックにさらなる可能性を付与していることはあらためて言うまでもないだろう。今夜は、そんなレーベル4ADを記念して、アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ、ディアハンター、ブロンド・レッドヘッドの3組が一堂に介し、祝福の宴を催した歴史的一夜だった。

大阪同様ソールド・アウトで応えた東京は渋谷のオーディンスの前に、まずはアリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティが登場。いちいち風体は書かないがどいつもこいつもひとクセもふたクセもある連中だ。そのひとクセもふたクセもある彼らが、全員どっかしらにキラキラの衣装を着用。かなりのいかがわしさ。そこに、アリエル・ピンクが入ってくる。足にぴたりと張り付いたスリムの赤いパンツにこちらもトップスはシルバーのスパンコールがギランギラン、そして無造作なブロンド。アリエルはマイクをつかむや「フハハハハハ!」と不適な笑い声を上げて、1曲目は「Beverly Kills」。いかがわしい70Sサウンドにのせて、フリークスたちが解放される。続けざまに、猟奇愛がほとばしる「L’Estat」へ。ああ、なんてアリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティな世界! この曲のクライマックスである、アリエルが口の中に指を突っ込んで「ポンッ!!!」と鳴らす瞬間、取り急ぎ失禁。もちろん2回。アリエルはさっきから、曲と曲の間だろうが曲の途中だろうが、うめき声ともため息ともつかぬ奇声を発しまくっている。

予想に反して(?)アタックの効いた強めのバンド・サウンドではあるにしろ、やはりこの当代でも群を抜く変態度な音は異様だ。ヘビメタからディスコ、AORからホラーのサントラと、変幻自在に音色を変えながら、アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティの超私的な世界が広がっていく。それはまさにアルバム・タイトル『Before Today』そのままに、昨日と今日、あるいは今日と明日の境目で、決して姿を見たことのないアパートの隣人の部屋から漏れ聞こえてくるような奇妙な音楽と奇声だ。かつて誰にも聞かれるあてなどないのに、ひとりしこしことカセットに自前の曲ともサウンド・コラージュともつかない音と声を吹き込んでいたアリエルの姿から、それは1ミリも進んでいないものだった。

アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティの音は、簡単に言ってしまうとポルノ・ショップの店内BGMのようなものだ。いかがわしくB級で場末で変態で背徳で、それらはだから、ダメなヘビメタでダメなディスコでダメなAORでダメなホラーのサントラな音だ。では、なぜアリエルはそのような音を「好む」のだろうか。それは、そんなポルノ・ショップが、つまり「決して満たされることのない場所」だからだ。何かが叶う場所でも、何かが達成される場所でも、何かが正しくなる場所でも、ない。ただひたすらに虚しさに向かって、それでもリアルに沸き起こるえもいわれぬ欲望に翻弄されながら、身悶えする。言うまでもなく、それはつまり、われわれの場所である。世界が決して何かを満たしてくれる場所ではないと知ってしまったわれわれの、呆然と立っている(だから、「フハハハハ!」と笑うしかないような)場所である。

だから、アリエルはそんな世界の中で「くるくると回る」のだ。その虚しさを「センチメンタルな失恋」と呼び、「何もかも自分のせい」だと歌うのである(「Round And Round」)。そして、「自分の心にも何も詰まっていない」と知り、「明るく光る青空」の広がる世界を「ウソそのものだ」と力なく告発するのである(「Bright Lit Blue Skies」)。

何かが叶っているふりをして、何かが達成されているつもりで、何か正しいことをしているかのような日常(と、普段のわれわれ)からすれば、いつだってアリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティは常にいかがわしい、どうしようもなく役立たずで、目を背けたくなるものとして在る。それは、無いことにされている幽霊のように在る。けれど・・・。すべてはウソだとわかるのだけど、それを告発する自分の心の中にも何もない。そんな虚ろな存在と世界との構図は、ロックそのものであることをわれわれは知っている。あらゆるロック・ミュージックは、ここに始まり、ここに終わるのである。

アリエルは最初から終わりまで、ブロンドの髪を振り乱しながら、ギャー!とかわきゃう!とかうおっ!うおっ!とか、のたうつような嗚咽を吐き出しながら、ステージの端から端をせわしなくうろうろうろうろしていた。あんまり言いたくないけど、ちょっと泣いた。
4AD evening アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ、ディアハンター、ブロンド・レッドヘッド @ 渋谷O-east - DEERHUNTER pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)DEERHUNTER pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)
4AD evening アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ、ディアハンター、ブロンド・レッドヘッド @ 渋谷O-east - DEERHUNTER pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)DEERHUNTER pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)
続いては、ディアハンター。こちらのライブも・・・結論から先に言えば、予想を遥かに覆す素晴らしいものだった。いや、ディアハンターのライブが素晴らしいことはそれはそれは海よりも深く理解していたはずなのだけど、そしてもちろん、誰の反論も許さないほど素晴らしかったのだけど、こちらの貧相な予想をひっくり返してくれたのは、そのスケール感。こんなにデカい音を鳴らすバンドだったのか、ディアハンターは。前回観たときとはほとんど違うバンドかと思うくらいの変貌。以前観たときは、いかにもインディー・バンド然というか、センシティヴな旋律をデリケートに扱う、音響によったバンドという印象が大だったのに対し、今夜の彼らは圧倒的な物量の音をドラマチックに放出することにためらいがなかった。スペクタクルで、エモーショナル。

冒頭、ステージに登場したブラッドフォード・コックスが「シーブーヤー!」と一声。その声がエコーに拾われ、巨大な音となって会場を包んだ瞬間、1曲目「Desire Lines」へ。上手にボジションをとったギターのロケットがボーカルをとる。「キミが若かったころ・・・」。3曲目に配された「Don’t Cry」では、ブラッドフォードがこんなふうに歌い始める「少年よ、ボクはキミの味方だ。泣かないで」。ディアハンターが高校時代の同級生たちを母体に結成されたバンドであることはよく知られた話だ。そして、そのキャリアの中で、たくさんの「死」に遭遇してきたこともよく知られたことだ。つまり、ディアハンターには、「死」があり、「少年」があり、その少年たちによる「共同体」がある。それが、ディアハンターを哲学的にし、美しくさせ、気高いものにしてきた(このあたりのことについては、また機会を見つけて書いてみたい)。そして、今夜のディアハンターには、そこに「強さ」が加わっていたような気がした。ブラッドフォード・コックスは、そのか細い身体のどこにそんな力があるのかと思えるほどの強烈なボリュームで叫んでいた。
4AD evening アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ、ディアハンター、ブロンド・レッドヘッド @ 渋谷O-east - Blonde Redhead pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)Blonde Redhead pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)
4AD evening アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ、ディアハンター、ブロンド・レッドヘッド @ 渋谷O-east - Blonde Redhead pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)Blonde Redhead pic by Tadamasa Iguchi(Qetic)
あまりにも感動的な2アクトを経て、今夜を締めくくるためにステージに登場したのは、ブロンド・レッドヘッド。ステージ後方に設置された、大きな金属製のアンブレラがこちらに向けて開いた状態で10個ほど、そのそれぞれの中心に小さな光が点される。幻想的な明かりの中を、アメデオとシモーネの兄弟、そしてカズ・マキノが入ってくる。湧き上がる歓声。気づけばもう20年にも届こうかというキャリアを粛々と築き上げてきた彼女たちに対する、それは自然発生的なリスペクトの反応だった。

全員が白の着衣で揃えた今夜のブロンド・レッドヘッド。舞台上は四方から打たれる白色の照明で、メンバーがかげろうのように揺らぐ不思議な空間となっている。そこに落とされる「Black Guitar」。もうその瞬間から、彼女たちの世界が成立してしまう。というか、成立させてしまう凄さがブロンド・レッドヘッドである。

その遺伝子は特に最新作『Penny Sparkle』に顕著だと思うのだけど、今夜のブロンド・レッドヘッドは、まるで4ADの遺伝子が見事に憑依したかのような、幻想的で退廃的で美しいメロディとノイズを横断していく。このレーベルが多種多様なアーティストを往来させながらも、ひとつの美意識に貫かれていることを、彼女たちはサウンドそのもので祝福しているかのようだった。秘め事のように密室で行われる音の実験。それが、それまでになかった音の構築美といまに至るまで讃えられる普遍性を獲得したのが4ADだとしたら、今夜のブロンド・レッドヘッドはそれだった。この美意識が何を体言し、何を救ってきたのか(それはつまり、われわれのことだ)を表出していた。カズ・マキノのあの妖艶な舞いは、その火の回りに捧げられた神聖なダンスに見えた。

「実はこの2ヶ月、声が出なかったんですけど、日本に来て、ある人に会ったら、声が出るようになったんです。その人は今日会場に来ています」。カズ・マキノが「Not Getting There」を演る前に発した唯一のMCもまた、今夜の摩訶不思議な空気に妙に合っていた。(宮嵜広司)


以下は、当初予定されていたという、それぞれのセットリストです。本番ではちょこちょこ変わっていたと思います(すみません、すべてを確認しきれてないので、ご参考までに)。

Ariel Pink’s Haunted Graffiti
1.Beverly Kills
2.L’estat
3.Getting’ High In The Morning
4.Credit
5.One On One
6.The Spain City
7.Fright Night
8.Menopause Man
9.Round And Round
10.Bright Lit Blue Skies
11.Butthouse Blondies
12.Little Wig

Deerhunter
1.Desire Lines
2.Hazel
3.Don’t Cry
4.Revival
5.Little Kids
6.Memory Boy
7.Nothing Ever Happened
8.Helicopter
9.He Would Have Laughed
10.Circulation

Blonde Redhead
1.Black Guitar
2.Here Sometimes
3.Dr.Strangeluv
4.Spring & By Summer Fall
5.Oslo
6.Will There Be Stars
7.In Particular
8.Falling Man
9.Not Getting There
10.Melody Of Three
11.23
12.SPAIN(客電がついてから行われたアンコール)
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