雪が降る夜に「23」と書かれた木箱をゆっくりと持ち上げるJ-HOPEと、その木箱の中のベッドで眠るもうひとりのJ-HOPEが映し出される映像からライブはスタート。緊張感が張り詰めるピアノの旋律に合わせて、赤く光りながら上下にうごめくメインステージのキューブの波間から、J-HOPEが真っ赤なレザーの衣装、ビジューがちりばめられたグローブとサングラスという出で立ちで登場すると、大歓声の中“What if...”をドロップ。たったひとりでマイクスタンド1本を手に、27,000人のARMY(ファンネーム)と向き合い、抑制されたフローから曲全体をクレッシェンドしながら徐々にボルテージを上げる。続く“Pandora's Box”ではLEDに閉じ込められた人のシルエットを映し出す演出でミステリアスな世界に引き込み、“Arson”は文字通り己の手で着火した火柱が燃え上がる中、欲望と情熱をソリッドなラップで吐き出し、“STOP”では人の共存への願いを哲学的に歌う。ここまで、2022年リリースのJ-HOPE初のソロアルバム『Jack In the Box』からの楽曲をプレイ。J-HOPEとチョン・ホソクという己同士の究極的な対話の過程とそこから導き出された決意を詰め込んだ楽曲群を、生々しい感情を乗せながら己の声ひとつでプレイする姿には鬼気迫るものがある。
曲が終わるや否や、客席からJ-HOPEコールが巻き起こるとイヤモニを外して客席にさらなる声を求める。「ファイナルコンサートに来てくださったARMYのみなさん、ようこそ! BTSのJ-HOPEです。少し雨が降っていますが、みなさんが流しているのが汗なのか雨なのかわからなくなるくらい楽しみましょう!」と挨拶すると、「You guys want more?」の問いかけから“MORE”へ。一段高く上がったメインステージのキューブの上でピンスポットを受け、両手を広げながら音楽への渇望を高らかに歌いあげた。
映像を挟むとJ-HOPEはラフなストリートファッションにチェンジし、白いハンドマイクに持ち替えて登場。LEDに蝶が映し出され、無数の蝶形の紙吹雪が舞い飛ぶ中、キューブの上でしなやかにダンスを繰り出すとメロウなヒップホップナンバー“on the street (solo version)”へ。ここからは2024年3月発表のアルバム『HOPE ON THE STREET VOL.1』の楽曲と共に、彼のルーツであり、今もその表現の原動力の揺るぎない在り処であるストリートダンスをフィーチャー。ダンサーとペアで“lock / unlock (with benny blanco, Nile Rodgers)”のロッキン、“i don't know (with HUH YUNJIN of LE SSERAFIM)”のハウスを丁寧に踊り歌う姿は、そのスキルはもちろんのこと、そこから滲み出る踊ることへの愛と真心が彼にしか出せないグルーヴとなって表出し、唯一無二の魅力を放つ。
ポッピンを踊るダンサー2名を従えて“i wonder... (with Jung Kook of BTS)”へと続くと、J-HOPEの「Ladies and gentlemen! JUNG KOOK!」の紹介に、この2日前に兵役を終えたばかりのJUNG KOOKがフィーチャリングパートを歌いながら登場。その姿に客席からはほぼ悲鳴の大歓声が轟く。カラフルな紙吹雪が舞う中ふたりでパフォーマンスし、時折微笑み合ったり、ハグをしたり。「ステージ下ですごく緊張しちゃって……。僕がここにいてもいいのかな」と久々のオンステージに戸惑うJUNG KOOKにJ-HOPEが一旦ステージを託すと、JUNG KOOKのソロ曲“Seven (feat. Latto) ”へ。1年6ヶ月の空白をまったく感じさせない安定感抜群のパフォーマンスに会場が興奮&釘付けになっていると、LattoパートでJ-HOPEが登場しふたり揃ってスペシャルパフォーマンス。 会場のボルテージが最高潮に到達する中、「このテンションのまま一緒に踊ってみましょう。Just Dance!」と“Trivia 起 : Just Dance”へ続け、メインステージ、花道を目一杯使い、アリーナから3階まで客席をくまなく見渡しながらマイクを向けてシンガロングを促し、ウォーターキャノンも炸裂する大盛り上がりでこのセクションを締めくくった。
LEDには冒頭で映った木箱の中の、もうひとりのJ-HOPEが映し出される。赤い壁の狭い部屋のカレンダーは彼が入隊した2023年4月18日のままで、部屋の随所に、彼が兵役前にリリースした楽曲のモチーフがちりばめられている。時間が止まった部屋から脱出を図ろうとする映像から一転、モノトーンなセクシーな映像へと切り替わると、この日リリースしたばかりの新曲“Killin' It Girl (feat. GloRilla)”のパフォーマンスがスタート。全面にスパンコールをあしらった白のノースリーブとパンツにヘッドセット姿でダンサーの間から姿を現したJ-HOPEは、女性ダンサーとの絡みも見せながらアダルティに楽曲を表現。本人もMCで言っていた通り「長い説明は不要、J-HOPEのセクシーが見られる」楽曲に、会場も爆発的に沸き立つ。パーカーを羽織ると続いて“MONA LISA ”“Sweet Dreams (feat. Miguel) - FNZ Remix”とこのツアー中に発表した2曲を立て続けにドロップ。「愛」に対するJ-HOPEならではのアプローチで結実したこの3曲は、過去楽曲のどれとも距離のある新たな表現領域で、それは兵役が明けてからの約8ヶ月間で、彼の表現が早くも進化していることを物語っていた。
「ここからはJ-HOPEヒストリーを一緒に辿ってみましょう」と、炎が吹き上がる中強烈な眼光で客席を捕らえながらスタートしたのは、“1 VERSE + Base Line + HANGSANG (Feat. Supreme Boi)”。マイク1本片手に、花道を歩きながら熱のこもったラップを畳み掛けていく。“1 VERSE”は2015年に原曲の“El Chapo”(The Game & Skrillex)に自作詞を乗せてSoundCloudで発表したJ-HOPE初の公開曲。今思えば、まだ「J-HOPE」にすらなれていなかったチョン・ホソクの荒削りな青い野心を吐き出した“1 VERSE”から、ラッパー・J-HOPEの輪郭が見えた2018年発表の初ミックステープ『Hope World』の楽曲へと続く。ちょうどBTSが韓国で音楽番組のチャート1位を獲得し始めた革命前夜から、ビルボードチャートで初めて1位を獲得した怒涛の時期に制作された楽曲メドレーに今あらためて触れると、不思議なことに彼の揺らぎが時空を超えたリアリティを帯びて迫ってくる。
“Airplane + Airplane pt.2”でソロ楽曲とBTS楽曲をスムーズに橋渡しすると、「Congrats! ARMY and BTS.」の祝辞と踵をこすりつけるシグネチャーダンスから“MIC Drop”、そして“Silver Spoon” “Dis-ease”と次々とBTS楽曲をドロップ。BTSのメインダンサーとして、もはや貫禄さえ湛えるパフォーマンスで客席を圧倒しつつ、ボーカル部分は会場のARMYに合唱を求める。6月13日にBTSの楽曲をJ-HOPEとARMYとで作り上げる、その音楽と愛情の交換に胸が熱くなる。
“Outro : Ego”のイントロが聞こえるとJ-HOPEも会場もさらにギアアップ。少しでも客席と近い距離で楽曲を届けようとステージの端いっぱいまで近づき、ダンサーを従え満面の笑みで歌い踊る多幸感抜群のパフォーマンスは、J-HOPE流極上エンターテインメント。キューブの高低差を利用した小さなベッドルームにダイブしてベッドに体を沈めると、彼をクローズアップ撮影しながらARMYを白昼夢の逃避行へと誘う“Daydream”、そして印象的なギターリフからのキャッチーなナンバー“Chicken Noodle Soup (feat. Becky G)”のめくるめく展開へ。《With “ARMY” on the side, every day, I lit》と歌詞を替えながら、公演も終盤に差し掛かかっていることを感じさせない正確なダンスとボーカルで会場のボルテージをダメ押しで上げていく。
「ARMYと走ってきたツアーが本当に最後に向かっています。海外ツアー最後の大阪公演で泣いてしまいましたが、今日は6月13日、笑うしかありません! それだけ幸せな日ですよね? 今日はメンバーたちも来てくれました」と、会場内のRM、SUGA、JIMIN、Vが映し出されると会場は嵐のような歓声を上げ、J-HOPEは兵役お疲れ様とメンバーを労う。「“HANGSANG”を歌う時、メンバーを見ながら歌いました。彼らがいなかったら僕もいなかったし、みなさんがいなかったらグループも存在しませんでした。僕は体が動く限り、いいステージといい音楽をお届けしたいと思います」と伝えるJ-HOPEに、会場からは「サランヘ」コールが巻き起こる。「僕も大好きです。最後まで遊びましょう!」と、会場の全ARMYと一緒にお決まりの「I am your HOPE! You are my HOPE! I am J-HOPE!」コールをばっちりキメると、カラフルな地球のイラストが映し出されるLEDを背に“Hope World”で本編を締めくくった。
「23」と書かれた木箱の中の赤い箱が赤く光り出す映像に続いて、その実物を手にJ-HOPEがステージに静かに登場するとアンコールへ。「今日は特別な準備が必要です」と忠告すると、聞こえてきたピアノコードに一瞬にして沸き立つ会場。LEDに桜の花びらが舞う中“Spring Day”をサプライズ披露。さらに最初のバースを終えたところでJINが登場し、深みと柔らかさを増したその歌声でエモーショナルに歌いあげる。J-HOPEとJINが手を取り合って歌う光景に、BTSに会いたいと願った期間の雪が確かに解けてきているのを実感する。
ステージにひとり残ったJINは、「今日はデビュー日だから、ステージをやらせてほしいとJ-HOPEさんに単刀直入にお願いしました」と熱い思いを簡潔に語ると、ソロ楽曲“Don't Say You Love Me”を披露。続いて“Jamais Vu”を歌い始めると、JUNG KOOK、J-HOPEが順にオンステージし、オリジナルのユニットメンバー3人による初めてのステージをARMYにプレゼントしたのだった。
「僕と目を合わせたままでいてください」とJINとJUNG KOOKふたりの目を交互に見つめながら、《僕たちはお互いに視線を合わせて》のフレーズで始まる“= (Equal Sign)”へ突入すると、アンコールもいよいよ最後のセクションへ。集まったすべてのARMY一人ひとりと視線を合わさんとばかりに曲を届ければ、「みなさんの未来を応援します」とスタートした“Future”で彼は、脆さも諦めもさらけ出し、僕だって未来を歩くには勇気と信頼、希望に懸ける必要があるんだと、時折目を赤くしながら素直に吐露する。気づけば彼が立つキューブのLEDは、先ほど彼が手にしていた赤い箱を模している。2023年から止まっていた表現者としての時間が、箱から飛び出した今、ふたたび動き出す。そこには、ワールドスターという戦闘服を脱いだ等身大のチョン・ホソクと、少し肩の力が抜けたJ-HOPEが支え合いながら歩き出す姿があった。
ステージから姿を消してアンコール終了と思いきや、「サプラーイズ!!」の声と共に、ダンサーと一緒にオールドスクールなヒップホップダンスをダイナミックに繰り出しながら“NEURON (with Gaeko, yoonmirae)”をプレイ。バックのLEDには過去の練習生時代の映像やダンス映像が映し出されている。それらは、彼が故郷・光州のダンスクルー「NEURON」に加わらなければなかったかもしれない。そんな自身の始まりを歌い、きっとこれからも何度も立ち返るであろう、J-HOPEそしてチョン・ホソクの情熱の根っこを歌うこの曲を、彼は約2時間50分の公演の締めくくりに選んだ。地中深くに張り巡らした初期衝動の根っこは、この日降った雨だろうと、日照りだろうと寒波だろうと、きっとビクともせずにこれからの未来に伸びる枝葉を支え、J-HOPEはARMYの希望になり、チョン・ホソクはJ-HOPEの希望になっていくのだろう。そんな未来を祝福するように、スタジアム上空に花火が上がり、大量の紙吹雪が舞う中、J-HOPEのこれまでとこれからの希望を描く物語は幕を下ろしたのだった。(中村萌)