All photo by EdoSotaいつものようにピクシーズの“Where Is My Mind?”をSEに、まずは勢いよく飛び出してきたボリ(Dr)がガッツポーズして一礼。続いて登場したみのり(B・Cho)は淑やかにお辞儀。最後に現れた蓮月(G・Vo)はこちらに視線を送ることなくクールに定位置へと向かい、ギターを肩にかける。
ブランデー戦記が初ワンマンツアーからわずか1年足らずで辿り着いたZepp DiverCityは超満員。みな最初の一音を固唾を飲んで待ち受けている。
なんだかファンシーですらある青や水色の大小さまざまなバルーンで彩られたステージは、後のMCによれば「みんなにパーティーに参加してるような気持ちで過ごしてもらいたい」との思いを形にしたものだそう。その他にも、入場後にメンバーの写真が載ったトレーディングカード的なものが配られたり(筆者はボリが当たりました)、メディア向けに配布されるセットリストがきれいにデザインされた冊子状のものだったり、とにかく場作りの時点からディテールへの並々ならぬこだわりが見て取れた。ほとんどMCを挟まずプレイに物言わせたりもするライブ運びとは対照的なリスナーフレンドリーぶりに、早くもやられそうである。
暗転状態の中で背後から投射された照明一基だけに照らされ、逆光状態の蓮月が歌い出した1曲目は“メメント・ワルツ”。逞しいキックと低重心に終始するベースが大会場をビリビリと震わせる、どっしりと構えた立ち上がりの中、蓮月の歌声だけが宙空にふわりと浮かぶ。アウトロの白熱したソロからの勢いそのまま、深く歪ませたギターリフ一閃、“Kids”が放たれたところでフロアが一斉に沸く。落ちサビでのクラップなど冒頭からリアクションも上々である。2000年代のロックンロール・リバイバル直系の洒落っ気を漂わせながらも、以前とは比にならない獰猛さで迫った“黒い帽子”では、絶妙に跳ねる8ビートと丸みを帯びたベース、ジャキッと鋭く鳴らすギターが三位一体のグルーヴを放つ。続く“Musica”も同系統のサウンドながら、こちらはウェットなメロディが乗った歌謡ロックといった風情で、ピンク色に染まったステージから放たれる巻き舌まじりの歌がなんとも艶っぽい。
長丁場のワンマンライブだったこの日も、簡単な挨拶を挟むだけでひたすら演奏を続けていくストロングスタイルは変わらない。同期もあまり使わないスリーピース形態だし、手数にモノを言わせるタイプでもないのに、曲ごとに描く景色や表情が鮮やかに切り替わっていくから単調さは全く感じない。しかも、あれもこれもと単発で見せられるようなそれではなく、一枚絵の中でさまざまな色彩やタッチを目の当たりにしていくような感覚だ。前半で特に心躍ったのは、ミラーボールが回る中で4つ打ちビートと怪しげなベースラインが躍動する“The End of the F***ing World”から、シームレスに“悪夢のような”へと繋いでみせたシーン。ちょっとドリーミーでロマンティックなディスコビートに酔いしれたところで、目の覚めるようなギターソロを叩き込んでくるのには痺れたし、仕上げに“27:00”の猛烈なジャングルビートが炸裂すれば、こちらはもう完全に彼女たちの手のひらの上である。
あまりの密度と熱気からか、中盤には体調不良になった観客がいたのだが、その様子に気づいて演奏を止めてやり直したり、曲間でスタッフに呼びかけたり、おそらくは予定になかったであろうタイミングのMCで「ボリが驚くほど微妙なクオリティのモノマネをする」「フロアを二手に分けて深呼吸してみる」など場を繋ぐべく奮闘する3人。気配りの面だけでなく、実は親しみやすいキャラクターまで垣間見られるシーンとなった。そして、想定していたであろう流れとは変わってもペースが崩れることはなく、みのりのベース独奏から始まるメロディアスなバラードロック“水鏡”、蓮月の弾き語りによる“Untitled”、ニュアンス豊かな演奏と優しい歌声で届けられた“赤いワインに涙が・・・”と、スロー〜ミドルの曲が並ぶブロックをじっくり聴かせ切ったのだった。
「わたしにとってすごく大切な曲を歌います」(蓮月)と前置いてからの13曲目“Fix”で、ついこの前来日していた超大物バンドを彷彿させるエモーショナルな演奏を堪能したところで、この日唯一のまとまったMCの時間に。ステージ装飾やそれぞれのスタイリングについてなど嬉しそうに紹介したあと、蓮月が意外なことを言い出した。
「最近ライブしたくなくて。今日もしたくなかったんですよ」
感極まりながら語られたその意図を要約・推察すると、彼女はビジュアルもステージングも完璧に練り上げた状態じゃないと披露したくないタイプだけれど、バンドの規模拡大に伴う目まぐるしい変化と仕事量増加を受け止める中で、満足がいくまでライブに注力できない状況が続き、その悪循環が曲作りにまで影響し始めていた、ということであった。確かに彼女たちは、作品ごと、ライブごとにガラッと変わったりするスタイリングやビジュアルの打ち出しや、この日のステージ装飾や配られたカードみたいな細部へのこだわりを見ればわかるように、とことんやりたいタイプだ。というか、そのすべて引っくるめた表現をもってブランデー戦記のロックとしている。「映画や小説に出てくる女の子になりたいと思って生きてる」という蓮月が、己の思い描くロックミュージシャンとしてステージに立つために必須の段取りと言ってもいいのかもしれない。だとすれば、決しておざなりにすべきではないし、どれだけの不安を抱えていたかは想像に難くない。
正直、胸にしまったままライブを終えたってよかった話ではあった。でも、それをできなかったのが彼女の人柄だし、そのモヤモヤをこの日のライブ中に払拭することができたからこそ、明かすことができたんだと思う。「不安だったけど、みんなの顔を見て嬉しくなったし、楽しむことができてるので本当によかったです。みなさん、時間を作って来てくれて、ありがとうございます」──蓮月がそう告げると、この日いちばんのあたたかい拍手と歓声が飛んだ。いつの間にか、みのりまで泣いていた。ボリは、「男の子だし長男だから」元気だった。いいバンドだな。
そうして迎えた終盤戦。何か吹っ切れたように歌声の迫力も熱量も明らかに一段上がり、オーディエンスもそれに呼応していく。フィードバックノイズを合図に始まった“ラストライブ”では、演奏の加速に合わせて颯爽と最前へ進み出た蓮月とみのりに喝采を送り、“春”では歌い出しの段階からクラップしたり拳を突き上げたり飛び跳ねたりと、みな思い思いのスタイルで感情を爆発させている。さらにはソリッド極まりないプレイの応酬から突入した“僕のスウィーティー”へ。曲中でコール&レスポンスが自然発生するなど相思相愛の空気を震わせ、《I wanna be a rock star.》のキラーフレーズが誇らしげに響く様は、もはや演出やドラマ性だけでは作り得ない、ロックスターにだけ許された景色だった。
「ブランデー戦記でした、ありがとうございました」。イントロであっさりと告げ、ラストは“ストックホルムの箱”。抑揚少なめでぶっきらぼうな調子の歌にはしかし、ライブ前半とはまた違った種類の感情と自信が宿っていた気がする。華やかな4つ打ちダンスロック調に展開していった曲が終わるタイミング、ジャーンと3人が音を合わせた瞬間に金テープが宙に放たれた。アンコールはなし。過去最大キャパだったことなんてほとんど忘れていたくらい、スケール感たっぷりの演奏とパフォーマンスでおよそ1時間40分を走り切った3人は、はしゃぐかのような笑顔を覗かせてステージを去っていった。(風間大洋)
●セットリスト
BRANDY SENKI TOUR 2025 AUTUMN 2025.11.6 Zepp DiverCity(TOKYO)
01. メメント・ワルツ
02. Kids
03. 黒い帽子
04. Musica
05. Twin Ray
06. The End of the F***ing World
07. 悪夢のような
08. 27:00
09. 水鏡
10. Untitled
11. 赤いワインに涙が・・・
12. Coming-of-age Story
13. Fix
14. ラストライブ
15. 春
16. 土曜日:高慢
17. 僕のスウィーティー
18. ストックホルムの箱
ブランデー戦記 オフィシャルサイト
提供:ユニバーサルミュージック合同会社
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部