開演時間を過ぎ、客電が落ちると大きなどよめきが起こる。この日はステージ裏の席まで開放し、360度すべての客席がソールドアウト。ライブは“雑踏、僕らの街”でスタートした。『ガールズバンドクライ』のオープニング曲として流れていた、アニメ放送開始後にリリースされた最初の楽曲である。ステージ後方のスクリーンと、ステージ上のリング状に設けられたモニターとで、アニメのオープニングとシンクロさせるという粋な演出での始まり。理名(Vo)、夕莉(G)、朱李(B)の3人がステージ前方で、難易度の高いこの楽曲を気負いなく演奏する姿を見て、この日のライブが成功裏に終わることはすぐに確信できた。
続く“碧いif”のイントロが始まると、さらに大きな歓声が沸く。疾走感のあるバンドサウンドと夕莉のギターソロが、ロックバンドとしてのフィジカルな強さを見せつける。“闇に溶けてく”では朱李のベースラインがサポートの宮内沙弥のドラムとともに楽曲をより立体的に響かせ、曲終わりには朱李がセンターに立ち、5弦ベースで強靭なソロを決める。そこから即“空白とカタルシス”へと続く流れに会場はさらにヒートアップ。モニターには『ガルクラ』、そしてトゲトゲのキャッチコピーとも言える「全部ぶち込め」の文字も。「怒りも喜びも哀しみも全部ぶち込めるのがバンドのいいところ」というアニメの中に刻まれた名言と、今この場所で体現されるリアルな音像とがシンクロしていく。理名のシャウトにその「全部」が込められているようだった。
“運命に賭けたい論理”では3人が広いステージの端まで移動しながら、アグレッシブな演奏を聴かせる。サポートの鈴木栄奈が奏でるエキセントリックなキーボードも楽曲を熱く彩る。そのあとのMCがまた最高だった。理名が「私たちは普段、やたらみんなを煽ったりはしないんですが」と前置きをしたうえで、「今日はみんなの声が聞きたい」と、アリーナ、スタンドと観客のスクリームを要求。もちろん割れんばかりの声が応える。
夕莉が「朱李は前回のパシフィコで『やれんのか!』って煽っておいて、大きな歓声をもらったら『うるさい!』って大暴れしてましたよね」と回想。それを受けて朱李が「その節は大変申し訳ございませんでした」と殊勝な言葉を口にするやいなや、再び「やれんのか!」とドスの効いた声を会場にぶつける。会場は歓喜の声だ。
そのやりとりから即“無知のち私”へと突入したのは痛快極まりない。駆け抜けるようなロックサウンドに理名のロングトーンが伸びやかに響く。続け様に“サヨナラサヨナラサヨナラ”の歌い出しに呼応するように、ステージ前方で激しい火炎の特効も。ファイアボールの勢いにあと押しされるようにバンドサウンドはさらに熱を帯びる。
この日のサプライズは、理名の弾き語り。“誰にもなれない私だから”をひとり、キーボードを弾きながら披露した。孤独な夜の痛みを歌う歌、最後の鍵盤の1音にまで想いが込もる。思わず息を詰めて聴き入った。その余韻の中、「只今から20分のインターミッション」の文字が映し出されると、休憩タイムに席を立つ人もいたが、席に残っていた人たちは、モニターに映し出される『ガルクラ』の数々の名シーンに拍手や歓声を送ったり。桃香(CV=夕莉)の「それは紛れもないロックだ」のセリフには一際大きな歓声が送られる。
20分があっという間に過ぎ、ふとステージを見れば、ステージ上にはその桃香の部屋がリアルに再現され、中央にはこたつまで! これもまたサプライズ。そのこたつに夕莉と朱李が入って、“雑踏、僕らの街”のインストから、『ガルクラ』のサウンドトラックである“宣戦布告”を演奏。それがシームレスに“視界の隅 朽ちる音”へと続き、理名が歌声を重ねる。アニメの世界の究極的な具現化を感じさせた。3人が音楽で会話をするような一幕に、桃香、ルパ(CV=朱李)、仁菜(CV=理名)のキャラクターが重なる。
後半、夕莉のボーカルで始まる“空の箱”が、アニメでの川崎駅前の路上ライブの場面を彷彿とさせ、モニターにもそのシーンが映し出されると観客はさらに引き込まれていく。そのあとのMCで夕莉が、『ガルクラ』には「目指せ武道館!」と仁菜が決意の言葉を口にしたり、メンバーが一緒に武道館を見に行くシーンがあったりすることに触れると、モニターには夕莉、理名、朱李のリアルの3人が武道館の前に立つ写真が映し出される。「(アニメでは)桃香はそこにいなかったんですけど、大事なシーンなんです」と感慨深げに語ると、朱李がぽつりと「アニメ、追い越しちゃったね」とつぶやく。すると理名は「私たちの活動はアニメの再現にとどまらないから、どんどんやっちゃいませんか?」と、おなじみの小指立てポーズを客席に向ける。
そこからの“傷つき傷つけ痛くて辛い”、そして“極私的極彩色アンサー”、さらには初披露曲の“飛べない蝶は夢を見る”で、さらにぐいぐいとオーディエンスを引き込んでいった。“爆ぜて咲く”では客席からのコール&レスポンスの声も最高潮。凄まじいほどの歓声に沸く。終盤、理名もギターを弾きながらの“渇く、憂う”、そして、“声なき魚”ではアグレッシブなロックバンドの堂々たるアンサンブルを聴かせる。客席のシンガロングもこれ以上はないほどに膨らんでいった。『ガールズバンドクライ』のタイトルが映し出され、テープキャノンも放たれた“運命の華”では《消えたかった 私はもういない/消えなくてよかったな…》の歌声が深く心に響いた。
本編ラストには、理名が「今日はみなさんに手紙を書いてきました」と読み上げる場面も。「自分語りしてもいいですか?」と、『ガルクラ』ファンならばグッときてしまう前置きのあと、人と関わることが怖くなって引きこもっていた中学時代のこと、将来への不安しかなかった中3の夏に「まっとうに生きられる道はこれしかないのかもしれない」とオーディションへの参加を決意したこと、活動を始めてから、ファンやメンバーの温かさに触れて人に対する恐怖は消えていったことなど、ここに至るまでの想いを言葉にしながら、「人と話す喜びや幸せを思い出させてくれたのはあなたです。一人ひとりの応援の声が私をここまで連れてきてくれました。あなたが私を救ってくれたんです」と感謝の気持ちを送った。そして「この曲を、この武道館ライブのテーマのように思って演奏してきました」と、最後に“生きて生きてゆく”を披露。これまでの、そしてこれからの人生を祝福するかのように華やかな花火も降り注ぐ中、エモーショナルな歌声が響き渡った。
アンコールは2曲。トゲナシトゲアリの始まりの歌、“名もなき何もかも”には、やはり熱狂的な声が上がる。その熱も冷めやらぬまま、曲終わりにはモニターに「特報」の文字が。ラジオの新番組がスタートする告知や、オリジナルゲーム制作の情報など、トゲトゲにまつわるホットなニュースが続き、さらには、『ガールズバンドクライ』完全新作映画の製作が告げられると、地響きのようなどよめきが沸き起こった。それだけではなかった。さらなる嬉しいニュースとして、2026年2月から、全国Zeppツアーが開催されることが告げられると形容しがたいほど大きな歓声があがり、会場中が笑顔と拍手に溢れた。
そして理名が「次の曲が最後になります」と告げると、会場中が全力の「えー!」を返す。「みんなに楽しんで帰ってもらいたいと思って、次の曲を選びました」と、10月3日から公開される『劇場版総集編 ガールズバンドクライ【前編】青春狂走曲』オープニング主題歌である“もう何もいらない未来”を最後に披露。理名の歌声が伸びやかに響き、会場からの熱いコールもそれをあと押しする。言葉が溢れるように放たれるこの歌が、駆け抜けるように想いを運ぶこの演奏が、トゲナシトゲアリの音楽への衝動と希望を強く感じさせた。気づけば全26曲、堂々たる初武道館公演を完遂したトゲナシトゲアリ。まだ転がり始めたばかりのトゲトゲが、これほどの完成度で武道館ライブを成功させるとは。期待値を上回る、予想以上のステージを見せてくれた。彼女たちが描き出すリアルとフィクションのマジカルなクロスオーバーが、これから先どんな景色を見せてくれるのか、とても楽しみだ。(杉浦美恵)
●セットリスト
「トゲナシトゲアリ LIVE in 日本武道館 “奏檄の叫”」
2025.9.23 日本武道館01.雑踏、僕らの街
02.碧いif
03.闇に溶けてく
04.空白とカタルシス
05.蝶に結いた赤い糸
06.ダレモ
07.運命に賭けたい論理
08.無知のち私
09.サヨナラサヨナラサヨナラ
10.最期の禱り
11.誰にもなれない私だから
12.雑踏、僕らの街(彷徨う)
13.宣戦布告
14.視界の隅 朽ちる音
15.吹き消した灯火
16.空の箱
17.傷つき傷つけ痛くて辛い
18.極私的極彩色アンサー
19.飛べない蝶は夢を見る
20.爆ぜて咲く
21.渇く、憂う
22.声なき魚
23.運命の華
24.生きて生きてゆく
En1.名もなき何もかも
En2.もう何もいらない未来
●ライブ情報「トゲナシトゲアリ Zepp Tour 2026 “拍動の未来”」
2026年2月11日(水・祝)KT Zepp Yokohama(神奈川)
2026年2月14日(土)Zepp Fukuoka(福岡)
2026年2月23日(月・祝)Zepp Nagoya(愛知)
2026年2月28日(土)Zepp Sapporo(北海道)
2026年3月8日(日)Zepp Osaka Bayside(大阪)
2026年3月13日(金)Zepp Diver City(TOYKO)(東京)
2026年3月14日(土)Zepp Diver City(TOYKO)(東京)
提供:ユニバーサルシグマ
企画・制作:ROCKIN'ON JAPAN編集部