Cocco @ TOKYO DOME CITY HALL

8月15日にリリースされた2枚組の『ザ・ベスト盤』を携えての、その名も『ザ・ベスト盤ライブ5本〆』。東名阪で計5公演のツアーである。今回はその4本目となるTOKYO DOME CITY HALL。素晴らしいステージになるのは分かり切っているが、会場へと向かう足取りは軽くはない。問題は、持ちこたえられるのかどうか、だ。Coccoがではなく、僕自身が。今のCoccoは、それこそ“星に願いを”の歌詞そのもののように、ステージに立つことを決めた時点で、熱心なファンやスタッフの心配すらも全速力でひっくり返すようなパフォーマンスを見せてしまうアーティストである。昨年のツアーがそうだった。だから、たとえ長時間に渡るステージではあっても、彼女の体調について心配したりはしない。それよりも、Coccoのベスト盤ライブというその濃密な時間を、すべてしっかりと受け止めきれるのか。そちらの方が余程心配なのだ。

優れたアーティストのベスト盤というのは、実はお手軽さとはほど遠いものなのではないだろうか。例えばザ・ビートルズの赤盤・青盤。ジミ・ヘンドリックスやスライ&ザ・ファミリー・ストーンのベスト盤。僕はそれらが大好きなのだが、ぶっ通しで聴き続けているとときどき、巨大な才能が更に濃縮されて畳み掛けてくる時間に、押し潰されそうになってしまうことがある。Coccoの『ザ・ベスト盤』もまたそういう作品だった。アッケラカンとしたタイトルの割に、とんでもない作品である。巨大な才能と正面から向き合うのは、疲れる。だからライブ会場へと向かう足取りも重くなる。げっそりと消耗し、代わりに未来の欠片を受け取って帰るのである。なお、『ザ・ベスト盤ライブ5本〆』は10/11にZepp Osakaでの2度目の公演を残しているので、以下、レポートの閲覧にはどうぞご注意を。

暗転した場内に堀江博久のピアノのフレーズが響き、続いてノイジーなギターが被さって白いドレスを纏ったCoccoの歌を導く。序盤は、“カウントダウン”、“強く儚い者たち”、“Raining”、“雲路の果て”、“樹海の糸”、そして“ポロメリア”と、『ザ・ベスト盤』のDISC1と同じくデビューから6作目までのシングルが並ぶ。なんとなくそんな気はしていたものの、アッケラカンとこういう並びになってしまう恐ろしいツアーなのだ。これを単なる「シングルをリリース順に並べました」的セット・リストとして受け止められるはずがない。これらはCoccoの登場とともに「世界を変えてしまった」シングル群である。どうしてそんなことを断言するかというと、僕に見えていた世界はあの曲たちによって、間違いなく変わってしまったからだ。“カウントダウン”での大村達身によるギターとCoccoのファルセット・ボイスのデッド・ヒートをはじめ、ダイナミックな抑揚をもたらすバンド・アンサンブルが轟いて楽曲を支える。それにしても、まったく懐メロとしては聞こえてこないところが改めて凄い。何度聴いても、いちいち胸に深く突き刺さってしまう。

「こんばんはです、Coccoです。(かわいー、と声が飛ぶ)……うっせ。何はともあれ、今日も無事にライブを迎えることが出来ました」。おずおずとファーストMCを済ませるのだが、再び訪れる暗転の中でCocco、ここで声を出すというより全身からエモーションを放出するような絶叫を繰り出す。爆発的なバンド・サウンドがそれに続き、“けもの道”だ。人の形をした「うた」そのもののようにCoccoは舞い、フリンジ状に裂けて垂れ下がったドレスによって舞いの激しさが映える。星空の背景とゴリゴリのロックで届けられる“星に願いを”、大らかで確信に満ちた強靭なメロディの“羽根~lay down my arms~”とすべてではないもののシングル表題曲が続き、ここからは選曲の傾向に少し変化を加えてゆくのだった。Cocco自身もギターを手に取って達身&あっきーこと藤田顕とのトリプル・ギター編成による“Rainbow”、強く呼びかける能動性が熱をもって輝くような“焼け野が原”、そしてバレエのステップやスピンを交えて躍動感たっぷりに披露される“blue bird”である。髪を後ろで束ねたCoccoは、活動休止期に変則的に発表されたトラッド/フォーク・テイストがダイナミックに展開するナンバー“ガーネット”を歌い終えると、喝采の中に膝をついて深く礼をし、一時ステージを離れる。

表立った音楽活動の休止は、しかし彼女の人生の休止では無かったのだろう。椎野恭一が繰り出すオリエンタルでプリミティブなリズム、そこに堀江の美しい鍵盤が絡むセッションの後、他のバンド・メンバーもステージに戻って華々しくプレイされたのは、SINGER SONGER名義で発表された“初花凛々”であった。何か新しい、確かな活動再開の動機が、あの頃の彼女には芽生えているように見えた。Coccoは花冠を頭に乗せ、歌いながら紙吹雪を撒き散らす。当時くるりに籍を置きながら、SINGER SONGERには参加しなかった達身がギターを弾いているというのも面白い縁だ。続いてはSINGER SONGERがROCK IN JAPAN FES. 2005出演時に披露し、『ザ・ベスト盤』で初めて音源化された、殺伐としたエモーションが迸る“花柄”である。この歌詞のインパクトも凄い。そしてミラーボールが煌めく“音速パンチ”、オーディエンスのハンド・クラップを巻いてスタートする“甘い香り”と賑々しいロック・ナンバーたちが放たれ、“ニライカナイ”、“絹ずれ”、“玻璃の花”といった近年の名曲群へと連なってゆく。

Coccoは「たまには自分でメンバー紹介します……」と両翼のギタリスト、達身とあっきーにジャンケンをさせ、下手の達身側からバンド・メンバーをコールしてゆく。「デビュー15周年ということなんですが、15年前に何をしてたかといっても、デビューしましたというだけなので……15歳のときの夢を語ってもらいましょうか」とメンバーそれぞれにトークを振る。夢はミュージシャンでした、ときっぱりの高桑圭(B.)を始め、ほぼ全員がその頃には音楽の道を志していたようだ(堀江は「漠然と偉くなりたかったんだよね。偉そうにはなれたけど」とのこと)。そして最後にCocco。

「あくでした。極悪。生き延びる、ってことに興味を持ち始めていて。どうしたら明日を見れるんだろう、どうすれば今を繋いでいけるんだろう、って。明日が見えてるアンタ(大人)はいいよ。でも、じいちゃんばあちゃん、お父さんお母さんもそうだったんだな、って思って。明日がどうなるかは分からないけど、今日出来なかったことは明日出来るかも知れないし、生きてこそだなって。そして今はこの場所に居られることが嬉しい。みんながここにいてくれるおかげだから。だからみんな、生きててくれてありがとう。……ステージからだと遠いからよ、今となりにいる人にも、ありがとうって言ってください。出会いになるかもよ!?」

キラキラと無数のリボンが降り注ぐ中で最後に披露されたのは、まるでCoccoのそんな言葉を一曲の中に詰め込んでしまったかのような、全身全霊をもって今この時を祝福し、感謝の思いで埋め尽くさんとするナンバー“夢見鳥”だ。こんなふうに生を肯定するのは難しい。生の肯定に、絶対的な説得力を持たせることは難しい。しかし、この夜に演奏されたCoccoの名曲たちと同じように、万感のフィナーレを飾る“夢見鳥”もまた、世界を変えるために投げかけられた未来の欠片であった。バンド・メンバーと手を繋いで頭を下げ、ファンから贈られた花束を抱えてCoccoはステージから去る。予想した通り、凄絶なライブであった。命の淵で全身から歌を絞り出して来たCoccoの、生きること=間もなく15年に至ろうとする道程があった。その場に居合わせることが出来たのは、今更言うまでもないが幸福なことだ。(小池宏和)
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